12話 明けの明星
「倒れた?」
「そ。だから日改めて」
情けないことに翌日というか数時間後、寝て起きたらそのまま熱を出した。
大量の瘴気を浴びたからね。
あの量取り込んだら、ただ人なら急死するレベル。
そこを持ちこたえた私、やっぱり聖女なんだなあと実感するいい機会になった。丈夫な身体に感謝だ。
ただ起きた時に添い寝してくれていたフォンちゃんを涙目にしてしまった事だけは悔やまれる。
幼女を泣かすなんて私はなんて罪深いことをしてしまったのか。
「体調が?」
「熱出た程度だし、そこまで高くないから、今日一日寝てればいけそーだよ?」
「そう、ですか」
ドアが少し開いてるから声が聞こえる。
訪問者はサリュ、相手はシュリがしてくれた。
もっとも昨日の今日でサリュが私のとこへ来るなんて意外だったのだけど。
「今、調度寝たとこだから、そっとしといてあげてよ」
シュリがうまいこと言って帰ってもらおうとしてる。ありがたいなあ、出来る子よ。
けど今日ばかりは何故かサリュはなかなかひかない。
「しかし……顔を見るだけでもいけませんか?」
「んー?」
意外な言葉が彼の口から紡がれる。
眠っている私の顔を見たいと?
そこまで心配? 熱出た程度なのに?
いやそもそも私が心配ですなんて概念はないはずだ。通常運行塩対応なのだから。
「なに? てかサリュはエクラのこと避けてたじゃん。なんで今日いきなりエクラのとこくるわけ?」
「そ、それは……」
「話すことないっしょ?」
んんん、痛いとこつきますな!
嫌われて避けられて私だけ塩対応なのは確かなんだけど、違うよ、それを今確かめないで。体調悪いとこにそういうの二割増しで辛いから。話すことないとか悲しすぎるし。
「温かったのは……」
「はい?」
「え、いや、こちらの話です……失礼しました。またの機会に伺います」
「はいはーい」
よかった、致命的な言葉を聞かずに済んだわ。
ドアを閉めて、軽い調子で戻って来るシュリは、何かをわかっているかのような顔をしていた。
「エクラ、起きてる?」
「うん」
「サリュの瘴気、浄化した?」
「!」
あーやっぱりーとややドヤ顔しつつ、ベッド脇の椅子に腰かけ、タオルを水に浸し、よく絞って私の額に乗せた。おお、よく冷えてて気持ちいい。
「少し減ってた」
「まじか」
増えた分に加えて既存の瘴気も一緒に取り込んだのか。なるほど。
いい傾向だ。彼を救う一歩ではないの、これ。
「でもそれで倒れるのは本末転倒ってやつ」
「うぐぐ、申し訳御座いません」
「なんかさー……」
「?」
言葉を途切れて目を伏せる。
微笑む中に何かを考えてる素振りがあった。
「シュリ?」
「あ、ううん」
「サリュの様子変だった?」
「んー、そうだね、ちょっと変わったっていうか」
なんだ、中途半端にやったから何かしら影響が出たとか?
ここはやるなら一気に一発で仕留めるぐらいじゃないとだめだった?
御先祖様なら一発で仕留めてたけど。そう、何事も一発で。
「悪化した?」
「そうじゃない、そこは大丈夫。てか減ったって言ったし」
「そっか、そうだった」
「ほら、ひとまずエクラは寝て。それでさっさと熱下げて」
「はーい」
瞳を閉じれば、すぐに睡魔がやってくる。
熱を下げるには水分とって寝るしかない。久しぶりのがっつりした睡眠は夢を見る間もなく過ぎていった。
* * *
「もう大丈夫だね」
「そうだね」
起きて病人用の夕餉を食べ終わる頃にはすっかり熱は下がっていた。
シュリも安心したように緊張を解いた。
「じゃあ私はこのまま寝るよ」
「うん、そうして」
仕事をしようかなんて言ったら怒られるのが目に見えているので、病人として最善の応えを届ければ、シュリは満足そうに頷いた。
確かにご飯食べた後は猛烈に眠くなる。このまま明日を迎えれば、通常運行だ。
そう思っていたのに。
「早起きしすぎた」
シュリとの会話後にそのまま眠れたのはよかった。
けどその後起きた時間は日の出前。空の大半が夜だけど、地平線の僅かが白み始めた時間だった。
折角だし、日の出でも拝みに行こうと思って、階下に下る。
庭に出て、先客がいた事に気付いた。
今度はあちらもすぐに私に気付いて、いくらか瞠目して遠慮がちに声を発した。
「こんな時間に出て、身体は大丈夫なのですか」
「うん、昨日一日寝てたしね。すっかりよくなったよ」
「そう、ですか」
「正確に言うなら、寝すぎて早起きした感じ」
もうすぐ日の出がくる。さっきよりも空が明るくなってきていた。
サリュは眉間に皺を寄せ、申し訳なさそうに私を見下ろす。今までの塩対応とはどこか違った。
「私の瘴気のせいですね?」
「ああ、違うよ」
「嘘を」
「オーバーワークなだけ」
「それは……」
小さく溜息が出てしまった。
この真面目な精霊は自分のせいだと思っている。私はただサリュを救いたくてやっただけになのに。
「あ、サリュ、見て」
誰の責任かの問答なんてしたくなかった私は話題を逸らすために、空を指差した。
一際輝く色合いを指していると彼もすぐにわかった。
「あの星がどうかしました?」
「金星だね。この時間に見られるのは、明けの明星って言うんだよ」
「金星……明星……」
星談義をしたことなかったんだ。
師匠ロマンチストだから、そういう話好きそうなのに。
「早起きにしては早すぎるけど、明星見られるなんて、ちょっとしたお得感あるよね」
「はあ……」
「反応薄いねえ」
イケメンが女子にやってみろ、簡単に落ちるぞ。
明けの明星の後に夜明けがくるという当たり前の事象を、少女漫画顔負けの演出と詩的な会話を持って表現してやろうか。あ、でもそういうことして塩対応に戻られても困る。
「ねえ」
「はい」
まあ少女漫画的展開はさておき、今の彼の雰囲気からなら、きける気がした。
ちょっとした無実の罪の確認だ。
「師匠を殺したのはサリュじゃないね?」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




