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29話 よおし、表に出えい(サリュークレ視点)

 目が覚めると見た事のない天井だった。

 視線を彷徨わせると、知る事のない一室。どこかの資料で見た大陸の東側の文化のようではあるが。


「ここは」


 起き上がっても痛みがない。

 腱の切れた左腕を動かしてみる。

 平常通り動いた。

 潰された足も元に戻っている。

 潰えかけた力も内にある。

 そこですんと鼻を鳴らした声に呼ばれる。

 引き戸の隙間から見知った精霊が入ってきた。


「トレゾール」


 自分が寝ていたものはベッドにしては薄く、床に直接敷かれている。

 その床も特殊なもので、板ではなかった。

 草か何かを編み込んだものだろうか。触り心地もその匂いも独特で不可思議だった。

 なんとも不思議な所に来てしまったものだ。

 けれど、入ってきた黒い犬の姿をした精霊の存在が、自分がどこにいるのかを明確にしてくれた。


「戻って来てしまったのか」


 目の前の喋れない精霊はすいと鼻先で何かを示した。

 枕元に置かれていたのは、青い石で出来たネックレス。

 あの日彼女から貰ったものだ。

 欠ける事も壊れる事もなく、傍に置かれていた。


「そう、ですか」


 夢ではなく、走馬灯でもなかった。

 確かに実在した彼女の手によって、死の淵から救われたのか。


「何度私を助けるのでしょうね、あの人は」


 ゆっくり立ち上がる。

 身体に問題は全くなかった。

 トレゾールの先導で部屋を出ると、眼の前はひらけていた。

 外廊下、というものだろうか。庭先が目の前にある。


「あ、サリュークレさん」

「ああ」


 続く回廊の曲がり角から現れたヴァンに頷くと、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 手には大きな籠を持ち、その中には洗濯しただろう衣類が詰め込まれている。

 日常にある在り来たりな光景にパチパチと目の前が弾けた。

 その緩やかなあたたかさを目の前に、現実が間違いないと言っている。


「まだ御加減が優れませんか」

「いいえ……ただ驚いて」

「布団で眠るのは初めてですし、寝心地は違いますが、体調が元通りで良かったです」

「ふとん……」

「はい」


 ここの精霊達は皆、主に似て素直に感情を示してくれるものだから、笑顔で迎えられつつも純粋に心配されると、こそばゆいと同時にやはり嬉しく思ってしまう。

 自分が大切にされているのではと。

 彼の声が通ったのか、あちらこちらから他の精霊達が現れて、起きただの大丈夫だの言って近寄ってくる。


「ええ、大丈夫です」

「良かったね~! 最初見た時びっくりしちゃったもん」

「後少し遅かったらってとこだったしな」

「無事でなによりだ」


 そんな囲まれた中に会いたい人が見つからなかった。

 真っ先に来そうなものを。


「あの、主は」

「主人なら、まだ私室に」

「私室……まさか」


 遠慮がちの応えにやっとそこで悟った。

 そうだ。

 私を連れ戻し、且つ私の重度の損傷を治癒するには力が相当使われたはずだ。

 そもそもその前に彼女は十人規模で転移を行っている。

 明らかに力の消耗が激しいのは明白。

 以前と同じだ。過度の疲労であれば彼女は倒れる。

 それに気づけないなんて。


「あ、サリュークレさん! 主人は!」


 その声を最後まで聞かず、会いたい人の残る気配を追って足早に進んだ。

 トレゾールが道を先導するように進み、辿り着いた部屋の戸を引いた。


「主! ここですか?!」

「はーい! ここにいるよー!」

「え?」

「起きたんだねーおはよー!」


 ひどく明るい声音に戸惑う。

 彼女は部屋に敷かれたふとんの中、上半身だけ起こして座っていた。

 書類を片手に、いつもと同じように仕事をしている。


「ある、じ」

「ん? ちょっと待ってね」


 部屋の前でただ立つだけの私を一瞥して、書類に軽くサイン。それを側にいたシュリエに渡して彼女は立ちあがった。


「よおし、表に出えい」

「は?」


 言葉の使い方が独特すぎて、一瞬何を言っているのか分かりかねたが、どうやら外廊下の先の庭に出ろと言う事らしい。

 先導を受けて共に庭に出た。

 部屋を出る時、シュリエが無理しないでよと声をかけているのが、やっと今になって耳にしっかりと入り、彼女が万全でない事に気付く。


「主、歩いて問題ないのですか。寝ていた方が良いのでは」

「その前に確認しないといけない事があるんだよ」

「え?」


 広い庭で向かい合う。

 些か血色がよくないようにも思えた。やはり寝ていた方がいいのだろう。


「なんで屋敷に残ったの?」

「!」


 どうして彼女はいつもこう真っ直ぐ即座に訊いてくるのだろうか。

 それに応えるには躊躇いがある。


「ふーん……いいや、ちょっと手合わせして」

「え?」


 妙な掛け声と共に真っ直ぐ右手が突き出された。


「今日は空手! です!」

「え、いや、主、止めて下さい」

「嫌、だね!」

「病み上がりでしょう!」

「うっさい!」


 突きだけではなく、実に多彩な組み合わせと技を持つものを使ってくる。

 両手を使う事も足を使う事も勿論、距離の取り方や送り方が非常に選択肢が多い。

 いや、今はそこを冷静に見てる場合ではないな。


「死のうと思ったの?」

「え?」


 応えるべきか否かの選択肢がすさまじい勢いで脳内を巡る。

 全て話すなんて以ての外だが、何も話さなければ彼女はまた倒れるまで動き続ける事は明白だった。

 それなら。


「……はい」

「一発いれるよ?」

「構いません」

「……なにそれ」


 私に怒られたいわけ? と小さくきかれた。


「……私は、あの屋敷でとても心地良い時間を過ごしました」


 無言で彼女が見上げる。

 動きは止まらなかった。


「その心地良さをくれた屋敷を捨てられなかったのです。だから守ろうと思った」

「死ぬ気で?」

「結果消滅が伴っても構わないと」

「今は?」

「え?」


 真っ直ぐ空の青色が射抜く。

 この瞳が好ましくて、彼女が話す時にその瞳を向けてくれるのが快く思っていた。

 それは今でも変わらない。


「今、私の精霊でいるのは嫌?」

「そういうわけでは、ありません」

「そっか」

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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