第十七話 昇格試験
第十七話 昇格試験
市役所から勧誘が来た翌日。朝、カレンダーを見ながら母さんに話しかける。
「ねえ、母さん」
「なーに。そろそろ出ないと学校遅刻するよ」
「いや、うん……今年の結婚記念日、ちゃんと行くよね?」
そう尋ねれば、母さんは少し困った様に眉をしかめた。
「……父さんの会社、まだ大丈夫そうだけど貯金はしときたいし、今年はやめとこうかって話そうと思っているところよ」
「冒険者として僕も稼いでいるし、いいんじゃない?行っても」
5月の初め頃、両親は結婚した。以前『6月じゃないんだ』と聞いたら、その頃母方の祖父母の体調があまり良くなかったので、『君を育ててくれたあの人達に、結婚式を見せたい』と父さんが言って5月になったとか。
詳しく聞くと惚気話になるから、あまり尋ねないのでこれ以上は知らない。何が悲しくて両親のなれそめを聞かねばならんのだ。
兎に角。2人は毎年、結婚記念日に小旅行へ行くのである。普段あまり贅沢はしない両親の、ささやかな楽しみなのだ。
「でもねー……」
「いいじゃん、偶の旅行ぐらい。2人で羽伸ばしてきなって」
「うーん」
この反応。本音を言えば母さんも行きたいのだろう。
毎朝、父さんが出かける時はキスするぐらいの仲良し夫婦だ。息子としては気まずい事この上ないが、仲が悪いよりはよほど良い。
……あとはまあ、少しだけ。ほんの少しだけだが、両親が家にいない解放感が好きだったりする。
晩御飯時にアニメ見ながら好きな物を食べたり、徹夜でゲームしたり。
そんな、我ながらだらしのない楽しみもあったりするので、2人には是非旅行へ行ってほしいものだ。
「あ、でもダンジョンの発見報告が無い所に行ってね。あと、現地の避難ガイドとか、先にネットで調べといてよ」
「まだ行くと決まってないでしょ。ほら、それより学校行きなさい」
「はーい。……ほんとさ。旅行、行ってね?」
「……わかったわよ。お父さんにも言っておくから」
「うん。じゃあ、行ってきます」
「はいはい。行ってらっしゃい。車には気を付けるのよ」
そんな、何気ない朝を終えて。
1人学校へと足を向けた。
* * *
5月。両親の結婚記念日を明後日に控えた、金曜日。
まだ雨が少なく、湿気もそれほどではない。だが気温は地味に高く、今年も暑くなりそうだ。
そんな中、今日来たダンジョンはじっとりとした空気が流れている。
洞窟を掘って広げた様な場所なのだが、時折階段があり扉つきの小部屋まであって人工感が強い。
隠し砦の様なダンジョンだ。自衛隊が持ち込んだライトに照らされた通路は、壁は粗削りなのに地面だけ平らになっている。
いつもの様に準備を終え、ゲートを潜った後。すぐに『白蓮』を起動し、慎重に進んでいく。
普段から周囲の警戒はしているつもりだが、今回のダンジョンは特に気を張り巡らせていた。
なんせ、『危険度だけならDランク』と呼ばれている『Eランクダンジョン』なのだから。
このダンジョンでも自衛隊が設置したライトはあるのだが、それが部分的に消えていたら『危険』の合図だ。奴らは、暗がりで舌なめずりをしている。そう、ストアのHPに書いてあった。
無論、明かりがモンスターによって消されていなくとも警戒は必要である。油断など出来はしない。
それでも、自分達なら問題ないとアイラさんが判断した場所である。色々と残念な人だが、信用も信頼も出来るナビゲーターだ。大丈夫……な、はず。
歩きながら小さく深呼吸を挟んだ。ちょうどそのタイミングで、エリナさんが立ち止まる。
彼女の視線の先には、通路の奥に取り付けられた古い木製の扉があった。
「あの木の扉の向こうから、足音が近づいているよ。数は……たぶん3体」
「わかった」
呼吸を殺し、そっとナイフに手をかける。
