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第三十三話 勘違い

 選定の儀が終わった宮城をあとにした弥助たちは、ひとまず九鬼正宗の屋敷に宿泊することとなった。

 事実上、鬼山家の当主はすでに弥助なのだが、まだ魁が逮捕されたばかりで受け入れ体制が整っていない。

 それ以上に母を塵同然に見捨てた鬼山家の使用人に、弥助は嫌悪感すら抱いていた。

 葉月を含め、弥助に好意的であった使用人はすでに鬼山家を退転している。

 もし自分が鬼山家に戻ることがあれば、最初の仕事は屋敷内の人と物を含めた大掃除になるだろう。

「ところで……弥助殿」

「そこでいきなり敬語にならないでくださいよ。正宗おじさん」

「まあ、今はいいがそう呼ばれることも慣れておけ。鬼山家当主の座はそれほどに重い。あの紛い物の代理人ですらあれほどの権力を持てたのだからな」

 魁は女郎兼光の主どころか、二流三流の剣士に過ぎなかったが、海軍の派閥では第二派閥を率いることができたのだ。

 この国における四鬼家というブランドはそれほどに重い。

「やれやれ、俺はまともに学校も出てない餓鬼だっていうのに」

「単独で竜を撃破する男をただの餓鬼とは言わん」

 弥助の存在はこのヒノモトだけに留まらず、必ずや世界各国を揺り動かす起爆剤になるはずであった。

 実際に対竜人類軍事同盟は水面下でこのときすでに動き出していたのだから。

 ――――だが、正直なところ正宗の心を占めていたのは実はかなりプライベートな部分なのであった。

「それで――だな。弥助殿。ヒノモトを離れる前――具体的には鬼山家を排斥される前だが、どの程度記憶しておるかな?」

「だから弥助でいいですって。十歳になる前あたりまで、伯父さんの家に遊びに来ていたくらいは覚えてますよ」

「おおっ! そうかそうか! ところでその、なんじゃ。弥助と仲良くしている女の子がおったじゃろう?」

「ああっ! いけません坊っちゃま!」

 正宗の言葉の意味を理解した葉月が、弥助の勘違いを止める暇もなかった。

「女の子? 男の子じゃなくてですか?」

「ああああああ! 遅かった!」

「男…………の子?」

 愕然と震える正宗、わかっていたはずなのに止められなかったことを悔やむ葉月、視線を彷徨わせながら記憶をたどる弥助。

 いきなりカオスな光景となったが、ぽんと手を打って弥助は頷いた。

「思い出しましたよ。いつも麦わら帽子をかぶって俺と木登りしたりちゃんばらしたり、アケビを食べ過ぎて腹壊したり、いやあ、懐かしいなあ」

「思い出したのはそれだけかっ!」

 絶望を絵に描いたらこんな表情になるだろうか。

「可愛い顔してたから、今頃イケメンになってるんじゃないかなあ。割と剣のセンスもあったから強くなってるかも」

「多聞はお前に芙蓉のことを何も言っていなかったのか?」

「親父が戦死したときの年齢を考えてよ。もともと艦隊勤務で家にいることも少なかったし。ああ、そういえば悪ふざけで芙蓉に傷をつけたら許さんとは言われてたかな」

(多聞……貴様肝心なことを何も弥助に伝えておらんではないか!)

 正宗はミッドウェーの海に散った盟友の男に、心の底から抗議してやりたい気持ちでいっぱいだった。

 とはいえ芙蓉と弥助を婚約させようという話は確かにあったが、酒の席であったし、まださせようという提案があっただけの段階であった。

 もしかすると多聞の方もそれほど真面目に受け取っていなかったのかもしれない。

 だがそうなると問題は…………。


「――――それをわしの口から言えというのか?」


 与えられた試練の困難さと恐ろしさに正宗は震えた。

 いやだいやだいやだいやだ! またお爺様なんて大嫌い! とか言われたら心が死ぬ。

 というより孫の闇堕ちなんて絶対に目にしたくない。

「弥助殿、頼みがあるのだが……聞いてくれんか?」

「はい?」

 まだだ、まだ終わっていない。

 婚約云々はともかく、幼い日の慕情のようなものを根底から覆すことだけは防がなくてはならなかった。

 しかしそう正宗が心に誓っていたのもむなしく――――


「弥助様ああああああああ!」

 なぜか屋敷で待っているはずの芙蓉の絶叫が轟いたのである。

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