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21話「中華飯店会談<前菜>」

「ほら、クシャナさん。これもおいしいよ。食べてみて」


 箸が使えないクシャナさんの口に、俺は目の前に並べられた料理の中でもとびきりの一品を箸で運んだ。それをクシャナさんが無表情のまま口に含んで咀嚼し、その隙に俺は俺で好みの料理を自分の口に運ぶ。そしてまた新しい料理をクシャナさんに提供する。

 とにかく食べては食べさせ食べては食べさせの繰り返し。

 いや、やっぱり料理は故郷のもんに限るね。中華だけど。

 とまぁ、そんな感じで久しぶりのこの世界の料理を俺たちが堪能し始めてしばらく経った頃だった。


「そろそろお互いの自己紹介をしたいんだが、いいだろうか?」


 テーブルの対面に座ったでっかいマッチョがおずおずとそう切り出した。

 ここは代官山にあるちょっと高級っぽい中華料理屋の個室の中だ。

 ヒュドラを倒した直後に現れた3人組に、なんだかよく分からないけど話しがしたいって言われてここまで連れられてきた。

 正直なところあんまり関わりたくなかったんだけど、何故かこいつらは俺たちが竜燐を売り損ねたことを知ってて金のこととかも多少面倒みてくれるとか言い出した。

 まぁ、金はともかくこっちの行動を把握されちゃってる以上、一応話しだけでも聞いてみた方がいいっていうのがクシャナさんの判断だった。

 それでここに連れられてきて、せっかくだから思いっきり食べてやれって思ってたのに、マッチョは食べ終わるまで待ってくれないらしい。

 正直もう少し食べるのに専念してたかったんだけど、店の勘定はあっち持ちだし無下には出来ない。

 クシャナさんも居住まいを正して会話の態勢に入ったから、俺もしかたなくマッチョの言葉に耳を傾ける。


「僕は日本国陸軍特殊作戦群の獅子雄中佐と言う。簡単に言えばこの国の正規軍人で、こっちは部下の緒方大尉。リザードマンの方は見覚えがあるだろうが、外部エージェントのラーズだ」


 たしかに見覚えあるよ、このアロハのリザードマン。逃げたと思ったら今さら自分から戻ってきて何のつもりだ? 軍隊とか言ってるけど、仲間を集めてリターンマッチって雰囲気でもないけどさ。

 それにしても軍人か。喋ってるこの人は見たまんまだな。顔は頼りなさそうだけど、体はどう考えても堅気じゃない。もう見るからにムキムキマッチョ。日本人でも頑張って鍛えりゃここまでなるのな。

 つかさっき日本軍って言ったよな。俺が居ないあいだに自衛隊じゃなくなってたのね。まぁ、これだけ世の中がさま変わりしちゃってるんだから戦わない軍隊なんて言ってらんないだろうし、正式に日本軍を名乗って武力行使OKなスタンスじゃなきゃやってけないんだろ。

 だいたいリザードマンはともかく、緒方とか言う部下の方は俺とそう歳の違わないように見える。こんな若い奴まで入隊してんだから人手不足なのかもしれない。

 俺の経験上、軍人の平均年齢が若い国はそれに比例して切羽詰まってる。今の日本がそうじゃなきゃいいんだけど、どうだろ。街の雰囲気は悪くなかったけど、ヒュドラ出て来たしな。

 とまぁ、俺のそんな心配のことはつゆ知らず、獅子雄中佐は一方的に話しを続ける。


「ウチのラーズとは中目黒公園でひと悶着あったのは僕も知ってるが、どうかその時のことは水に流して欲しい。あの時のラーズは重要参考人を追跡中で、ただ彼女と話しをしたかっただけなんだ」

「重要参考人?」


 俺は思わず聞き返してた。

 あの時、ラーズか言うリザードマンに追いかけられてたのは魔法使いみたいなフードを被った女だった。俺たち、って言うか俺は行きがかりであいつが逃げるのに手を貸した。絵面的にあっちが被害者でラーズが加害者だと思い込んでたけどちょっと事情が込み合ってたのか?


