30話「猫の楽園。入国審査」
「さぁ、押さにゃい、押さにゃい。順番に並ぶにゃ」
整理員の猫人に誘導された行列に混じって、俺たちは猫の町の入り口へと向かっていた。
古くから獣人の集まる街として栄えたっていう原宿だが、その中でもひと際ネコ科獣人の集まる区画はキャットストリートと呼ばれている。っていうのはスマホで検索して得た情報だ。
この猫の楽園に俺たちを案内したのはもちろんラーズだ。
話しによればここで召喚術士の情報を収集するらしいが、相手は猫だぞ。
いや、猫だから悪いとは言わないんだけど、ラーズは裏原宿とかいうアンダーグラウンドなネットワークに接触するって言った。
そうなってくると、猫だから悪いんじゃなくて悪い猫が待ってるってことだ。
ほんとに大丈夫かよ、これ。
とは言え俺たちは着々とキャットストリートの入り口へと流されて行ってる。
もう目の前だ。
つか到着した。
「良く来たにゃ、ニンゲン。これからお前らをキャットストリートにふさわしいか調べるにゃ」
入り口の関所みたになとこに居た猫人が俺たちに向かってそう言った。
なんでもキャットストリートに続く道には必ずこういった関所だか検問所だかっていうゲートがあって、中に入るのには毎回審査を受けないといけないらしい。
どうも猫人以外の種族はもめ事の種になるからっていうんで、問題のありそうな奴をここで弾くんだとさ。
だから審査は他種族だけで、猫人はみんな隣の専用ゲートから素通りしてる。
ちなみに猫人は基本人間サイズの猫が直立歩行してるような連中だけど、猫耳系のほぼ人間なタイプの連中も出入り自由らしい。
「それじゃ今からする質問に答えるにゃ。グループの場合は誰が答えてもいいにゃから全員で力を合わせて正解するにゃ。一問でも間違えるとお帰りいただくにゃからがんばるにゃ」
「なんだそりゃ。質問っていったいなんの質問だよ?」
「にゃ。心配しなくてもただの猫クイズにゃ。キャットストリートは猫っばかりにゃから猫の気持ちが分かってないにゃつが入ると必ずもめ事を起こすにゃ。そうにゃらないためにここで猫通度を見極めるにゃ」
いや、そりゃ一応の理屈としては分からなくもないよ?
分からなくもないが、それでクイズってどうなんだ?
毎回全員検査って割には内容がザルだけどほんとにそれでいいのか、こいつら?
「どっちにしろここじゃそれがルールだ。中に入りたきゃ答えるしかねぇ」
俺が疑問に思ってるとラーズがそう言ってきた。
「分かってるよ。答えりゃいいんだろ、答えりゃ」
考えてもみれば身元がどうとか言われるよりはマシだな。
昨日、獅子雄中佐に身分証をどうにかしてくれるように頼んでおいたけど、もちろんまだ手元には何も無い。
猫通度を調べられるだけならこっちにとっても都合がいい。よな?
「では第一問にゃ。魚とお肉。猫の好物はどっちにゃ?」
マジで普通に猫クイズじゃねーか。
でもまぁ、このくらいの問題だったら俺でも分かる。
猫の好物って言ったら昔から決まってるからな。
「さか――」
「肉よ。魚も好きだけど一番じゃないわ」
「正解にゃ。猫の魚好きはただの俗説で本当はお肉が大好きにゃ」
危ねッ。魚じゃねーのか。
白夜の即答で命拾いした。
えらく迷いが無かったけど猫派か、こいつ?
「お前、よく分かったな。今の結構ひっかけ問題だろ」
「まぁね。昔、実家で飼ってたから少し詳しいだけだけど、こんなところで知識が役に立つなんて思わなかったわ」
そりゃ人生で猫知識を問われる場面なんてそうそうないからな。
でも普通なら無駄でしかない飼い主特有の見識が今は頼もしいことこの上無い。
こりゃ一介の昆虫少年の俺には出る幕は無いっぽい?
「なんにせよ、次もこの調子で頼むぜ」
「ええ。任せてくれて大丈夫よ」
白夜はそう言って自信たっぷりのどや顔をした。
割と自信があるのかもしれない。
「さっきのは小手調べにゃ。次からは難易度を上げていくにゃ」
おい。なんか悪い顔してるぞ、こいつ。
どう考えても落とす気まんまんじゃねーか。
たかがクイズにそこまで気合入れなくてもいいだろ。
「望むところよ。元飼い主の実力を見せてあげるわ」
いや、白夜も白夜でなんかキリってしてる。
もう基本こいつに任せる方向で行こう。
「では第二問にゃ。猫が目を合わせないのは何故にゃ?」
「目を合わせるのは威嚇の意味があるからよ。喧嘩にならないように目を反らすのが猫マナーね」
「またもや正解にゃ。お前はなかなか分かってるにゃ」
「全然楽勝よ。こんなの常識の範疇じゃない」
「にゃはは。その余裕、いつまで続くか楽しみにゃ」
楽しんでどうする。審査しろ、審査。
「大三問。猫の歯は何本にゃ?」
「30!」
「こざかしいにゃ。第四問。家猫の起源はどこの国か分かるかにゃ?」
「エジプト。鼠退治に飼ったのが始まりよ」
「えーい、五問目にゃ。猫が感じられない味覚は何にゃ?」
「甘味」
「唯一汗をかく場所は?」「肉球」「一日の睡眠時間!」「17から20時間!」
「走るスピード!」「時速48キロ!」「にゃース!」「にゃース!」
最後のはなんだ、最後のは。
よく分からんけど、取り合えず今のところは全問正解でいいんだよな。
つか白夜詳しすぎ。猫博士かよ。
でもおかげでクイズ係の猫人はかなり消耗してる。
肩で息をしながら前傾姿勢になって片腕をぶらりとさせてる。
あとちょっとで倒せそうだ。
いや、ただのクイズなんだけどな、これ。
「こうなったら最終問題で決着をつけるにゃ。これに正解すればキャットストリートへの道が開けるにゃから心して答えるにゃ」
猫人はそう言ってズズイと顔をアップに迫ってきた。
次がいよいよ最後か。
今のところ白夜に危なげは無い。
猫人の攻撃は全部完璧に捌いてる。
このままいけば問題なく町の中に入れそうだが――。
そう思った時、猫人の顔が一段と邪悪さを増した。
「問題。福を呼ぶことでおなじみの招き猫にゃが、色によっては違う意味があるにゃ。その中でもオレンジの招き猫はどんなご利益があるにゃ?」
お、オレンジ?