このダンジョンの通路は、そこまで広くないが狭くもない。人がすれ違う程度なら余裕だし、天井の高さは2メートル程。思いっきり剣を振るうのは難しいが、考えて扱うのなら問題は無いはずだ。
白蓮と並べば、エリナさんに攻撃は行かないだろう。代わりに、武器が引っかからないかが心配だが。
なんせ自分のレベルが『3』になった事で、魔力の出力も向上。それに伴い形成できるゴーレムボディの大きさも上がったのだ。今の白蓮は、180程の身長に分厚い身体の、見た目だけなら非常に頼れる壁役である。
そんな事を考えている内に、『ギィィ……』と軋みながら扉が開いた。
唾を飲みながら、強く剣を握る。
『ガァ……』
小さな唸り声と共に現れた、身長150センチちょっとの体躯。やや猫背気味の姿勢で、手には錆の浮いた剣とバックラーを持っている。
全身の肌が緑色をしており、捻じれた大きな鼻と長い耳が特徴的。黄ばんだ歯と、ギョロリとした瞳が人工の明かりに照らされる。
腰布1枚の簡素な格好をした、小さな怪物がこちらを睨みつけ剣を構えた。
『ゴブリン』
ファンタジーを扱う日本の創作物において、頻繁に名前を聞くだろう醜悪な小鬼。
現実に現れたこいつらも、性欲以外は小説や漫画通りの凶暴性と悪知恵を持っている。
相手が何かをする前に、ナイフと棒手裏剣を投擲。2つとも顔面に直撃し、先頭の個体は仰向けに倒れた。
『ギャアッ!ギャアッ!』
倒れた仲間を踏みこえ、こちらを見て吠える残る2体のゴブリン。片方は槍で、もう片方は剣と盾。
槍持ちを白蓮に任せ、自分は残った方に。相手もこちらへ突っ込んでくるので、彼我の距離は一瞬で縮まる。
『ガァア!』
血走った目で唾を飛ばしながら襲い来る姿は、子供の様な背丈からは想像もつかない程の殺意を放っていた。
それに気圧されそうになりながらも、踏み込む。
盾で頭部の左側を守りながら剣を振り上げているゴブリンに、その右肩狙いで袈裟懸けに刃を振るった。
振り上げられていた片手剣が防御に動こうとするも、遅い。一刀にて小鬼の身体を両断した。
続けて白蓮の方を見れば、まだ互いに打ち合う前。奴の視線が石の身体に向いている内に、横合いから一閃。首を刎ねる。
ごろり、と。軽い音をたてて緑色の頭が転がった。
3体とも塩に変わるのを見ながら、残心。
戦闘自体があっさりと終わるのは想定内である。このダンジョンが恐いのは、モンスターの強さではない。
援軍は無さそうなので息を吐き、塩に軽く埋もれているコインを回収した。
……それにしても、斬った感触がことさら気色悪いモンスターである。
見た目がオーソドックスな『ゴブリン』だから斬る事自体に抵抗はないのだが、それでもシルエットは人に近い。
自分にサイコパスな才能が無い事を喜ぶべきか、それとも躊躇なく殺せてしまう段階で駄目なのか……。
どちらにせよ、今考える事ではないな。
「エリナさん、お願い」
「うむ。任された」
アイテムボックスにコインを入れながら、彼女も警戒を続けている。
『……時期尚早かどうか悩んだが、やはり大丈夫そうだね。『Dランクへの昇格』は』
ランクの昇格。それは、冒険者としての能力の証明である。
大抵の冒険者は『F』スタート。そこから『E』に上がるには、体力試験のクリアと、専用の講習に参加する事が条件である。
比較的簡単な課題で『E』に上がれるし、自分達みたいに最初からこのランクの者達もいる。
だが、『D』からは別だ。そこからは『一流』だったり『プロ』だったり、少なくとも一角の冒険者として扱われる……。冒険者界隈では、だけど。
ランク1つで、難易度は跳ね上がる。その分実入りは良いのだが、大半の冒険者が『E』に留まっているのはリスクと報酬が噛み合っていないからと言われていた。
たしか、比率で言うと『F』が3割、『E』が4割。『D』が2割で『C』が1割だったか?
