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25話「電車とエルフ」

 俺たちの居るホームに原宿方面行の電車が滑り込んで来た。

 それを見計らって周りの乗客が一斉に動き出す。

 ……。

 何か妙にエルフが多いな。

 多いってか、俺の周り全部エルフなんだけど。

 まいったな。じつはクシャナさんはあんまりエルフが得意じゃない。つかどっちかって言うと目の仇にされがち。

 エルフは割と高潔でしかも石頭な種族だからな。クシャナさんはよく誤解されて嫌われるから逆にクシャナさん自身にも苦手意識ができちゃった感じだ。

 でもまぁ、これは仕方がない。電車なんだから相手に降りろとも言えないし、俺たちだって乗らないわけにはいかない。ちょっとの距離だし、クシャナさんには我慢してもらおう。


「クシャナさん、こっちこっち」


 俺は電車の乗り込むとクシャナさんを引き入れた。

 電車の中もエルフだらけ。つかエルフオンリーだ。

 今まで街中でも見かけたけど、ここまで一か所にエルフが集まってるのも珍しいな。

 元々他の種族に心を開きにくい連中だけど、さすがにこれは極端だ。

 でもまぁ、そんなこと気にしても仕方ないか。

 俺はクシャナさんと一緒に空いてるベンチシートに座った。

 ちょっと狭いけど二人座れなくはない。

 なんだったらくっついてればいいし。

 と思ったら隣のおねーさんエルフが席を立った。

 どこ行くのかと思ったら、ちょっと離れたとこの吊革に掴まった。

 ……。

 なんだよ。別に逃げなくてもいいじゃん。

 俺はそんなに近づきたくないような顔か?

 たしかにエルフってのは基本的に美形ばっかだけど、それにしてもあんなに露骨に避けられると悲しいものがあるな。

 と思ったらクシャナさん側の隣の男も席を立った。

 おいおい、どういうことだよ。

 クシャナさんの隣なら完全に当たりだろ。

 俺なら意地でも譲らないポジションだぞ?

 つかなんだろうな。みんな微妙に離れてってない?

 俺たちの周りだけ妙に密度低いんだけど。

 いや、そもそもなんかアウェー感あるんだよね。

 みんなこっちをチラチラ見てるしさ。

 いくらエルフが気難しくて排他的な場合が多いっても、こりゃないんじゃない?


「あー、人間が座ってるー」


 しまいには子供に指を指される始末だ。

 座ってちゃ悪いのかよ。

 俺は母親に手を引かれて前を歩いて行くガキンチョを威嚇した。

 牙を剥いた顔の両サイドで手を鉤爪に構えた『子供相手にだけやたら強気な悪魔のポーズ』だ。


「シュウジ。相手は子供です。あまり脅かしてはいけませんよ」


 クシャナさんはそう言って俺の片手を取って自分の太ももの上に乗せて捕まえた。

 仕方ない。

 俺は威嚇をやめてクシャナさんの手の触り心地と太ももの感触楽しむ。

 いや、別に痴漢じゃないからな?


 俺がそんなことをしてると、一人のエルフが俺たちの車両に乗り込んで来た。

 中学生くらいの見た目に幼い、けどエルフらしい線の細い美人だ。セミロングのブロンドの後ろには白いリボンが結わいてあって可憐な印象。来てる服だってフリルの付いた白のブラウスにネイビーのフレアスカートっていういかにもお嬢様って感じ。

 そいつは乗り込んで来るなり車内を一瞥した。

 そこまで混雑してるってわけじゃないけど、座席はいっぱいだ。どうしても座りたいなら俺たちの隣しかない。

 案の定そのこと気付いたエルフっ子はこっちに向かって歩いてくる。

 お、こいつは他の連中とは違って他種族を避けたりしないのか。

 若いのになかなかしっかりした奴だ。

 俺たちの前まで来たエルフっ子は、おもむろに腕を組んでカッと足を肩幅に開いてこう言った。


「邪魔よ。どきなさい」


 いきなりの命令口調だった。

 ふざっけんなよ。誰だよ、しっかりした奴って言ったのは。他の連中より攻撃的なだけじゃねーか。

 きつめの目つきでこっちを見据えて言い放ちやがったぞ、こいつ。

 自分よりも年上の二人組にこの態度なんだからたいした度胸だ。

 とは言えそれでどいてやるほどこっちも大人しくない。


「座りたきゃ勝手に座れよ。空いてるだろうが」


 俺とクシャナさんの隣は空席だ。

 元々座ってたのは大人だから、このエルフっ子なら余裕で座れる。


「いやよ。どうして私があなたちみたいな――」


 そこで言葉が止まったと思ったら怪訝な顔になってる。

 特にクシャナさんをめっちゃ見てる。

 俗に言う足の先から頭のてっぺんまでってやつだ。

 表情からは見下した感が無くなったとは言え、それはそれでどうなんだよ。


「あなたたち、どこから来たのかしら?」


 いきなりなんだよ。そんなこと聞いてどうする?

