第六十三話 トロールの洞窟
第六十三話 トロールの洞窟
雄叫びと共に駆けるトロール。それに対し、『白蓮』を追い越して自分が前へ出る。
『オ゛オ゛オ゛オ゛!!』
「はぁ!」
振り下ろされた石の槌に、正面から剣をぶつけに行く。
衝突する巨岩と刀身が火花をあげ、腹の底に響く重い音を上げながら互いに弾き合った。相手は数歩たたらを踏んだだけなのに対し、こちらは大きく距離を取らされる。
風で背を押しているが、それでも質量差があり過ぎた。姿勢制御へ更に風を回せば打ち合えるか……?
瞬間、『精霊眼』が予知。先の衝撃波が止めとなったらしく、頭上の鍾乳石がボロボロと落ちてくる。
トロールは持ち前の頑強さと頭の位置が高い故ダメージは見られないが、自分達が受ければただでは済まない。あの鍾乳石は鋼並みの硬度をもつ。
「白蓮!」
だが、対策は考えてある。
白銀の騎士が鎖を振り回し、風を放出して加速した鉄球で降り注ぐ鍾乳石を薙ぎ払った。
バラバラと破片が散らばる中、トロールが再度石の槌を叩きつけんと振りかぶる。しかし、その顔面に拳大の袋がぶつかった。
『ヴォァ!?』
中の胡椒を吸い、悲鳴なのかくしゃみなのかわからない声をあげるトロール。
その足元へと駆け込み、風と炎を放出。刀身に纏わせ、駆け抜け様に向こう脛へ袈裟懸けに振るう。
皮も肉も断ち、骨まで削った刃。返り血は焼き尽くされ、傷口は炭化させた。トロールの巨体が前のめりに崩れる。
直後、顔面を打つ鉄球。鋭い棘が分厚い皮膚を抉り、肉をそぎ落とす。衝撃で傾いた体が一瞬、元の直立に戻った。
噴き出す血飛沫。スプリンクラーの様に降り注ぐそれは、しかしすぐに止まる。
『ガ、ア゛ア゛ア゛ッ!』
トロールがもつ再生能力。急所を完全に破壊されなければ死なない、不死数歩手前の異能。
それの対処法は1つ。
雄叫びをあげ、石の槌を杖代わりにして立ち上がろうとする怪物。その右肩へと壁を蹴り三角跳びの要領で着地する。
こちらを怪物の顔が向くより早く、剣を振りかぶった。
「しぃ……!」
横合いから首に剣を突き立て、鍔に左手を添え思いっきり捻った。厚い皮と肉の装甲を抜き、切っ先が骨に届く。頸椎の隙間に潜り込んだ刃が、神経を引き裂いた。
ビクリ、と震えた怪物の巨体。足元の揺れに構わず、風と炎をまき散らしその加速も使って剣を横方向に振り抜いた。
一閃。赤い焔の軌跡を残しながら、地面に着地する。半瞬遅れて前のめりに倒れたトロールから飛び退き、剣を構え直した。
間違いなく致命傷であるが、通常の攻撃であればこれほどの傷だろうとこいつは瞬く間に再生する。
そんなトロールの再生力を止める方法。それは、『傷口を燃やす事』。
警戒する自分の目の前で、怪物は白く染まり崩れ始めた。同質量の塩へと変わり、もっさぁ、と小さな丘とも呼べる物が出来上がる。
「ふぅ……」
その光景に剣をおろし、一息ついた。
想定以上に安定して戦えたと思う。これなら、初手は防御に回らず斬りに行ってもいいかもしれない。
トロールは力も頑強さもケンタウロスやレッサーデーモンを大きく上回るが、俊敏性では大きく劣る。一撃の破壊力と再生を阻害する手段さえ足りていれば、討ち取るのに問題はない。
しかし……。
「エリナさん、ちょっと風で塩を吹きとばすから離れていて」
塩が多すぎる。この中からドロップ品を回収するのは骨だ。
向こう側に飛ばすが、万が一規定以上の塩が体については事である。倒せる相手だが、スタンピードされては飲み込まれるのは確実だ。
「京ちゃん京ちゃん。先にびゃっちゃんをお願い」
「え?ああ……」
振り返れば、トロールの顔面に鉄球を投げつけた時の体勢で停止している白蓮がいた。
魔力切れである。ただでさえホムンクルス入りのゴーレムは燃費が悪いのに、白蓮は性能の為に殊更大食いだ。
駆け足で近づき、肩に触れて魔力を注ぎ込む。すぐにガラスの瞳を輝かせ、再起動した。
……こういうの見ると、『錬金同好会』の『マギバッテリー』が羨ましくなってくる。
『いやはや。圧倒的じゃないか。もうボスモンスター以外の『Cランク』は余裕かね』
「どうでしょう……トロールと相性が良いというのもあるので」
右手に握る剣に風を纏わせゆっくりと塩の山を飛ばしながら、左手を見る。
『炎馬の指輪』
レフコースからドロップしたこの指輪は、トロール相手だと効果覿面だ。斬りながら燃やせるので、再生能力を気にしなくて良い。
「逆に京ちゃん以外は相性良くないかもだよ、パイセーン。私火遁の術使えないし」
『うーむ。火炎瓶で相手の傷口が焼けると良いのだがねぇ』
「……一応聞くけど、作ってないよね?火炎瓶」
