36話 日中に恋バナ
昨日のラッキースケベを語ると、みるみるシュリの顔が歪んだ。
ドン引きだった。
少しは違う反応ほしい。予想と違う反応を。
「うっわあ……」
「先程机に土下座する形で謝罪しました」
第三者目線でもアウトらしい。
困った。私は本当に許されたのだろうか。
「てかさー、もー」
「ごめんて! 反省してる!」
「反省以前の問題でしょ! そーゆー時は、俺とかフーを呼んで?」
「そ、そうですね……」
深夜だからという言い訳は通用しない。
ですよね! だって堂々と男湯入る方法はあるわけだし。
「てかサリュも相当頑張ったよね」
「深夜にお騒がせした挙げ句、最後まで助けようとしてくれたしね」
私の言葉にシュリは聞き取れないもそもそ具合で返事をしながら、視線を右と左に一回ずつ逸らす。
何か考えてる時の仕草だ。
「いやまーそうじゃなくてね?」
「なに?」
「そういうの、男にとっては据え膳だよ?」
「それは相手がサリュ好みだったらの話じゃん」
またドン引きされた。ひどい。
「これだから昨日みたいなことやらかすんだよねー」
「ディスらないでよ」
「サリュが可哀相」
サリュの心内を代替して盛大な溜息をついてくれた。
サリュもこのぐらい困りましたな態度で説教してくれたら、怒ってるってわかるのに。
「ま、でも、サリュがいいっていうなら大丈夫じゃない?」
「そう?」
「そ」
ま、あんまり引きずっても気まずいだけだし、このあたりで切り替えるか。
戻ってきたサリュの様子にもよるけど。
「あ、だから今日掃除入ったのか」
「掃除?」
「風呂場の掃除、今日急に入ったから」
「申し訳ありません」
犯人は私です。
サリュが私の知らないところで、すごい気使っているという。
「今度入りたくなったら声かけてよ?」
見張りぐらいなら出来るから、と。
シュリは私を甘やかすのが上手だよね。
でもごめん、当面男湯入る気持ちになれない。
「ありがと」
そしたら切り替えて仕事ばりばりしますか!
と意気揚々としたところに、シュリが爆弾落としてきた。
「てか、エクラはサリュのこと好きなの?」
「ごぶふ」
シュリの女子力が怖い。
日中に恋バナ投入するとか!
「何を、また」
「んー、なんとなく?」
やだな、もう。
けど、なんとなくと言いつつも、シュリの眼は明らかに確信めいた力を持っていた。
「ええと……」
「ん?」
あら、いい笑顔。
これは話題を逸らせない。誤魔化しもきかない。
笑顔を返しても、どうなのと安易に問われる。
何故、日中恋バナで逃げ場がなくなるのか。
「ええ……嘘でしょ……」
ずるずる上半身を机に預ける。
力尽きた。
「当たり?」
「なんでわかったの?」
肯定と同一の言葉を投げかければ、少し驚いて眼を瞬かせた。
「ちょっと賭けだったけど」
「シュリからは逃げられないし、ここで誤魔化せても、その内ばれるでしょ?」
「まーね。で、いつから?」
「きくの?」
「もち」
他人の恋バナだからって急に生き生きしてきた。
くそう、一番近いからってずっと気を付けて隠してきたのに、こんなとこでボロがでるなんて。
「……見習いの頃から、ずっと」
「え、嘘」
「本当だよ」
さすがにそれは気づかなかったらしい。
かなり懸命に隠してきたからね。
それらしい態度も見せないようにしてきた。
それこそその感情を考えないようにしてきた。
いや彼に萌えと尊さと癒しがあるのは動かざる真実だけど、それを代替にして隠してきたのもまた事実。
私が聖女の中で特異な立ち位置にあることも触れず、御先祖様の影響で変なことを言っても引かず、ダメなとこも出来るまで根気よく付き添ってくれて、対等に向き合ってくれた。
それが師匠からの命令だとしても、私にはそれが嬉しかった。
シュリ以外の他人が初めて私自身と向き合ってくれた、それがサリュだ。
「うちに水の精霊こなかったでしょ」
「うん」
「たぶん、それ、私のせい」
「なんで?」
応えは、願ってしまったから。
「私にとって、水の精霊はサリュだけ。他が考えられなかったから、現実に来なかった」
聖女の願いには強い力がある。
水の精霊はサリュだったらという思いが願いになり、彼しかありえないという認識に替えられる。
それが水の精霊が不在という現実として表面化する。
まあつまりはこじらせたってこと、かなしいことに。
「言わないの?」
「何が?」
「エクラの気持ち」
サリュに告白しないのかと?
正直一生誰にも言わずに墓場まで持ってこうと思っていた案件だよ。
「ないよ」
「なんで?」
「消滅すべきところを連れ帰って、自分の精霊にしてまでして、好きですなんて言える?」
「私利私欲でしたわけじゃないでしょ」
確かに最善を選んだ。
助かる見込みがあるなら、消滅させずに元に戻すことは選択として間違っていない。
けどそこに、私利私欲が全く挟まれてないかと問われると、断言はできなかった。
師匠を失いたくなかった、それも本当の気持ちだし、その凄惨な出来事を経て、自分の気持ちを伝えるのは嫌だった。
周囲がどうとか常識とかそういうことじゃない。
私が嫌、それだけ。
「てかさー」
「ん?」
「サリュがエクラを好きだったらどうするの?」
面白いことを言うな。
てか話のばすね、シュリってば恋バナ好きすぎ。
「それはないでしょ。慣れてデレを見せるようにはなったけど」
「じゃサリュがエクラのこと好きって言ったら?」
「何それ」
真面目な話だと念を押される。
うーん、それは初めから想定してなかったからかなあ。
「どうだろ……考えた事もなかった」
「サリュが可哀想」
「なんで」
「べーつーにー」
御先祖様も似たようなことで悩んでいた気がする。
旦那さんになった人が御先祖様が好きっていうのも、最初は御先祖様信じてなかったし、自分に向けられたものじゃないって言ってたしな。
「なに、また御先祖様?」
「そうそう」
「相変わらず話に尽きないよねー」
「そう、だね。最近よく思い出すよ」
というよりも、これ以上はアウトだ。
今ではもう大聖女にあの日会った時の会話が十二分に理解できてしまっている。それはもうアウトだろう。
「また嫌な予感?」
「そうだね」
今すぐ何かが起こるわけじゃないだろうけど。
それに今はそんな真面目な話をする時じゃない。
「今は急襲明けのまったりタイムを過ごす時だから、そういう流れはいらない」
「どういうこと?」
「次回もコントが続くということだよ」
「次回って」
シリアスは性に合わないから最低限だけで結構、そして今それは必要ない。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




