【書籍一巻発売記念SS】かくれんぼ
「────かくれんぼ?」
屋敷のガゼボで紅茶を飲んでいた私は、コテリと首を傾げた。
すると、イージス卿が大きく首を縦に振る。
「はい。最近、何かと忙しかったので気晴らしにどうでしょう?」
キラキラした目でこちらを見つめ、イージス卿は少し身を乗り出した。
『いい息抜きになる』と思っている様子の彼を前に、私はそっと眉尻を下げる。
「えっと……気持ちは嬉しいのだけど、その……」
中身の年齢を考えると、子供向けの遊びは正直抵抗がある。
けど、こんな期待に満ち溢れた目をされたら……
「や、やりましょう」
……とても断れなかった。
『せっかく、気を利かせてくれたのだから』と考える私の前で、イージス卿は表情を明るくする。
「じゃあ、今から始めましょう!俺が隠れる役をするので、ベアトリスお嬢様は十数えたら探しに来てください!」
『隠れる範囲はこの庭に限定します!』と言い残し、イージス卿は直ぐさま走り出した。
あっという間に小さくなっていく背中を前に、私は慌てて目を閉じる。
「い、いーち。にー。さーん……」
言われた通り十数え、私はゆっくり目を開けた。
と同時に、席を立つ。
えっと、もう探しに行ってもいいのよね?
実はかくれんぼ未経験なので、私はオロオロと視線をさまよわせた。
『とりあえず、見える範囲にイージス卿の姿はないわね』と思いつつ、歩き出す。
そして、この庭を一周した。
────が、イージス卿の姿はどこにもない。
「な、何で?この庭に隠れられそうな場所なんて、ほとんどないのに」
『どこか見落としている?』と考え、私はまた庭を回るものの……やはり、収穫なし。
今度は草の間や木の上まで、見たというのに。
「どうして、見つからないのかしら?もしかして、隠れる範囲の認識に齟齬でも?」
『どこからどこまでを庭と呼ぶのか』と思案し、私は口元に手を当てた。
────と、ここで席を外していたルカが戻ってくる。
「おい、お前ら何やってんだ?」
私の前までやってきたルカは、心底不思議そうに首を傾げた。
『えっ?“お前ら”って……』と驚く私を前に、彼はガシガシと頭を搔く。
「そんなピッタリくっついていたら、歩きにくくねぇーか?」
「!」
ピクッと僅かに反応を示し、私は後ろを振り返る。
だって、もし前や横にくっついているならさすがに途中で気づく筈だから。
ここまで一切視界に入っていないとなると、もう死角になる真後ろしかない。
「────い、イージス卿……!居た!」
ようやく見つけたオレンジ髪の青年に、私は瞳を揺らす。
まさか、こんな近くに居るとは思わなかったため。
『道理で……庭を探し回っても、見つからない訳だ』と納得する中、イージス卿は小さく笑った。
「見つかってしまいましたか。お見事です、お嬢様」
『あと、三十分は粘るつもりだったんですが』と話すイージス卿に、私は何とも言えない表情を浮かべる。
ルカが来てくれなかったら、この奇妙な状態がしばらく続いていたのか……他の人に見られる前にイージス卿を見つけられて、良かったわ。
僅かに肩の力を抜き、私はルカの方を向いた。
と同時に、小声でこう言う。
「ありがとう、ルカ」
「?」
『何でお礼を言われているんだ?』とでも言うように、ルカは頭を捻る。
全く状況について行けていない彼を他所に、私は『当分、かくれんぼは控えよう』と思った。