そんな意外性のある忍者みたいな招き猫あるのか?
いや、そもそもこれは猫クイズの範疇でいいのかも怪しいだろ。
さてはいざという時のキラー問題だな。
確か招き猫ってのは右と左、どっちの前足を上げてるかで意味が変わるってのは聞いたことがある。
でも色なんて白いのしか俺は知らない。
ましてやオレンジなんてビビットなカラーに招き猫を塗るとか日本の伝統とは思えない。
外人か? あるいは異世界人の仕業か?
どっちでもいいけど、やっぱり俺には答えは分からない。
こうなったらお願いします、先生!
そして俺が目線を送ると頼みの白夜の顔は目が泳いでた。
あれ? どうしました猫博士?
「まさかお前、分からないのか?」
「べ、別に」
「別にってなんだよ。召喚術士に会うんだろ。しっかりしてくれよ」
「してるわよ。でも招き猫のことなんて、猫飼ってたからって知ってるわけないじゃない」
そりゃそうかもしれないけど、これに答えられなきゃ文字通り門前払いだ。
そうなるとラーズの言ってた裏原宿のネットワークに接触できなくなるし、なんとしても正解して中に入らないといけない。
どうする?
ここに来て白夜は戦力外だ。
一か八か俺が答えてみるか?
でも答えは全く分からない。色から連想しようにもオレンジなんて特別なイメージ無いよな?
ヤバい。正直想像がつかない。
「さぁさぁ、どうしたにゃ? 黙ってちゃ分からにゃいにゃーん?」
くそ。
こっちが答えられないと思って調子にノってやがる。
こうなりゃ勘だ。
俺の勘を見せてやる。
そう思って一歩前に踏み出そうとした時、俺の方を掴んで引き止めつつ前に出る巨体があった。
ラーズだ。
獅子雄中佐が助っ人として寄こし、俺たちをここまで連れて来た張本人。
そうか。こいつはキャットストリートの中に情報源を持ってるんだよな。
それはつまり何回も中に入ってるってことだ。
たぶん仕事のために猫知識を頭に叩き込んだんだろう。
それでこそプロ。
そう。こいつはプロフェッショナルだったんだ!
「オレンジの招き猫の意味は、交通安全だ」
おお。なんかそれっぽい。
目立つ色だし、オレンジは反射材にだって使われてるしな。
交通安全。言われてみれば納得だ。
これで俺たちはこのクイズに――
「不正解にゃ。顔を洗って出直してくるにゃ」
ぅおい!
間違ってんのかよ!
ふざっけんなよ。全然ダメじゃねーか。
「チッ。ダメだったか」
「ダメだったか、じゃねーよ。期待させといて何だったんだよ?」
「はん。期待するだけなら誰にだって出来るもんだぜ。文句言う前にに自分が挑戦してから言うんだな」
「行こうとしたのをお前が止めた結果がこれじゃねーか。どうすんだよ。中入れねーぞ?」
「にゃはは。仲間割れかにゃ? もう一度挑戦したかったら列の後ろに並び直すにゃ」
猫人は嬉しそうに腹を抱えて笑った。
ちくしょう。わざとらしくしやがって。
「修司。私が答えられなかったのが悪かったのよ。もう一度並びましょう?」
「いや。お前は頑張ってた。悪いけどもう一回頼むわ」
そうして俺たちは人ごみの中を列の最後尾に逆戻りした。
そのあと小一時間ほど順番待ちして再度挑戦した白夜は今度こそクイズバトルに勝利。
なんとかキャットストリートへの入場許可を得た。
「にゃにゃ。懲りにゃいお前らに免じて今日はこのくらいで勘弁してやるにゃ」
くそ。やっぱりこいつ自分のさじ加減で入場制限してやがったな。
猫の気まぐれのせいでずいぶん時間を無駄にした。
「それから中に居る間はこれを付けておくにゃ」
そう言って手渡されたのはなんの変哲も無い猫耳カチューシャだった。
そう。猫耳カチューシャだ。
「何だよ。これ?」
「一日名誉猫人の証にゃ。それを付けておけば猫の気持ちを忘れることなく町に溶け込めるにゃ」
「アホらし。何が悲しくて男の俺がこんなもん付けなきゃいけないんだよ」
「いいから付けておくにゃ。それがこの町の掟にゃ。もし途中で取ったりすると……」
「取ったりすると?」
「さ、早く行くにゃ。後ろがつかえてるにゃ」
「おい、やめろよ。そういう中途半端が一番気になるんだよ!」
そんなこんなで俺たちはようやくキャットストリートの中へと入ることに成功した。




