49話「上位魔族さんには絶対的に勝機が足りない」
「どうしました? 謝罪も弁解も無いということは、覚悟は出来ているということですか?」
クシャナさんはレーヴェントーレに向かって静かにそう言った。
ヤバいわ。
これは怒ってる。
基本的にクシャナさんは怒ると冷徹さを増すタイプだ。
たぶん自分の見てないとこで俺がボコられてたのが我慢ならなかったんだろう。
そういうのすごい嫌いだから、この人。
つってもレーヴェントーレは割と紳士的だった。
手加減してくれたし、ラーズたちにも攻撃を当ててない。
あれだけの弾数だったからな。
跳弾が当たらないようにコントロールしてたはず。
でもそんなことはクシャナさんには関係無いんだよね。
「構いませんよ。元々許すつもりはありませんから。見たところ上位魔族のようですが、少々いたずらが過ぎましたね。ウチの子をいじめた罪は償ってもらいます」
いじめ、か。
クシャナさんにとっては、このレベルの相手との戦いでも子供のケンカってのが、ね。
俺にしてみたら人生の思い出になるくらいのイベント戦闘かも、って思ってたんだけど。
まぁ、レーヴェントーレもクシャナさんを見て固まっちゃってるし、そんなもんか。
「お前は、……なんだ?」
「家族ですよ。この子の、ね。聞かなくても分かるでしょう?」
分かるかな?
分からないか?
いいから分かっとけ。
「そんなことを聞いているのではない。お前は一体なんの種族だと聞いている。化身をしているのは分かるが元はなんだ?」
「聞いてどうします。これから無に還るあなたには関係無いでしょう?」
わぁ、怖い。
クシャナさんはもうレーヴェントーレをやっちゃうつもりだ。
怒らす方が悪いけどさ、なんかちょっとかわいそうになってくる。
「ずいぶんと、余裕だな。上位魔族がどれほどのものか、まさか知らぬわけではあるまいに……」
「ええ、知っていますよ。昔いっぱい食べましたから」
そう言ってクシャナさんは唇を釣り上げた。
わざとやってるにしてもこれは怖い。
実際それをきっかけにレーヴェントーレが反応した。
「退け、デイドリーム。こいつは、凶悪だ!」
叫ぶと同時にレーヴェント―レは跳躍して距離を取った。
でもこいつ自身は逃げたんじゃない。
間合いの確保だ。
どうやら戦う覚悟を決めたらしい。
つーか精神的に限界に達したのか?
どっちにしろクシャナさんと戦る気だ。
レーヴェントーレは着地した時にはもう火属性魔法の準備を整えてる。
体の周りに炎の帯が螺旋状にグルグル渦を巻いてる。
見たこと無い魔法だけど、たぶんかなりの威力。
でも遅いよ、レーヴェントーレ。
逃げるにしろ攻撃するにしろ、せめてクシャナさんが元の姿に戻る前にやらないと。
残念だけど、お前が跳んでた一瞬の間にクシャナさんも化身を解いた。
つーか人間の皮を脱いだだけだけど。
背中がバリってなって、中から飛び出して来たクシャナさん本体。
毎回思うけど、サイズ的にどうやって入ってるんだろう。
何せ本当の姿のクシャナさんは牛なんかよりももっとデカい。
形は蜘蛛に似てるけど、足は左右で12本ある。
色は紫を思いっきり濃くしたようなメタル調の黒。
うーん。いつ見ても超イケてる。
お腹なんか鉄板を重ね合わせた鎧みたいな蛇腹になってる。
いや、実際クシャナさんの外骨格は人間の使う鎧なんかよりよっぽど堅い。
最低でもミスリル。
下手したらオリハルコンかってくらいの強度。
物理攻撃なんてほとんど効かない。
「おおおお!」
レーヴェントーレのすげー気合。
下級の魔物ならこれで戦闘不能になるくらいの威圧だ。
でももちろんクシャナさんには効かない。
レーヴェントーレだって攻撃の副産物として叫んでるだけだ。
撃って来たのはグルグル回ってた炎の帯。
たぶん相手に巻き付いて焼きながら締め付けてくる感じか。
当たれば、……どうだろ、ちょっとは意味あったかもな。
だけど攻撃が届く頃にはクシャナさんはもうそこには居ない。
前足2本で空間を切り裂いて、とっくに世界の狭間に退避してる。
そして空振った炎の螺旋はそのまま講堂の壁に当たってコンクリを溶かした。
クシャナさんの何が凄いって、あの『世界の外に移動する能力』だ。
別々の『世界』と『世界』の間には狭間があって、クシャナさんはそこに自由に出入り出来る。
なんて言うか、亜空間的なやつ?
