52話「その錬金術師の名は」
「それにしても、本物の馬車と言うのはかなり揺れるものなんだな。サスペンションの付いた車に乗りなれてると尻が痛くなる」
俺たちが幌馬車に乗ってから半日。
話すことが無くなってきたせいか、獅子雄中佐はそう愚痴った。
幌馬車の中には俺とクシャナさんと獅子雄中佐、それに部下の緒方大尉と白夜の5人だ。
俺にしろクシャナさんにしろ馬車には慣れてる。
何せ異世界じゃ珍しくないからな。
そう言う意味じゃ白夜だってそうだろう。
だけど獅子雄中佐や緒方大尉はそうでもないらしい。
アナザー東京にだって馬車は走ってたけど乗ったことは無いってさ。
まぁ、あっちは道路がいいからあんまり揺れないだろうしね。
「それに異世界と言っても、こうしているとあまり実感はないものだな。外国に来た、くらいの感じだ」
獅子雄中佐の言う通り、今、俺たちは知り合いの錬金術師に会うためにとある異世界に来てる。
もちろん俺の世界転移能力を使ってだ。
レーヴェント―レとの闘いの次の日はなんだかんだで色々と忙しかった。
主に獅子雄中佐が、な。
俺たちが戦った後始末をしたり、俺が頼んどいた偽造身分証を用意したり、中止になってた俺たちとの会談をしたり。
え? 全部俺たちのせい?
いやいや、白夜とだって色々話してたみたいよ?
ほら、今後のこととか。
それに俺やクシャナさんだって遊んでたわけじゃない。
あっちの世界、つまり元の世界で生活していくために必要な準備ってのをやったりしてた。
もっと服買ったり、住むとこ探したり。
いつまでもホテルってのはね。
お金出してるのは獅子雄中佐だけど、あんまり頼り過ぎると貸しがデカくなっちゃう。
おかげでまだデイドリームのとこに行けてないけど、それはまた今度だ。
まぁ、そんなこんなで一日置いて、俺はクシャナさんを含めた4人を連れてこの世界に転移してきた。
クシャナさんは自力でも転移出来るけど、仲間外れはかわいそうだろ?
みんな一台の車なのに一人だけ原付みたいな。
俺の転移能力のインターバルの問題だって、一人くらいなら誤差の範囲だ。
ただ俺の転移能力は出る場所をそんなに自由に選べない。
世界ごとに何カ所かは選べるから、その中から出口を選ぶ感じだ。
そんなわけで目当ての錬金術師に会うには、転移した場所からちょっと移動しないといけなかった。
あいつはあいつでじっとしてない奴だからな。
会いに行ったら勝手に引っ越してり、かなり自由人だ。
どうせなら出口の近くに住んでくれればいいのに言っても全然聞きやしない。
そりゃ本人の自由だけどさ。
「それで、この世界に居るっていう錬金術師についてそろそろ教えてくれないか?」
獅子雄中佐は、板を張っただけの棚みたいなベンチシートに座りなおしながら言った。
「このあいだも言いましたが、アイリはあなた方の世界からの転移者で種族もニホンジンです」
種族ニホンジンってなんか変な感じ。
ヴィジュアル的にはすげー珍妙そうな気がする。
つか弱そう。
「その錬金術師はアイリと言う名前か。つまり女性ということだな?」
「そうだよ。天能寺愛理。俺のいっこ下だから女性ってのもあれだけど」
そうそう。俺が16で愛理が15だ。
だけど年下のくせに態度はデカいんだよ、あいつ。
年下で、チビなのに。
「天能師? その名前は……。ひとつ聞くが、彼女の父親は何をしている人だ?」
「さぁ。あいつその辺はあんまり話さないから詳しくは知らないけど、なんか偉いっぽいかも。それがどうかしたの?」
「……いや。珍しい苗字だからちょっと気になっただけだ。それでその天能寺君だが、この世界で錬金術を学んだって話しだったな。僕らにわざわざ紹介してくれるくらいだ。相当腕がいいんだろう?」
「ええ。少なくとも、アイリはこの世界では最高の錬金術師です。もっとも、さまざまな学問にも精通していることもあって、錬金術という枠組みに囚われません。修司の転移能力を解明したり、レトリックを融合させたりしたのも彼女です。今回もきっと力になってくれるでしょう」
まぁ、嫌がる俺をむりやり実験台にしたりもするけどな。
かと言って、それを差し引いてもあいつには色々と世話になってるし借りもある。
それに何だかんだで悪い奴じゃないし、頼りになるのはたしかだ。
「そうか。それじゃあ彼女が神託の意味を解き明かしてくれるのを期待しよう。ちょうどもうそろそろ街に入るみたいだし、着いたらさっそく案内して欲しいところだが……」
獅子雄中佐は不意に前を向いて怪訝な顔をした。
この馬車の幌は左右をドーム状に覆う形で張られてる。
でも前後には幌が無いからそっち方向には遠くまで景色を見渡せた。
で、御者台の向こう、進行方向のずっと先には愛理が居る街が見えてきてる。
でもなんかおかしいな。
なんか街の中で煙が上がってるみたいだけど……。
「物騒だな。あの煙の上がり方は市街戦の可能性が高い。この世界はいつもこんな感じなのか? 」
「え、うそ、マジ?」
俺は思わず身を乗り出して前方を確認した。
ダメだ、こっからじゃ詳しい状況なんて分からない。
なんか変なのが飛んでるのがチラチラ見えるけどそれだけだ。
「おかしいですね。この国の情勢は比較的落ち着いているはずですし、ここは王都です。戦いなんて滅多に怒らないはずですが……」
「愛理の奴大丈夫かよ。クシャナさん、先に行く?」
「いえ。敵が何か分かりませんからあなたから離れるのも危険です。このまま一緒に行きましょう」
あ、このあいだのことでちょっと心配されちゃってる感じ?
とにかくそのあと、危ないからって途中で引き返そうとした馬車から降りて俺たちは徒歩で街に入った。
結論から言うと、よくない状況だった。
セルヴェール王国、王都ウィシュタル。
愛理の住むこの街は、妖魔に襲われてた。




