33話「エリア5」
原宿の明治通りのとある交差点に一軒のレストランがある。
『エリア5』。
昼は食事を、夜は酒を提供するこの一見くたびれた店は、名だたる冒険者やギャングスタが活動の拠点にしてきた伝説の集まる場所、らしい。
いや、聞いた話しだからよく分んないけどな。
ともかくマーブルが言うところによると、猫小判を奪った神州猪武者ってオークのグループもここを良く利用するってことだった。
そんなわけで俺たちは店内で連中を待ち伏せることにした。(ちなみに猫耳はキャットストリートの出口で返却済だ)
ところが、
「暑いにゃ。苦しいにゃ。動物虐待だにゃ」
冷房のいまいち効いてない店内の蒸し暑さに、マーブルの不満が早くも限界に達した。
環境的には当然みんな同じ条件なんだけど、こいつの場合、目立たなくするための変装セットが裏目に出てる。
と言うのも、全身の派手なマダラ色を隠すために、マーブルには足元まであるロングコートをすっぽり着せてある。
ついでに手足は手袋と猫人用の長靴を履かせて頭にはつばの広いハットだ。
最後に顔をどうするか悩んだけど、結局包帯でグルグル巻きにすることでなんとか全身のカモフラージュが完成した。
完成はしたが、正直熱対策は考えてない。
店の中なら冷房が効いてると思ってたけど、その当てが外れてちょっとピンチだった。
「うにゃー、あぢーにゃー。やっぱり毛を黒く染める方がまだましだったにゃー」
「お前が絶対嫌だって言ったんじゃねーか。とにかく静かにしろって。怪しまれるだろ」
「いや、何もしねぇでも十分怪しいと思うぜ?」
「やっぱりこの作戦無理があったんじゃないの? そもそも全員でここに来る必要なかったじゃない」
「ですがもう入ってしまったものは仕方ありません。とにかく目立たないように大人しくしていましょう」
そう。俺たちは目立たなく待つ必要がある。
何故って目的の神州猪武者の連中がまだ現れないからだ。
俺たちは店の奥にあるテーブル席に陣取ってる。
ここなら店内が見渡せる上に、つい立てもあって隠れるのにも丁度いい。
絶好の見張りポイントだ。奴らが来たら絶対見逃さない。
でもまだ来ない。
そろそろちょうど昼飯時で、このくらいの時間によく現れるらしいんだが……。
「なぁ、これ来なかったらどうする?」
「ちょっと。あんたが絶対来るからこの作戦で大丈夫だって言ったんじゃない」
白夜はマーブルのコップに水をつぎ足しながら非難がましい目を向けてきた。
そりゃここで待ち伏せするのを考えたのは俺だよ。
でも他に案なんて出なかったのも事実だ。
「よく考えたら俺、相手のこと何も知らなかったんだよな。なんとなく来ると思ったけど、ぶっちゃけただの感だったし」
「とんでもなく行き当たりばったりね」
「だから今のうちに次の案でも考えとこうぜ」
「いや、その必要は無ぇ。見ろ。来たぜ」
ほんとだ。来た。
でっぷりとした巨体に豚の頭。
紛うことなきオークの一団。
6人連れでやってきた連中は俺たちから少し離れたテーブルに座った。
「ほんとにあれか? あとでオーク違いでしたとか無しだぞ?」
「それは無いにゃ。あいつらの背中を見るにゃ。あのマークは神州猪武者のチームエンブレムにゃ」
オークたちはこの全員そろいの袖なしGジャンを着てるんだけど、その背中に兜を被った豚っぽい骸骨のマークが入ってる。
猪武者ってことで豚と兜のデザインなんだろう。つまりあいつらが俺たちのターゲットで間違いないらしい。
「それでこっからの作戦だが――」
オークたちが注文を取ってる間に俺たちは今後の行動について打ち合わせをする。
何よりも大事なのは猫小判の行方をはっきりと確かめることだ。
連中の溜り場はいくつかあるらしいが、それはここみたいな食べ物屋だとかあるいはクラブのような場所らしい。
もちろんそんなところに猫小判を隠してるはずもない。
可能性とすれば、一番怪しいのは奴らの本拠地だ。
自分たちは自由に出入り出来て、なおかつ他人の出入りは制限できる場所。
そんなところでもないと盗んだものを隠しておけないだろ。
「つーことで連中を尾行する。基本的にゃ俺に合わせてもらうが、向こうが分散したらこっちも分かれて追わなきゃならねぇ。お前らここら辺の土地勘はどうなんだ?」
「私は大丈夫よ。今までデイドリームを探し回ってたから、この辺りもだいたい分かるわ」
そいや白夜は半年も前に帰って来てるんだったな。
それからずっと原宿をウロウロしてたならそりゃ道にも詳しくなってても不思議じゃないよな。
「俺は正直全然だな。昔と変わり過ぎてて初めて来たような感じ」
て言うか、そもそも原宿とかあんま来たこと無かったし。
土地勘って言われても正直困る。
「私も初めてですが、獲物追うことに関しては自信があります」
クシャナさんは最上位レベルの捕食者だからな。
一度狙いを付けたら絶対逃がさないのが凄いところだ。
「そ、そうかい。ならいざとなったら姐さんは一人でも大丈夫だな。連絡用のスマホを渡しとくから、使い方が分からなきゃ後でボウズにでも聞いてくれ」
そう言ってラーズはアロハのポケットからスマホを出してテーブルの上に置いた。
「それから嬢ちゃん。お前さんはボウズと常にくっついてろ。向こうがどんどんバラけてってもお前らはツーマンセルで最小単位だ。いいな?」
「別にかまわないけど、どうして?」
「そりゃボウズを一人にさせるとドジ踏みそうだからな。しっかり見張っててくれ」
「分かったわ」
「分かっちゃうの!?」
クシャナさんに言われるならともかく、こいつらに不安要素扱いされるのはまだ早すぎるだろ。
こっちの世界に帰って来てからの俺は全然堅実だっての。
それからしばらく話し合いをしてたら、オークたちが席を立つのが見えた。
食べるもの食べたら早々に引き上げるって?
なんだよ。店の回転率に貢献するいい客じゃねーか。
「よし。それじゃ俺たちも行くぜ」
ラーズの一言で全員が静かに腰を浮かす。
ここからが大事なとこだけど、その前に――
「ラーズ。よろしく頼むな」
俺はそう言って右手を差し出した。
「……。へっ。素人だけに任せたんじゃ成功するものもしねぇからな。仕方ねぇから面倒みてやるよ」
そう言って自称追跡の達人は俺の手を握り返す。
だが残念。
俺の手には一枚の紙が仕込んである。
ラーズが疑問符を浮かべたのを確認して、俺はその紙をラーズに握らせるように手を放した。
そして紙の正体を確認したラーズは苦そうな表情を浮かべる。
注文伝票。
それが俺が渡した紙の正体だ。
「よろしく頼むな。ラーズ」
俺はサムズアップしてもう一度そう言った。
「このガキ……」
ラーズが伝票でテーブルを叩く。
領収証はちゃんと獅子雄中佐に渡せよ、な?




