第八十五話 文明の残骸
第八十五話 文明の残骸
幾度かの戦闘を経て、青銅の森を進んで行った先。自衛隊が守る出口へのマーキングは済ませた後。
木々の隙間から、『建造物』が見えてくる。元より既知の自然界ではありえぬ森の中で、自衛隊の築いたゲート付近のそれとも異なる、ひときわ異彩を放つ人工物。
いいや。建造物というよりも、それは『残骸』と呼んだ方がより正確な物であった。
青銅の森にぽっかりと空いた空間。随分と開けたその場所には、まばらに石造りの壁が残っている。基礎が僅かに残り、その上にこれまた僅かに残るレンガの壁。
激しい戦闘でもあったかの様に砕け散り、もはや元はなんの施設だったのかもわからぬ知的生命体の名残。
それ以外は、沈んだのか。それとも別の末路を辿ったのかは定かではない。
確かなのは、ここで『誰か』が『何か』をしていた。そんな、曖昧な事実のみ。
自衛隊が怪鳥どもとの戦いで壊したのではない。ここは、これは、彼らがここに足を踏み入れた時からこうだったと聞く。
「アイラさん。言われていた場所に到着しました」
『うむ。ご苦労。ではミーア、右近君をつれてぐるりと付近を一周してくれるかい?エリナ君は手鏡を構えて、内側を歩いてくれ』
「わかりました、姉さん」
「オッケー」
「なら、僕は周囲の警戒を」
このダンジョンを選んだ、もう1つの理由。それは研究の協力である。
ゴーレム達を連れたミーアさんが並んでいる残骸の外周を歩き始め、エリナさんは内側に足を踏み入れた。
それを横目に、自分は剣を肩に担いでゆっくりと周囲に視線を巡らせていく。
しかし、この建物の残骸も奇妙な物だ。
自衛隊がこのダンジョンの出口付近に建てた交番そっくりの建物は、ゴムボートを幾つも繋げたみたいな『浮き』の上にあった。
ストアの情報曰く、魔法で重さを減らした状態で船の上に載せている……らしい。
しかし、ここに残った建物の名残はしっかりと直立した物ばかりである。この不安定な地面に基礎を打ち立てたのか、それとも逆に後からここの地面は泥だらけになったのか。
僅かに覗く基礎部分を見れば、薄っすらと魔力を感じる。何らかの術式が掘り込まれているのだろうが、泥のせいで視えないし、何より自分に理解できる物とも思えない。
前から思っていた事ではあるが、もしもダンジョンを作った、あるいはダンジョンに住んでいた文明があるのなら……とんでもなく魔法技術に富んだ者達だったのだろう。
こんな泥なのか底なし沼なのかも判別できない地面の上に、残骸の様子から館か城かと言いたくなるサイズの建物を作り出したのだ。その文明レベルは、中世ファンタジーじみたダンジョンの内装に反してかなり高度なものに思える。
アイラさんが興味を持つのも頷ける話だ。先駆者などいない。まだどこの国の名高い教授たちも首を捻り続け、謎の一端にすら辿り着けていない未開の研究対象である。
まあ、自分には正直関係ないが。
研究だの考察だのは、あまり得意ではない。答えだけを聞いて、『そうなのかー』と満足するのが自分という人間である。
そんな事を考えていられたのも、彼女らが調査を開始してから約3分間。
『精霊眼』が、ほんの一瞬だけ木々の隙間からこちらに向かってくる影を捉える。
「敵襲!方角は疑似太陽の反対!」
叫びながら剣を構えた。重心を落とし、柄を両手で握る。
2人の位置はやや遠く、そして敵には自分が一番近い。彼女らもこちらに向かってきているが、ステュパーリデスの射程距離にこの身が入る方が先だ。
剣の切っ先を泥に入れた直後、こちら目掛けて放たれる羽の数々。機関銃の様に連射しながら突撃してくる4体の怪鳥に、逆袈裟斬りの要領で剣を振り抜いた。
風を纏ったうえでの斬撃でもって、泥を無理やり前方へ吹き飛ばす。
地雷か何かが炸裂した様に舞い上がり、一瞬だけ視界全てを覆った茶色の壁。その勢いでもって、飛来した羽を纏めて飲み込んだ。
そしてこちらから見えないという事は、相手にも見えないという事。ステュパーリデスの視界から、自分が消える。
だが、『魔力を視る』事は可能だ。
剣を肩に担ぐようにして構えたまま、突撃。重力に引かれ始めた泥の壁を突き破って、狙い易くする為か高度を下げていた怪物どもへ一息に間合いを詰めた。
互いの速度もあって、既に間合いの内にいる。
『ガァッ!?』
先頭の個体を袈裟懸けに斬り捨て、その後ろからやって来た2体目を『風車斬り』により頭を叩き割る。
更に腰の捻りを加えながら跳躍して、慌てて急上昇しようとした3体目の羽も切断し、撃墜。
剣の間合いより外側を通り過ぎて行った4体目にナイフを投げようと左手を柄に伸ばすも、その怪鳥は斜め下から飛んできた鉤縄で首を絡めとられた後に氷の槍で貫かれた。
それを視界に入れつつ、羽を両断した個体にナイフを投げて止めを刺す。全てのステュパーリデスが見える位置に移動していれば、4体とも塩に変わり始めた。
ほっと胸を撫で下ろしたタイミングで、イヤリングから声が聞こえてくる。
『大丈夫かね京ちゃん君。右近君の鏡から無傷なのは見えているが、泥をかぶり過ぎない様にな。ダンジョンの土や植物をつけて出口に行くと、小言を言われるそうだぞ』