狭間はどこの世界からも干渉できないから、そこに居れば攻撃なんて届かない。
そしてクシャナさんは狭間を自由に移動して別の場所に出てこれる。
敵の後ろだろうが上だろうが自由自在。
て言うか、もっと遠いとこにも行けるし、別の異世界にも行ける。
つまり世界転移能力を兼ねてるわけ。
そんな能力を使って、クシャナさんは世界の外から攻撃してくる。
だからぶっちゃけレーヴェントーレに勝ち目は無い。
あいつがいくら速くっても強くっても、そもそも生き物としての格が違う。
クシャナさん以上にイカした捕食者なんて俺は知らない。
「ぬ、おお!」
それでも意外と粘るのは上位魔族の意地かもな。
いきなり空間が裂けて、そこから伸びてくるクシャナさんの鉤爪みたいな足。
レーヴェントーレはそれを高速移動で何度か回避して見せた。
さすがだな。大したもんだよ。
でも結局それが限界だった。
「ぐぁ――」
クシャナさんの鉤爪がレーヴェントーレの足首を捉えた。
体勢を崩して床を転がったレーヴェントーレの右足が千切れかかってる。
勝負あった。
あれじゃもう高速回避は出来ない。
それを察したクシャナさんが狭間から姿を現して床に下りる。
それなりに広い講堂の中、レーヴェントーレから極力距離を取った間合い。
クシャナさんは慎重派だ。
相手が格下でも手負いでも安易に近づいたりしない。
とどめを刺しにいくのはもっと弱らせてから。
動けない獲物に対して、クシャナさんが後ろの左右4本の足で体を起こす。
残りの8本を広げ、それぞれに電撃を纏わせた。
そして放電。
対戦車ライフルの8連射みたいな音だった。
連続で撃ち出された雷撃がレーヴェントーレを直撃。
魔力障壁で防ごうとしてたけど、そんなの最初の一発でぶち抜かれてる。
そのあとはもうボロぞうきんを蹴りまわしたみたいな有り様だ。
壁にぶつかるまで吹っ飛ばされたレーヴェントーレは左の手足を失ってる。
爆ぜるのよ。クシャナさんのカミナリ。
とにかくこれでほんとに終わり。
クシャナさんがとどめを刺すために近づいて行く。
レーヴェントーレにはもう抵抗する意思も逃げる元気も見られない。
壁にもたれ掛かって自嘲気味に笑ってる。
上位魔族の自分が手も足も出なかったのが信じられないんだろう。
でもこれが現実だよ。
この世の中、上には上が居る。
負けたら最後、あとは勝者の糧になるだけ。
レーヴェントーレの笑いはそれを含んでる。
負けるってことの意味をちゃんと分かってる顔だ。
でも――
「レーヴェ!」
部屋の隅に退避してたデイドリームが飛び出して来る。
それから瀕死のレーヴェントーレにすがるように抱きついた。
「馬鹿者。なぜ逃げなかった……」
「だって、あなたを残していけるわけないでしょう!」
そう言って抱き合う二人。
いいもんだよな、実際。
レーヴェントーレはデイドリームを逃がそうとしてた。
でもデイドリームはレーヴェントーレを見捨てて逃げれなかった。
それはたぶん合理的じゃないんだとは思う。
バカなことなんだとも思う。
でもお互いがお互いを思ってのことなら仕方ないだろ。
こいつらは通じ合ってる。
そんな相手を見つけれたなんて、お前ら幸せだよ。うん。
あと、ちなみにクシャナさんがすぐそこまで迫ってた。