それほどに、危険度が高いのである。何なら『ゴブリンのダンジョンとD以上は一般公開を禁止すべき』なんて声も上がっているほどだ。
閑話休題。このゴブリンのダンジョンを踏破出来る事が、昇格の条件である。
冒険者になってようやく半月が過ぎた段階だが、早い人は1週間で『D』に上がったと聞いた。珍しくはあっても、あり得ないという程でもない。
『だが決して油断しない様に。周囲を良く見ながら移動するんだ。私も、微力ながら鏡ごしに観察しよう』
「はい」
「おっす!」
アイラさんに返事をし、探索を再開。開かれたままの扉の先を手鏡で確認した後、前進する。
T字路になっている様で、拙いながらもクリアリングを行った。少なくとも視界内に敵はいない。
更に進んでいくと、曲がり角で照明が壊されているのを発見。2人とも立ち止まり、周囲をゆっくりと見回した。
「……敵は?」
「見えないね。京ちゃんも?」
「うん」
互いに頷いた後、エリナさんがアイテムボックスからペンライトを取り出し暗がりへと向けた。
すると、簡素な細い縄が通路に張られている。その繋がる先に目を向ければ、岩の窪みで隠された小型のクロスボウがあった。
うっかり縄に引っかかろうものなら、脹脛に矢が突き刺さる仕組みである。ゴブリンが仕掛けたのだ。
そう、このダンジョンには『罠』がある。これによって、このダンジョンの脅威度は『Eランク最恐』と言われているのだ。
エリナさんが棒手裏剣の投擲で縄を絶った後、念のため白蓮を先行させる。
……異常はなし、か。
「行こう」
「うん!」
『地図にはこちらで書き込んでおくよ。後でストアに戻ったら報告しておきたまえ』
「はい」
このダンジョンで罠を発見し報告すると、そこそこの報酬が貰える。あんまり多くはないけれど。
一瞬クロスボウ自体を回収しようかと思ったが、買い取り額と発見報告の報酬は大して変わらないし良いだろう。
白蓮に追いつき、前進。すると今度は閉じられた木製のドアに突き当たった。
エリナさんが耳を澄ますも、敵の気配はなし。だが、
「あ、鍵がかかってる」
これまた簡素な鍵が、ドアノブの下で施錠されていた。
蹴破っても良いが、ストアで得た情報から『無理にドアを開けたら作動する罠もある』とか。
いっそ白蓮に突撃させるかとも考えるが、頭の位置にクロスボウが設置されているとフラスコが破壊される可能性もある。
ここは、『錬金術』に頼るとするか。
ストアにてここの鍵の構造は公開されている。リュックから小さい木札を出し、鍵穴に押し当てた。
鍵穴の構造をイメージし、それを開く様に思い描く。同時に、魔力を流し込んだ。
赤い光が一瞬だけ『バチリ』と瞬いた後、『カチャン』という軽い音が響く。
「……開いた」
「おー」
木札をリュックにしまい、剣帯から鞘を外してゆっくりと戸を押し開く。4分の1開いた辺りで、白蓮を先行させた。
罠は作動しなかったらしい。ほっと息を吐きながら入って周囲を見回せば、トラップの類は見当たらなかった。
どうやら、取り越し苦労だった様だ。
「凄いね京ちゃん。怪盗さんだ!」
「盗人にはなりたくないんだけど……」
「えー。怪盗と泥棒は違くなぁい?」
「同じでは……?」
唇に手を当てながら首を傾げるエリナさんに、こちらこそ疑問符を浮かべる。
『泥棒が怪盗と自称する場合もあるから、何とも言えないね。もっとも、怪盗は義賊のイメージがあるが。それより京ちゃん君。その錬金術もネットで知ったのかい?』
「ええ、まあ」
『錬金同好会』でも『ダンジョン探索でレベルを上げ、ゴーレム戦力を上げるぞ!ホムンクルス嫁の為に!』なんて理由で公開されていたのだ。
……冷静に考えて、コレってネットに出して良い技術なのだろうか。
『やはり私も興味があるな。URLとか教えてもらえないかね』
「『錬金同好会』ってサイトで見つけたんですが、ちょっと下ネタが多いので紹介し辛いサイトなんですけど……あ、大丈夫ですね。忘れてください」
『なんだね京ちゃん君。まるで私達が下ネタに慣れ親しでいるかのように』
「正にそうでしょう」
「なんだと京ちゃん!!私達ほどお清楚な乙女なんて現代にそんないないんだぞ!!」
