5話「いざこざ」
代官山のヒュドラ戦。
今、思い返してみても結構苦労したよな、あれ。
魔物舐めたらあかんぜよ、ってのを思い知らされたからな。
たしか最初は20人からの冒険者が居たんだっけ。
それがたった一撃で残りは俺たち4人とか、自然界での人間のポジを思い出さされるよね。
しかもヒュドラのくせに火耐性まで持ってるとか、ほんと厄介な相手だったよ。
あの状況をなんとかしのげたのも、同じパーティーだった3人が最後まで手伝ってくれたからだ。
あれ以来、もう会うことも無いと思ってたけど、ほんと偶然ってあるもんだな。
「なんか久しぶりだな。あの時はありがとな」
「い、いえ。そんな。こちらこそ、その節はお世話になりました」
術士っ子はそう言ってわざわざ頭を下げた。
でも今日はいかにも魔法使いらしいとんがり帽子をかぶってるから、先っちょが俺に当たってるんだよね。
別にいいけど、今時こんなの被ってる奴も珍しいよな。
いや、この世界だとどうだか分からないけど、街中じゃあんまり見なかったってこと。
だいたい俺が遠目に見た時、ヒュドラの時の術士っ子だって気付かなかったのもこの帽子のせいだ。
つばが広いから顔が隠れて分からなかったからな。
被ってる本人も視界悪そうだけど、こだわりの逸品なのかね?
「そう言えば、あの時の事件って結構新聞とかに載ったと思うんですけど、お兄さん、見てない、ですか……?」
「いや。ニュースになってたのは知ってる」
つってもあんまり詳しくは知らないけどな。
ああ、やっぱ街中にヒュドラ出たらみんなびっくりするんだ、くらいのノリだったし。
「そう、ですか。お兄さんのこと、結構話題になってたんですよ。一人でヒュドラを倒した腕利きの冒険者だ、って」
腕利きの冒険者、ねぇ。
俺が冒険者になったのはつい5分くらい前だ。
だからあの時はただの一般人だったんだけどな。
いや、そもそも身分証すら無かったし、一般人ですらなかったか。
それに俺が見たニュースだと詳しい状況は調査中とかで俺のことなんて少しも言ってなかった。
この術士っ子はどこでそんな話聞いたんだか。
あれ。そう言えばこの術士っ子ってなんて名前だっけ?
「ところで悪い。名前って聞いてたっけ?」
「う、うららです。春日野うらら。……14歳、です」
ってことは愛理よりさらにいっこ下か。
まぁ、見た目は逆だけどな。
愛理がちっこいってのもあって、術士っ子の方が年上に見える。
身長も150の真ん中くらいだし、ボブヘアーも愛理よりちょっと長い。
「俺は諸神修司。16な」
「修司、さん。はい。修司さん。覚えました!」
いや、そんな改めて言うほどのことじゃないだろ。
基本大人しい相手に急に元気な声出されるとびっくりする。
「て言うか、お前ら、俺のこと忘れてるだろ?」
ここに来て術士っ子ことうららが言い合ってた男が声を上げた。
ちょっと放置してただけなのにもう我慢の限界かよ。
「てめぇ、話しに割り込んで来て俺を無視するとはいい度胸じゃねぇか」
「いや、まぁ、なんて言うか、ごめん」
「ごめんですんだら冒険者は要らねぇんだよ。俺は泣く子も黙る武闘派クラン、ベアキャットのメンバーだぜ。あんまり舐めたマネしてるとあとが怖ぇーぞ?」
「熊猫? パンダじゃねーか。どっちかって言うと可愛くないか?」
「ほっとけ。名前はともかくウチはガチの戦闘系ばっかりだ。東京で冒険者やりたかったら楯突くなって言ってんだよ」
「別に楯突く気は無いけどさ、こっちの子の方が順番先だったろ。あんたはどっか他探せよ」
「お前なに話きいてたんだ? ここは俺が使うからどけって言ってんのが分からねぇのか?」
「分かんねーよ。武闘派だか何だか知らないけど、女の子脅かしてる時点で小物だって相場は決まってるっての」
俺がそう言うと男の目つきが変わった。
やば。怒らせちゃったかも。
面倒なことは避けたかったんだけど、こういう奴の言いなりになるってのはちょっと、ね。
「いいぜ。小物かどうか、てめぇにじかに教えてやらぁ。半殺しにしてやるから表に出ろや」
なんつーか、絵に描いたようなチンピラっぷりだな。
今時こんな古い芸風も珍しいだろ。
日本って言っても、案外血の気が多くて冒険者らしい奴も普通に居るんだな。
もっとこう、平和ボケしてんのが多いのかと思ってた。
やっぱりアナザー東京を元の世界の感覚で考えるのは間違ってるか。
ヒュドラの時だってみんな非常事態慣れしてた感はあったからな。
「ま、仕方ないか。付き合ってやるから、終わったら大人しく帰れよ?」
こうなったら向こうの鼻を折ってやるのが手っ取り早いな。
この手の相手には話し合いとか通じないし。
軽く痛い思いさせれば分かるだろ。
そう思って俺が売り言葉を買いかけた時だった。
「何カ? 喧嘩カ? アタシも混ぜるカ? そして死ぬカ?」
いつの間にかさっきのギルド員が側に来てて、腕組みをして俺たちを見据えてた。
なんて言うか、断罪者の風格。
逆らったら殺される気がするくらいの負のオーラを背負ってた。