「はい。風で弾いたので大丈夫です」
ダンジョンの構成物は、所々『塩』で補填された物だったりする。
どの状態を『基準』にしているのかは不明だが、ダンジョンは壊れた壁等を塩で直すのだ。見た目どころか、成分をその場で調べてもわからないほどの正確さで。
その分ダンジョン内で動かしても、『モンスターの塩を持ち歩く』という状況と一緒にはならないらしい。実際、冒険者デビューしたばかりの頃に『白蓮』の即席ボディとして使っても、モンスターに追いかけまわされる事はなかった。
しかし、塩で補填された部分を外に持ち出した場合は別である。内部では別の物体だったのに、外に出した途端ゆっくりと塩へ戻り始め、完全に戻ってしまったらその瞬間スタンピードが発生するとかしないとか。
そういうのを防ぐため、自衛隊が出口の所で床をへこませて消毒液をたっぷり入れているとか。出る時は、そこでじゃぶじゃぶと足を濡らさないといけない。
……もっとも、それは方便で実際は透明化して出て行こうとする馬鹿を発見する為という噂もあるが。跳び越えづらい様に、踏切みたいなバーもあるし。
何にせよ、自分だって泥まみれにはなりたくないので風で弾いたから問題ない。
『毎回思うが、そのスキルをそんな風に使えるのだからやはり君の魔力量……というか魔力回復量は異常だよ』
「そういう固有スキルですから」
呑気にそんなやり取りをしながら、一応周囲を見回せば、
「っ!」
「また敵が来るよ!京ちゃんから見て4時の方角!」
自分が追加の怪鳥どもの接近に気づくのと、エリナさんが警告を発するのがほぼ同時。
すぐさまそちらに向き直り、腰だめに剣を構えた。
「数は16!多いよ!」
『溜まっていたというやつだな!』
「脳天かち割りますよ残念女子大生」
アイラさんの無駄口に答えながら、切っ先を泥に入れる。
一瞬だけ、斜め後ろのミーアさんと視線を合わせた。
ほぼ同時に、青銅で出来た木々の隙間から放たれる羽の乱れ撃ち。まだ自分の鎧を貫くには遠い距離だというのに、牽制のつもりか。
否。自分以外の2人はこれでも十分殺せると判断したのだろう。存外に勘が良い。
当然、先ほどと同じ要領で防ぎ切る。爆発でも起きた様に吹き飛んだ泥が、飛来する羽を纏めて飲み込んだ。
「食らいつけ」
それに合わせる様に、ミーアさんが呟く。
それは、呪文ですらないただの言葉。されど泥は従順な犬の様に迫りくるステュパーリデスの集団へと襲い掛かった。
泥が姿を変え、獰猛な犬の頭に。それらは宙を舞い怪鳥どもの喉に、翼に、胴体に牙を剥く。
しかし歯が立たない。元が泥だろうと車のボンネットぐらいなら貫きそうな牙だが、ステュパーリデスの羽毛を穿つ事は不可能である。自衛隊曰く、9ミリ弾を弾いた羽毛だ。
だが、動きは鈍った。
───カカカカカカカカカカッ!!
やけに硬質な音が、背後で大量に響いた。いつの間にか周囲の気温は急激に低下し、吐く息は白くなる。
「発射」
淡々とした命令に、自分の頭上や真横を氷の槍が飛んでいく。
16体の怪鳥に対し、放たれたのは50を超える冷たい殺意。
木々を抜けた瞬間を狙い、噛みついた泥の犬達のせいで速度が遅いステュパーリデス。奴らに避ける術などなく、己の前方にいる味方が運よく盾となってくれる事を祈るしかない。
幸運だったのは僅か3体。しかし、それで運の尽き。
棒手裏剣が1体を仕留め、残る2体は自分が突っ込んで斬り伏せた。
圧倒的、と言って良いだろう。念の為警戒は続けるが、16体全てが塩に変わった。
しかし、問題がある。
「……沈んだか」
先に倒した4体のドロップ品が、完全に見えなくなっている。青銅の板だ。このダンジョンでは、放っておくと何メートルも泥の中へと沈んでいってしまう。
覚醒者でなくとも人間なら沈む前に足を動かして逃れられるこの地形だが、魔力を帯びているだけの板に当然手足などないわけで。
これは、この16枚も手早く回収する必要がある。そう思い足を向けたのだが。
「浮かびなさい」
ミーアさんがそう言って杖を泥の中に入れた途端、沈んだはずのドロップ品が浮かび上がってきた。
ご丁寧に塩は脇にどき、青銅の板だけが泥の上にプカプカと浮かんでいる。
思わず口を開いてその光景を見ていた自分に、ミーアさんが胸を張った。『たゆん』とオッパイ様……否、デカパイ様が揺れる。そして顔が良い。というかデカパイ様、更に成長しました?
もしや……女神様?
「ちょっとした『水氷魔法』の応用です。数が多いので、浮かばせるだけですが」
「拝んでも良いですか?」
「京ちゃん。剣を手放すのはやめようね?」
「はい」
真面目に周囲を警戒します。
ミーアさんが仲間になってくれて本当に良かったと、心の底から思った。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつもありがとうございます。創作の原動力とさせていただいているので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。




