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【書籍一巻発売記念SS】後悔《マーフィー side》

 ────これはベアトリスお嬢様への仕打ちがバレて、地下牢へ放り込まれた時の出来事。

私は恐怖と不安でいっぱいになりながら、床に座り込んでいた。

腰が抜けて、立てなくなったため。


 ど、どうしよう……?このままじゃ、確実に酷い目に遭うわ。

どうにかして、公爵様に誤解だったと伝えなきゃ。

でも、どうやって……?


 公爵様の態度を思い返し、私は震える指先を握り込む。

と同時に、恐る恐る顔を上げた。


「あ、あの……」


 周囲を取り囲む騎士達に話し掛け、私は必死に笑顔を作る。

こちらに悪意はないんだ、と示すために。


「公爵様にベアトリスお嬢様の虚言癖(・・・)をお伝えいただけませんか?」


 自分でもかなり危険な橋を渡っている自覚は、あった。

でも、これくらいしか打つ手がないのだ。


 幸い、ベアトリスお嬢様に暴言・暴力を振るった場面は見られていない……それなら、まだ何とか誤魔化せる筈。


 一縷の望みに懸けて行動を起こし、私は真っ直ぐに前を見据えた。


「多分、ベアトリスお嬢様は公爵様の気を引きたかったんだと思います。だから、あんな嘘を……まあ、幼い子供にはありがちな事なので大目に見てあげてください。私も今回の件は水に流しますので」


「そうですか」


 歳の割にこの場で一番偉いのか、オレンジ髪の少年が返事をする。

と同時に、鞘から剣を引き抜いた。


「えっ……?」


 光に反射して煌めく剣身を前に、私は思わず頬を引き攣らせる。

一体何が起こっているのか分からず目を白黒させていると、彼は剣先をこちらに向けた。


「公爵様から、『下手な言い逃れをしようものなら、徹底的に痛めつけろ』と言付(ことづ)かっています。なので────目いっぱい苦しめますね」


 そう言うが早いか、オレンジ髪の少年は私の髪を更に短くカットした。

また、手の甲を踏みつけたり頬を平手打ちしたりする。

何度も、何度も……私が音を上げるまで。


 何なの、この子……怖い。

自分より強いからというのもあるけど、それ以上に────感情が読めなくて。

本当に淡々と……何の感情も抱かず、暴力を振るってくるものだから。


 腫れ上がった頬を手で押さえつつ、私は底知れない恐怖に襲われる。

今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られる中────何者かの足音を耳にした。

間もなくして、銀髪の美丈夫が姿を現す。


「なかなか、いい面構えになったな」


 冷めた目でこちらを見下ろし、公爵様は『今の姿こそ、お前に相応しい』と主張した。

かと思えば、少しばかり身を屈める。


「だが、まだ足りないな。ベアトリスの苦痛に比べて、軽すぎる。これでは、釣り合いが取れない」


「では、もっと重傷を負わせますか?それとも、長期的に痛めつけます?」


 何食わぬ顔で物騒なことを言うオレンジ髪の少年に、公爵様は『そうだな……』と少し悩む。


「長期的に痛めつけることにするか。せめて、ベアトリスの苦しんだ年月くらいは耐えてもらわないと」


「そ、そんな……」


 年単位で掛かるだろう処罰に、私は目の前が真っ暗になる。

こんな痛みを毎日受けるのかと思うと、絶望感でいっぱいになって。


 い、嫌よ……そんなの耐えられない!


 考えるだけで恐ろしい日々を前に、私は公爵様へ縋りついた。


「ま、待ってください!ベアトリスお嬢様の件は心より謝罪しますから……!慰謝料だって、お支払いします!ですから、どうかお許しを!」


 床に頭を擦り付けて謝罪する私に、公爵様は────


「ベアトリスにあれだけの苦痛を味わわせておきながら慰謝料だけで手打ちにしろ、だと?ふざけるのも大概にしろ」


 ────これでもかというほど、怒りを露わにした。

『舐めているのか』と低い声で唸り、彼はこちらを睨みつける。


「貴様は一生ここで苦しみ続けるんだ。楽になることなど、許さない」


 真っ青な瞳に憤怒の炎を宿し、公爵様は『覚悟しろ』と宣言した。

明確な敵意と害意を露わにする彼の前で、私はただただ震えることしか出来ない。

声も出せないほどの恐怖に耐えながら、頭を抱え込む。


 嗚呼……嗚呼、私はなんてことをしてしまったんだ。


 ここに来てようやく事の重大さを悟り、私はベアトリスお嬢様に手を出したことを激しく後悔した。

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