第八十四話 青銅の森
第八十四話 青銅の森
7月の頭。気温は随分と高くなり、日中は30度近くいく蒸し暑い日々が始まった。
他の高校の生徒達が汗を流して学校に通う中、校舎がデーモンのせいで壊れた自分達は1カ月早い夏休み中である。
そんな中、やる事と言えば。
「新生『インビジブルニンジャーズ』!ファイトぉおおおお!!」
『おー!』
ダンジョン探索である。
今日も大正ロマンな恰好のエリナさんが、ストアで元気よく拳を突き上げていた。やめなさい恥ずかしいから。
「……その名前、冗談じゃなかったんですね」
「はい。残念ながら」
酒さえ絡まなければ比較的常識人なミーアさんと、冷や汗を流す。
ストアの人達から向けられる視線が痛い。あまりにもネーミングセンスが無さすぎる。
「エリナさん。他の人の迷惑になるので、大声ではしゃぐのはやめてください」
「ほぉい」
『いいじゃないか京ちゃん君。どうせそのダンジョンに他の冒険者なんて碌にいないだろう?』
「姉さん。一番の年長者なんだからしっかりしてください。ストアで働いている人達もいるんですよ」
『ほぉい』
アイラさんの言う通り、このストアは閑古鳥が鳴いている。
ランクは『C』。そのうえ出てくるモンスターとダンジョンの地形が厄介な部類とあって、あまり冒険者は寄り付かない。
現地集合という事で自分とエリナさんはバスで、ミーアさんは自分の車で来たわけだが、案の定バスも駐車場もガラガラだった。
その分モンスターの数が多い可能性があるのに対し、こちらの戦力はミーアさんを除いて普段より低下している。
この前の戦いで『白蓮』は大破。予備パーツで組み直す事は出来たものの、鎧は全損だ。
そしてエリナさんの『大車輪丸』も深刻な歪みが発生した様で、今投げるとどこに飛んでいくかわからないらしい。
しかし、『今後の為の素材集め』としてここで獲れるドロップ品が欲しかったので、こうしてやってきたわけだ。
あと単純に、この戦力でもいけるだろうと思ったので。クエレブレどもとの戦いで、3人ともかなりレベルアップしている。
そんなわけで更衣室にて準備を終え、お手洗いも済ませた後ゲート室に。
ミーアさんの連れるゴーレム達……たしか、『右近』と『左近』の重い足音と共に白い扉の前に立つ。
「準備、完了しました。これからダンジョンに入ります」
『うむ。今回は白蓮君と巨大手裏剣がないが、代わりにミーアがいる。十分に探索は可能だろうが、気を付けてくれたまえ』
「了解」
自分を先頭にそれぞれが肩を掴んだのを確認後、ゲートを潜る。
何度目だろうと慣れない、足元が消えたのに浮遊感のない違和感を味わったのも一瞬。ブーツ越しに、硬い感触が伝わってくる。
まがい物の太陽が照らす、緑色の森が目の前にあった。
比喩ではなく、木の1本1本が彩度の低い緑色をしている。これら全て、青銅で出来ているのだ。
泥の様な地面に埋まる根から、数メートル先に伸びる枝葉までもが同じ色。そのうえ、魔力を帯びた木々の強度は通常の青銅を遥かに上回る。
一歩踏み出せば、僅かに波紋が発生した。
「ミーアさんの魔法は問題なく作用している様です。泥に足を取られません」
「上手くいった様で安心しました」
ホッと、そのご立派なお胸様を撫で下ろすミーアさん。
このダンジョンは足場が悪い。強く踏み込めば踏み込むほど、足が埋まる。このランクの冒険者すら、まともに走る事が出来ないとストアのHPに書いてあった。なんでも、かかる力に応じて『泥の深さが変わる』という、奇妙な地面なのだとか。
そこで彼女の『水氷魔法』である。水上歩行の魔法をゲートを潜る前に付与してもらったのだが、それは無事泥に対しても作用した様だ。
特に、右近と左近はこれ無しだと確実に埋まる。自衛隊が迫撃砲を持ち込んで、泥の中に沈んでしまったという噂もあるぐらいだ。
『ふっ、流石私の妹。私の次に優秀だな』
「優秀さの方向性が違うでしょうに。探索を開始します」
『うむ。慎重に進んでくれたまえ』
「はい」
今回白蓮はいないので、右近の胸に鏡を貼り付けている。氷で補強された刺又と大盾を持ったゴーレム達が最後尾を進み、自分が先頭に。
泥の上だと言うのに、舗装されたアスファルトの上を歩く様な感覚。鼻孔に届く泥の臭いもあって、このミスマッチに強い違和感を覚える。
便利な魔法だが、ダンジョン以外では使いたくないものかもしれない。
そうして青銅の木々の間を歩いていけば、30秒ほどで自衛隊のペイントが施された木を発見した。
「アイラさん。現在『T-45』。疑似太陽の位置は自分達から見て2時の方角です」
『ふむふむ……では、そこから暫く10時の方角に進んでくれ。別のペイントが見つかるはずだ』
「わかりました」
このダンジョンは、迷いやすい。