「何と説明していいのか難しいところなんだが、僕たちは異世界人を探してて、調査の結果、彼女が異世界人かあるいは異世界人の関係者じゃないかと考えて接触を試みたんだ。けど相手に逃げられてしまって、追いかけてる途中に君たちと出会った」


 異世界人。つまり転移者か。あの女の顔は普通に日本人に見えたけどな。


「そこでまず確認させてほしい。君たちはいったい何者で、彼女とどういう関係なのか。もしかして君たちは異世界人なんじゃないか? 間違えてたら謝るが、決してふざけているわけじゃないから正直に答えてくれるとありがたい」


 さて、これってどう答えたもんだろうな。

 あの女のことは知ったことじゃないけど、こっちの素性には秘密もある。

 俺に関しちゃメイドインジャパンなんだから問題ないとしても、クシャナさんが、ね。

 素直に答えて、「じゃ解剖で」ってなったらクシャナさん得意の神速カウンタースプラッタ確定だろうし。

 まぁ、わざわざ食事を奢ってくれてまで話しをしようっていうんだから、そんなことにはならないとは思う。

 とは言えこの連中とは今日会ったばっかりだ。話しても大丈夫な相手だっていう証拠は無いし、わざわざ話すメリットもご飯奢ってくれるくらいしか無い。それじゃさすがに少ないだろ。

 人間性のことを言うなら獅子雄中佐は誠実そうに見える。それに軍人って言っても結局は「日本の」ってのが頭に付く以上、他の国や異世界の軍隊よりは、まぁ、信用してもいい気がする。

 ただそれでもまさしく異世界人なクシャナさん本人の考えってのもあるし、俺が勝手にどうこう言うことじゃない。

 だからクシャナさんがどういう判断をするか、俺はその顔色を窺う。

 そしたらそれを意思確認と受け取ったのか、クシャナさんはいつものように慎重な反応を獅子雄中佐に返した。


「質問に答える前に教えて欲しいのですが、なぜあなたたちは異世界人を探しているのですか?」


 うん。やっぱりクシャナさんは冷静だ。質問に質問で返すことで探りを入れてる。

 これにどう答えるかで獅子雄中佐の思惑がある程度透けて見えそうだ。

 実際、獅子雄中佐本人も回答の重要性を理解してるらしく目をつぶって何かを考えてる。

 たぶんこの人にも事情とか立場とかしがらみとかあるはずだ。どこまで話すかってのはこっちだけの問題じゃないんだろう。

 それからそう長くない沈黙の後、獅子雄中佐はゆっくりとまぶたを上げて意を決したように言った。


「そういう神託があった、と言えば分かってもらえるだろうか?」

「いや、ちっとも分かんねッス。なんか変なクスリでもやってんスか?」


 俺は思わず顔の前で片手拝みを左右に振った。

 さっきふざけてるわけじゃないって言ってたけど、じゃなきゃ完全にバカにしてるだろ、これ。


「む。……すまない。つい自分たちの常識を当たり合えのように考えてしまったみたいだ」


 獅子雄中佐はそう言ってばつの悪そうな顔をした。

 何か本気で反省してる。ふざけてるんでもバカにしてるんでもなかったら、それはそれですげーやな予感するんだけど……。


「そうだな。まずは君たちを仮に異世界人だと思って、この世界の人間国家と守護神族の関係から説明しよう」


 あ、もう的中したよ。やな予感が。のっけから神様とかオーマイゴッドだよ。


「この世界の国家は、基本的にさまざまな種族が協力し合いながら政治を執り行ってる他種族国家ばかりなんだ。人間、エルフ、ドワーフ、オーク、リザードマン、精霊、魔族、色々だ。国によって政治の形態も違うし、種族による序列があったりする場合もあるが、大抵の場合共通して言えるのは、どこの国の執行機関も守護神族の監督を受けているということだ」