「清楚な乙女は『ウ●コ』と連呼しない」
「あれぇ。私そんな事言ったっけぇ?」
『おいおい京ちゃん君。今は真面目な探索中だよ?お下品な言葉は控えてくれたまえ!ハーハッハッハ!』
「昨日の記憶飛んでいやがりますか馬鹿ども」
下手糞な口笛をふく残念女子大生と自称忍者。
頬が引き攣るのを自覚しながら、頭を振って思考を切り替える。ダンジョン探索の途中なのは事実だ。集中しなければ。
ドアがあったが部屋というわけではなく、L字に道が曲がっていた。
その角部分に木製の棚があるのだが、中には何もない。ゲームだったら、指輪とか宝石とかあったのかもしれないけど。
もしもそういうのが置いてあったら、全て最初に入った自衛隊や警察が回収し、どこかの研究所に送っている。
迷宮に眠るお宝を見つけるなんて夢のある話は、残念な事に公開されているダンジョンでは起き得ないのである。
罠とモンスターしかいない。ダンジョンによっては、偶に買い取ってもらえる鉱石があったりするのだが。
もしもお宝があるとしたら……それは、自衛隊が見落とした『危険地帯』という事だ。
何はともあれ、探索である。
「あ、待って京ちゃん」
こちらを呼び止めるエリナさんの小さな声。肩を掴んで来たその力は、決して弱くない。
「この先から、今息遣いが聞こえた。待ち伏せがあるかも」
「………」
無言で頷いて答える。
『その角を曲がると、すぐに坂道だ。上を取られる事になる。引き返すかい?』
「……んーん。このまま行こう」
エリナさんの言葉に、再度頷いて返す。
白蓮になるべく小声で指示を出し、頭を腕でガードさせながら前進させた。ゴーレムの身体が角を出た瞬間、風を切る音と共に1本の矢が飛んできた。
石で出来た腕に弾かれた、簡素な矢。それが地面に落ちるより早く、自分も飛び出す。
『ギャッ!ギャァッ!』
こちらに吠えたてる2体の槍を持ったゴブリン。その後ろに、もう1体いて弓に矢をつがえようとしていた。
すぐさまナイフを投擲。弓持ちを狙うも、少しそれて片耳を穿つに留まる。それでも、動きは止まった。
短い悲鳴を弓持ちが上げる中、槍持ち2体が自分目掛けて穂先を向けてくる。
迫る鈍い光に、風を纏わせた剣を一閃。強引に弾いてみせた。
直後、自分の頭の上を棒手裏剣が通過していく。それは見事弓持ちの指に当たり、武器を落としてみせた。
本当に、どういうコントロールをしているのやら。頼もしいばかりである。
『ガァッ!』
槍を振り上げたゴブリンに、接近。持っている柄ごと体を両断する。もう1体の槍持ちは白蓮に任せ、負傷した右手を庇いながら逃げようとする個体の背へと片手半剣を振り下ろした。
小さな緑色の背中を両断。すぐさま振り返れば、残る1体も目から棒手裏剣を生やし倒れる所だった。
残心。敵が全て塩になるのを見届けてから、コインを拾っていく。
死んだふりをされないから、こうして塩になってくれるのはありがたいと、『元自衛官の冒険者』が書き込んでいたのを思い出した。
確かにその通りである。一目で相手が死んでいるとわかるのは、不意打ちのリスクが減るので。
ゴブリンのダンジョン。それは『ダンジョン全体が敵』とでも言うべき危険な場所であった。
しかし、データ取りも含めて無事に2時間ほどで踏破。
自分とエリナさんは、『Dランク』へと一歩踏み出した。
……なお、踏み出しただけで今日から『Dランク』という事はない。あくまで実技が通っただけである。
後日、昇格の為の筆記試験と面接を受けないといけないのだ。どちらも形式的な部分が大きいとは言え、試験は試験である。
ぶっちゃけ気が重いしめんどい。
まず試験を受けたいですって申請してー、数日後受理されたら指定された試験会場に行ってー、筆記試験の直後に市役所の人から面接を受けてー、そんで3日から2週間ぐらいしたら昇格の合否がわかる。……っと。
ないとは思うけど、『D』に上がる人が少ないのはこの辺も理由だったりしないよな?
──腕っぷしだけでは認められない。それが現代社会というものである。
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