人間というのは、自分では真っすぐに歩いているつもりなのに、上から俯瞰して見るとかなり蛇行してしまうものなのだとか。
しかもかなり特殊とは言え森の中。唯一の目印と言えるのは、ダンジョン上部にある疑似太陽のみである。
青銅の葉から覗く光に照らされた泥の道を、また歩き出した。
しかし、すぐにエリナさんから警告が飛んでくる。
「9時の方向から声が聞こえるよ。数は……5つ。こっちに向かって来てる」
「了解」
「わかりました。右近、左近。盾を構えて私とエリナさんの前に」
エリナさんに答え、剣を握り直しながら示された方角へ数歩進みゴーレム達より前に立つ。
すると、自分達にも羽ばたく音と鳴き声が聞こえてきた。
『ガーウ!ガーウ!』
『ガッガッガッガッガッ!!』
それは、カラスの鳴き声に似ていた。だが、どこか鼻が詰まった様な声。
ストアの情報では『トキの鳴き声に似ている』とあったが、実際にトキの鳴き声をちゃんと聞いた事がないのでわからない。一応、画面越しに姿は見た事あるが。
そんな雑念が浮かぶも、頭の隅に追いやって。
青銅の木々を縫うように飛行する、5羽……否。5体の怪鳥と相対した。
『ガーウ!ガーウ!!』
トキに似た骨格ながら、大きさは倍以上ある体躯。この青銅で出来た森では目立つ朱色の羽で全身を覆い、頭には王冠の様な冠羽を生やしている。
だが何より目を引くのは、大きさでも特徴的な冠羽でもない。
青銅で出来た、嘴と爪。そして両翼の先である。
『ステュムパーリデス』
ギリシャ神話に伝わる、『ヘラクレスの12の試練』の1つに登場する怪物。
奴らの羽や爪、嘴は青銅でありながら並の鋼を上回る強度を持ち、自衛隊が持ち込んだ1センチの鉄板すら容易く引き裂いたとか。
飛び辛い木々の間を、時速にして約100キロで飛びまわる怪鳥ども。それらがこちらに敵意を向け、高度を落として接近しながら両翼を大きく広げる。
瞬間、機関銃の様に放たれる羽。1つ1つの先端が青銅であり、そのうえ猛毒が塗られている。あの毒を受ければ、高レベルの覚醒者すら半日と生きていられない。
しかし、その速度は音速には僅かに届かず。この両目で、全てを捉えられる程度でしかない。
圧倒的密度と速度で迫る死の雨を前にして、両手で構えた剣を風に纏わせた。
「ど、せぇぃ!!」
横薙ぎ一閃。風の槌でもって、飛来する羽全てを吹き飛ばした。
それだけに止まらず、強風がステュムパーリデスに正面から叩きつけられる。ダメージはないだろうが、バランスを崩す怪鳥ども。
そこに、容赦なく棒手裏剣と氷の槍が襲いかかる。
前列3体が直撃を受け、泥の中に墜落。更に1体が羽を穿たれて近くの木に衝突し、残る無事な1体が自分達の上を通過しようとする。
だが、左手でナイフを引き抜き様に投擲。随分と近くだったので、自分の腕でも首に命中してくれた。
『ゲァ……!?』
短い悲鳴と共に空中で身体を後ろに仰け反らせた後、背中から落下するステュムパーリデス。木に激突した個体も含め全てが塩に変わったのを確認し、小さく息を吐く。
足場が悪い泥の上に生えた、容易く人を迷わせる青銅の森。そこを自由に飛ぶ、機関銃の掃射の如き攻撃をしてくる怪鳥ども。
他の冒険者達が近寄らないのも納得なダンジョンだと、改めて実感した。
だが、その難易度と比例する様に実入りの良い場所でもある。
「周囲に他の敵はいないよー」
「では右近、左近。ドロップ品の回収を」
ミーアさんの指示でノシノシと歩いていくゴーレム達。彼らの刺又は肩にかけられるよう、紐がついているらしい。
一応周囲を警戒しつつ鞘の中でナイフを再構築し、ゴーレム達の回収したドロップ品に目を向けた。
それは、青銅の板である。大きさは掌におさまる程度で、厚さは5ミリ前後。
ただの青銅ではない。これの強度は、奴らの羽や嘴と同等である。つまり、そこらの鋼よりも硬い。それでいて融点は普通の青銅と同じときた。
これを白蓮が持つ盾に使う予定である。コインと既存の鉄の合金より、こちらを使った方が頑丈になると大山さんから聞いた。
まあ、彼女も実際にこれを扱った事はなく、スキルからもたらされた知識らしいが。それでも彼女の事は信頼しているし、いい仕事をしてくれるだろう。
前回の鎧の修理費で貯金がだいぶ減っているので、必要分だけではなく売ってしまう分も集めたいところだ。できれば予備も欲しい。
「回収、終わりました」
「はい。アイラさん、探索を再開します」
『うむ。ミーア、右近君をもう少し右に動かしてくれ。そうそうそんな感じ。……うむ。疑似太陽の位置からして、右近君の向いている方から11時の方角に進んでくれ』
「わかりました」
安全第一に、稼がせてもらうとしよう。
剣を握り直して、再び泥の上を歩き始めた。
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