 まぁ、この世界に色んな種族が溢れかえってんのはこの街の様子を見りゃすぐに分かる。


「それで守護神族というのは、すべての種族の上位に在る霊的貴種で、ほとんどの国家は彼らを敬い奉ることで神託を得て、それを政治やらに活かしてるというのが一般的な国家の体制だ」


 聞くかぎりふつーに神様じゃねーか。

 この世界が変わっちゃってることに気付いた時、首相が誰になってても関係ないなんて思ってたけど、もう世間様はそんなレベルじゃなかった。

 どーちーらーにーしーよーうーかーなー、てーんーのーかーみーさーまーのーいーうーとーおーり、で政治してやがった。


「それで、その神様ってのは東京に居るんですか? 首都でしょ、ここ?」


 もうあんまりな話しなんで俺はわざと話しの腰を折ってそう聞いた。

 だってさ、よく考えりゃ俺って今日この町で押し売りじみたことやろうとしてたし、バチとか当たっても怖いじゃん。

 まさかその辺を歩いてた神様に見られてたとか後出しフラグは無しよ?


「いや、神託が得られるのはここからずっと西にある出雲というところだ。そこの上空に高天原という浮遊大地があって、守護神族はそこに住んでる」


 何か聞いたことある。

 高天原にぃー神留まりますー、ってやつだ。昔のお経? 的なやつだったと思うけど、その通りになっちゃってんじゃん。

 俺が異世界に転移した後に神様が出てきたとして、お経に合わせて高天原って名前を使ったのか、それともお経があらかじめ高天原の出現を予言してたのか、これはちょっと気になるぞ。


「それとこの国の首都だが、昔起こった内乱に明確な決着がつかなかったせいで事実上二つある状態だ」


 おい。何かさらに怪しいこと言い出したぞ。首都が二つ有っちゃだめだろ。何でそんなことになってんだよ。 


「昔の日本は将軍を頂点とした幕府が唯一の中央政府だったが、維新志士と呼ばれた革命軍みたいなのがクーデターを起こしたんだ」


 まぁ、それは日本人ならみんな知ってる幕末の話しだよな。それくらい『小学校中退(3年次)』な輝かしい最終学歴の俺でもさすがに分かるよ。


「だけど結局、革命は達成されなかったし、かといって完全に鎮圧もされずに当時の武力闘争は引き分けに終わった」


 あれ? 違うだろ。幕府側のお侍さんと維新志士はめちゃめちゃ激しく戦って、最後には徳川の将軍さんが身を引いたから維新が成立したんじゃん?


「そういうわけで、その時に日本は、京都にある幕府が治める西日本と、革命軍が東京に新しく置いた新政府の統治する東日本に二分されたんだ。でもそのままじゃ諸外国に対抗できないから、高天原を盟主に連邦制として再集合したのが今の日本国連邦というわけだ。だから京都幕府も東京政府も連邦政府としての高天原から下される神託をもとに――」

「ちょいちょいちょいちょい!」


 そこまで聞いて、俺は獅子雄中佐のとんでもない与太話しにストップをかけた。

 もう無理。もう限界。これ以上謎が謎を呼ぶ前にいい加減確認しないとダメだ、これは。


「幕府って、徳川の幕府で合ってる?」

「ああ。その通りだ」

「維新志士ってのは西郷隆盛とか大久保利通とか?」

「何だ、詳しいじゃないか」

「つまり京都幕府は徳川幕府で、東京政府は明治政府ってこと?」

「まぁ、昔はそう言ってたし、今も両方とも直接の流れを汲んでるのは間違いないな」

「ありえねぇぇええ!」


 俺は叫んだ。

 だってこの世界は予想以上にどうかしちゃってたんだから。

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