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第三十一話 対竜人類軍事同盟

 対竜人類軍事同盟(ADMA)は現在五十六の国家で構成されている。

 常任理事国はヒノモト、サクソン、ヴァージニア、プロイセン、央華の五か国であり、その中心は対霊アンチアストラル対策の専門家たちであった。

 議長国は一応ヴァージニア共和国であるが、竜に対抗する戦力としてはヴァージニア共和国が五か国のなかで最も低い。

 第二次世界大戦において連合国側であったヴァージニア、サクソン、央華、枢軸国であったヒノモト、プロイセンのバランスを取るために人事であるといえよう。

「本日は久しぶりに朗報を届けられることをうれしく思う」

 ヴァージニア共和国出身の議長、マシュー・リッジウェイはロスアンゼルスに設置された同盟議場で声を発した。

 ヴァージニア共和国陸軍の将軍として将来を嘱望されていた彼ではあるが、戦争の集結とともに対竜部隊の総司令官に就任し昨年から対竜人類軍事同盟(ADMA)の議長に転出していた。

「ヒノモト帝国の委任統統治領ダンプ諸島において、幼竜の単独討伐が確認された。これは人類単体での初めての討伐となる」

「竜の遺骸はどこに?」

「現在はヒノモト帝国横須賀海軍研究所に移送されて解剖されていると聞くが……」

 マシューに視線を向けられたヒノモト帝国特使栗林忠道は、立ち上がると明確に答えた。

「どこからその情報を議長が得られたのかはひとまず置くとしまして……確かに竜はほぼ完全体で海軍研究所に収められています。水棲幼竜と思われますが、南洋竜バルブーエに近い眷属と思われます」

 栗林に情報漏洩を突かれそうになり、マシューはひきつったように苦笑した。

「勘弁してほしい。竜に関する情報は人類全ての生存に関わる重大な情報なのだから」

「もちろんそれはわかっておりますとも」

 基本的に竜の情報は対竜人類軍事同盟(ADMA)の間で公開共有されるのが原則である。

 とはいえ人類でもっとも最初に竜の遺骸を手に入れたプロイセン王国が、情報を全て公開しているかというと誰もが疑問符を覚える。

 やはり主権国家の集合体である以上、国家の命令が優先されてしまうのは致し方のないことであった。

「ドラゴンスレイヤーとなったのはなんの訓練も受けていない少年であるとか?」

 プロイセン王国特使のアドルフ・ガーランド――プロイセン王国空軍の撃墜王でもあった男は興味深そうに尋ねた。

「お恥ずかしいことに家の相続争いに巻きこまれまして……暗殺を避けるためダンプ諸島に隠れ住んだようです」

「確かに異能は血によって受け継がれるものではあるが――血脈だけが受け継がれる十分条件ではない。なんの訓練もない少年がたった一人で竜を討伐するのは解せないね」

「それについては我々も興味をよせているところではあります。ですが――我が国の対竜神具は自ら意思を持ち、主と認めた者に対し力と経験を与えることもできますので、至宝女郎兼光の力、と考えることもできなくはありません」

「自立した意思ある秘宝インテリジェントアーティファクトか……東洋の概念は実に神秘的だな」

 ヒノモトや央華には付喪神という、道具が年を経て精霊となる思想がある。

 しかし西洋の神具はどれほど凶悪な威力があろうとも、基本的には人間に使われる道具だ。

 そうした意味で、ガーランドやマシューもヒノモトの女郎兼光を本当に理解することは難しいのかもしれなかった。

「我が国の研究者をヒノモトに派遣したいのだが、許可をいただけるだろうか?」

 続いてサクソン王国の特使ジェームズ・エドガーが発言する。

 彼もまたトップエースとして王立空軍で名を馳せた男であった。

「機密につき施設への立入は許可できない。可能な限り資料については公開し提供することはお約束する」

「ついに単独で竜を倒す存在が人類側に現れたのだ。このタイミングを逃すべきではないと我が国は考えている」

 この三年、竜との戦いで人類は常に受け身に回ってきた。

 通常の兵器が役に立たないとわかった後も、民間人を逃がすために戦い続けた勇敢な軍人たちがいた。

 結果世界人口の四分の一が失われ、貴重な工業地帯や資源地帯もまた灰燼に帰した。

 竜が休眠期に入るとともに、かろうじて戦線を再構築したとはいえ、人類がその生存領域を守るだけで精一杯であるという状況に変わりはない。

「――ヒノモト帝国だけではない。我がサクソン王国でも、またプロイセン王国においても対竜戦闘の次世代戦力は育成してきた。しかし、いまだ単独では攻勢に出るにはリスクが多すぎる」

 サクソン王国が誇る人造英雄もまた、弥助のように竜を単独で撃破する可能性はあるはずだ。

 だからといって試すにはリスクがありすぎる。

 貴重な年月をかけてようやく育てた決戦兵力を、実験で失わせるような愚を犯すつもりはサクソン王国にはない。

「――――つまり?」

「一時的であってもいい。戦力と研究を集約することによって、今の流れを加速するべきではないのか? 人類が竜に対して反撃ののろしをあげるために」

 対竜人類軍事同盟(ADMA)は相互安保保障同盟ではあるが、交戦権や指揮系統は各国に委ねられている。

 これまで統一された連合軍が組織されたためしがないのはそのためだ。

「精鋭による人類領域奪還作戦――その一部運用のために、我が国は戦場と指揮権を一時ヒノモト帝国に委ねる用意があります」

「ヴァージニア共和国も賛同する」

 三年の間に戦力を回復させたとはいえ、竜によって通商や知識交換を自由に行えない現状は人類にとって巨大な負担となっている。

 国民による選挙で政府が運用されている今、なんらかの結果を出す必要を各国も求められているのである。

 各州の力が強いヴァージニア共和国などは特にそうであった。

「戦場指揮をヒノモト帝国に委ねるということはつまり目標は……?」

 アドルフ・ガーランドが愉快そうに笑った。

 なるほど人類が一致協力するには相応しい相手と言える。


「――――上位竜の一角、南洋竜バルブーエ」

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