 つかどこって言われても、な。

 俺は東京の生まれだけど6年も異世界に居た。

 ましてやクシャナさんはそもそもこの世界の生まれじゃない。

 そんな俺たちがこの世界に帰って来たのはつい昨日のことだ。

 だからどこから来たって言われたら異世界ってのが正解になる。

 でもそんなこと正直に言えるわけないから適当にごまかす。


「田舎だよ、田舎。すげー田舎だけど、別にいいだろ?」


 俺たちはどっかの地方から上京したばっかりの冒険者だ。

 つかそういう設定な。

 昨日中目黒駅の駅員にも使った嘘だけど、都合がいいから今後も使っていく。

 冒険者ってのはそれこそ色んな連中が居るから隠れ蓑にぴったりだ。

 過去に訳ありってパターンもざらだし、自分のことを話さなくても不自然に見えないからな。

 適当な態度で話したって問題ない。

 この世界の冒険者には詳しくないけど、まぁ同じようなもんだろ。


「……。そう。それでどこに何をしに行くのかしら?」

「そんなこと聞いてどうするんだよ。俺たちはちょっとデートがてら原宿でもぶらつこうってだけだ。ね、クシャナさん?」


 そう言うとクシャナさんは、太ももに置いてあった俺の手に指を絡ませて持ち合上げる。

 それからエルフっ子に見せつけるように俺の手の甲に頬を寄せた。

 クシャナさんの頬っぺた気持ちいい。

 手の甲でも柔らかさとすべすべ感が伝わってくる。

 でもちゃんと触ったらそれこそ最高を通り越しちゃうからな。

 まして寝る時にクシャナさんに抱きしめられながら頬っぺたと頬っぺたを合わせるとどれだけ幸せか。

 あれをしてもらってる限り俺はこの人から離れられないだろうな。


 と、エルフっ子はそんな俺たちの仲良しっぷりにさらに眉をひそめてる。


「茶番ね」


 こいつ、言うに事欠いてそれか。

 せっかくクシャナさんが俺の設定に乗ってくれたのにつまらねー奴だな。


「あなたたちがどこから来てこの街で何をするつもりなのか、そんなことはどうでもいいことだわ」


 あ、こいつすごい自己中だわ。

 聞かれたから答えたのにその反応とか、じゃあなんで聞いたんだよってなるだろ。

 なんかもう相手にした俺たちがバカみてーじゃねーか。


「今日は忙しいことだし、見逃してあげる。私の目の届かないところに行って、デートでもなんでも勝手にしていなさい」

「へいへい。そんなに言われなくてもそうさせてもらうっての」

「それは重畳だわ。だったら今すぐこの車両から降りなさい」

「おいおい、なんでそうなるんだよ?」

「ここがエルフ専用車両だからよ。他種族は乗車禁止。あなたたちはひどく迷惑だわ」


 エルフっ子が指さした先を見ると、確かに電車の内側の壁にそう書いてあった。

 耳の長い顔のシルエットに『elf only』の文字。

 なるほどそれでアウェ感ハンパなかったのね。


「……。悪かったな。俺たちは退けるから座ってくれ」


 俺はクシャナさんの手を引いて立ち上がって席を譲った。

 入れ替わりで座ったエルフっ子はすぐに目を閉じてもはや興味無しって感じだ。

 まぁ、それならそれで構わない。

 勝手に移動しようと俺は踵を返して背中を向ける。

 そこに後ろから声がかかった。


「一つ忠告しておくわ。電車を乗り間違えるだけならまだしも、この世界の秩序をあまり乱さないことね。あなたたちがここに来た本当の目的がなんであれ、やり過ぎれば必ず破滅を呼ぶわ」

「あ? そりゃどういう意味――」


 そこまで言いかけたところで電車の発車ベルが鳴った。

 慌てて外に飛び出すと同時にドアが閉まる。

 そのまま電車はゆっくりと動き出した。

 窓から中を見るとエルフっ子は微動だにせずに座ったままだった。


「やはりエルフとは仲良くなれそうにありませんね」


 いや、あれは相手が悪かったと思うよ。

 エルの中でも特に意識高い系ぽかったし。

 つか次からはエルフ専用車両には気をつけよう。

 あと吸血鬼専用車両とかにも。大歓迎されちゃう。


「ていうか別に降りなくても後ろの車両に移ればよかったね」


 まぁ、なんにせよそういうわけで、俺たちは電車を一本乗り過ごしたのだった。

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