恐る恐る振り返ると、エリナさんがサムズアップを決めてきた。
「勿論!だってこのランクのモンスター相手だとあんま意味ないもん!」
「意味あったら作ったんか」
「うん!」
「やめようね?」
「はーい」
いくらダンジョン法で銃刀法が緩くなったとは言え、火炎瓶は捕まるから。マジで。
その辺りはまだ厳しい辺り、火炎瓶にいい思い出がない世代の人が多いのだろうな……。あと、単純に『うっかり』や『事故』で大惨事が起きやすいからって理由もあるのかも。
そんな話をしていると、ドロップ品が見えてきた。
「おっ」
まだこんもりと残る塩の山から、鈍い銀色の腕輪を回収する。
魔力はほとんど感じないが、間違いない。トロールのドロップ品だ。
「エリナさん、これお願い」
「オッケー」
ついていた塩を払い落してからエリナさんに腕輪を渡し、アイテムボックスに。
そう言えば、オークチャンピオンの腕輪も残したままだな……。デーモンの時は、急いでいて付ける暇がなかったけど。
だが、御守りとして残せるのならそれに越した事はない。魔道具を使い捨てないと勝てない様な相手、そもそも戦いたくないのだから。
『おめでとう。それ1つで1万円だぞ』
「うっす」
「おー」
10体倒せば10万。20体倒せば20万。
危険ではあるけど、本当に冒険者というのは儲かる職業である。
いや、有栖川教授が結構な高値で買い取ってくれるのもあるが。たしか、この腕輪って普通に売ると7千円とかそんぐらいだったし。
『Cランクモンスター』のドロップ品で、これは高いのか安いのか……。
まあ、今日は慣らしみたいなもので、いざという時撤退しやすい相手だからこのダンジョンを選んだのだ。金額についてアレコレ考えるのはなしである。
「じゃあ、探索を再開しよう」
「おー!」
塩の山を風で壁によせ、前進。そして20秒ほどで自衛隊のペイントを発見した。
「アイラさん。現在『B-4』です」
『うむ。ではそうだな。そのまま緩いカーブが続く道を前進して、二手に分かれている所を左に行ってくれ』
「わかりました」
人工の明かりを頼りに歩きながら、トロールについて考える。
このモンスター。ダンジョン内では自衛隊にとって非常に厄介な敵であり、ダンジョン外では自衛隊にとって鴨同然なのだとか。
まずトロールは、頑丈である。
ライフル弾もほとんど通さない皮膚と、脂肪と筋肉の鎧。そしてその巨体を支える太い骨。
体格に反し脳は非常に小さく、頭蓋骨はどの骨より分厚い。胴体は肉と骨でがっつり守られているし、奴らにも腕で防御する程度の知能はある。
あげくにやたら高い再生能力。重機関銃や対物ライフルの弾ならダメージを入れられるらしいが、弾丸が通り過ぎた程度の摩擦熱では碌に火傷をしない。そういう意味でも頑丈だ。
これの対策として、自衛隊が選んだ手段はシンプルなものである。
ただひたすらに、火力で押しつぶすのだ。
皆大好きRPG。遠距離からブッパできる迫撃砲。グレネード乱れ撃ち。
トロールは頑丈だしパワーも凄いが、機動力は高くない。オリンピック選手でも足で逃げるのは無理だが、車なら余裕で振り切れる。
ただし、外でトロールが暴れた場合の被害規模と、しこたま使わされる弾薬費は洒落にならないそうな。
そしてダンジョン内だと、この鍾乳石のせいで爆発物を下手に使おうものなら撃った側が危ない。これに耐えられる様な覚醒者なら、そもそも接近戦で倒した方が良いぐらいである。
結論として、このモンスターは冒険者が倒した方が色々と助かるそうな。そのおかげか、比較的ストアから貰える討伐報酬は多い。
……本当に『比較的』多めって額だけど。
そんな事を考えながら、アイラさんが指定した分かれ道が見えてくる。
「ここを左ですね」
『ああ。その次は』
「待って」
エリナさんがこちらの肩を掴み、足を止めさせる。
すると、小さく地響きが足裏に伝わってきた。
「……右の方の道から2体、こっちに来ているよ。どうする?」
「……ここで迎撃しよう。後ろを取られて挟み撃ちにはされたくない」
「わかった」
少し後退し、やってくるトロールどもを待ち構える。
数秒後、自分にも大きな足音が聞こえ始めた。それに比例して、地面の揺れも増していく。
「白蓮。天井の鍾乳石を先に落としておけ」
こちらの指示に、ゴーレムが鉄球を投げて氷柱の様に伸びる岩をへし折っていった。
普通の鍾乳洞なら、とんでもない暴挙である。傍に落下した鍾乳石の破片を風で散らしながら剣を握り直していれば、怪物どもの足が速くなったのを感じ取った。どうやら、こちらの存在に気づいたらしい。
そして、2体のトロールが先を争う様に走って来る姿が見えてくる。
『ヴオ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!』
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!』
ただでさえ爆音じみた大声だというのに、それが二重。衝撃波とさえ呼んでいいそれに、構えが崩れそうになった。
だがこの状況でも構わず『的』に狙いを定める人を、自分は知っている。
「大!忍者!アタァァアック!!」
アホみたいな掛け声から放たれる、豪快な一投。
回転する『大車輪丸』は風の放出により怪物の雄叫びを引き裂いて真っ直ぐに飛び、右側の個体へと迫る。
頭部へ近づく攻撃に防御姿勢すら取らないトロールだが、『ダンジョン』は違った。
『精霊眼』が、魔力のうねりを捉える。やはり、ダンジョンその物がモンスターを守ろうと何かをしようとしていた。
だが、それは逆効果となる。
『概念干渉』
ぐにゃり、と魔力の壁を巻き込み、加速。回転する刃は暴風を纏い、トロールの頭を見事縦に叩き割った。
ぶしゃり、と血飛沫をあげて跪く右の個体。それに構う様子もなく、もう1体はこちらに突っ込んでくる。
道中で引き抜いたのだろう鍾乳石を槌として、前へ出た自分目掛けて振り上げてきた。
だが、何もかもが遅い。
剣を腰だめに構え、槌が振り下ろされる前に剣の間合いへ。向こう脛に燃え盛る剣を振るい、反転して脹脛も斬りつける。
『ギ、ガァァア゛ア゛!?』
悲鳴をあげながら勢いよく前へ倒れる怪物。その背中を駆け、跳んだ。
地面と身体を平行にしながら横回転。風と炎を纏った刃がうなじから入り、首の骨を断った。
地響きと共にうつ伏せで倒れる怪物を振り返りながら、着地。岩の凹凸が激しい地面に、滑走ではなく小さな跳躍を数回挟んでから停止した。
剣を構え直しながら、視界の端で頭をかち割られた個体を捉える。
既に傷は塞がり、得物を杖代わりにして立ち上がっている所だった。確実に脳を破壊されただろうに、驚異的な再生速度である。
だが、何にせよ好きにさせる理由などない。立ち上がる寸前で鉄球が足首を粉砕し、再び転倒させる。
『ゴォ!?』
手を地面についたトロールへ、一息に間合いをつめる。
怪物が咄嗟に突き出した槌を風の力で右に避け、触れられるほどの距離に。
黄色い瞳と視線が交差する中、両手で握った片手半剣を振り下ろす。袈裟懸けに通り過ぎた刃が、人間の背丈ほどもある顔面を叩き割り、燃やし尽くした。
炭化した頭から数歩距離をとり、残心。2体のトロールが塩へと変わるのを確認して、ようやく胸を撫で下ろした。
「ふぅぅ……」
「お疲れー、京ちゃん!」
「エリナさんもお疲れ様」
「周囲に音はしないし、私『大車輪丸』取って来るねー!」
そう言いながら、横を通り過ぎて行くエリナさん。金色のツインテールを尻尾の様に揺らして走る彼女に苦笑した後、白蓮に魔力を補充した。
さて。
「……倒すのより、ドロップ品を回収する方が大変な気がする」
山が崩れ、道を塞ぎそうな塩の塊を壁沿いへ風で寄せながら頬を引き攣らせる。
塩の中へ腕や身体を突っ込むのは危険なので、地道に散らしていくしかない。
『がんばえー』
「やる気ない声援どうも……!」
『まあ、実際私が出来る事はないしな。ルートの確認でもしているよ。あ、白蓮君を周囲の警戒にあてるのなら、鏡越しに私も目の役割を果たすが?』
「……お願いします」
塩に埋もれては後が大変なので、エリナさんと白蓮は少し離れて周囲の索敵に。白い山の中からドロップ品を探すのは、自分の役目だ。
二度と来ねぇぞ。こんなダンジョン……!
* * *
初めての『Cランクダンジョン』。その探索は、嬉しい事に怪我1つなく終わった。
出口にいた、自衛隊の人達の重装備具合には驚いたけど。なんか、映画でヘリを撃墜するミサイルみたいなのもあったし。
アイラさん曰く、万が一トロールが氾濫しそうになったら崩落覚悟でぶっ放して、ゲートが埋まる前にダッシュで脱出するのだとか。自衛隊の人達も大変である。
何はともあれ、今回の仕事は終わりだ。
今日1日の儲けはトロール34体の討伐により、ストアからの報酬もあって41万円。2人で割って『20万5千円』。
探索中はアレコレ考えていたのに、通帳に増えた数字を見れば頬が緩むのだから、我ながら単純な男である。
読んでいただきありがとうございます。
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