愛《ジェラルド side》
「あまり騒ぐな。ルーナに聞かれたら、どうする」
『心配するだろう』と言い、父は地面に蹲る僕を冷たく見下ろした。
相変わらず素っ気ない態度に、僕はポロポロと涙を零す。
果たしてこの人に愛される日は来るのだろうか、と思案しながら。
一生このままだったら、どうしよう……?
頑張っている意味って、あるのかな……?
第一、父さんは本当に僕のことを息子として見ようとしているんだろうか?
単なる嫌がらせや腹いせでやっていると考えた方が、腑に落ちるんだけど……。
全身に広がる狂おしいほどの熱と痛みに耐えながら、僕は何とか声を押し殺す。
『母さんに迷惑を掛けたら、ダメだ』と自制する中、ようやく赤黒い液体の効果は薄れていき……肩の力を抜いた。
額に浮かぶ玉のような汗を手で拭い、僕はゆっくりと顔を上げる。
すると、ゾッとするほど無表情の父が目に入った。
僕が苦しんでいる間、ずっと黙ってこちらを見つめていたようで静かに『終わったか?』と問い掛けてくる。
「……も、もう大丈夫だけど」
「『だけど』、なんだ?」
無機質な声で聞き返してくる父に、僕は言い淀み……結局、
「何でもない」
と、答えた。
そして、また先程のように仮契約を試みて失敗して注射を打って……の繰り返し。
────こんな日々が数年続いたある日。
僕はようやく、自我のない精霊へ魔力を流すことに成功。
仮契約の状態へ持ち込めた。
や、やった……!これなら、父さんも僕のことを認めるしかない!
きっと、『自慢の息子だ』って褒めてくれる筈!
まあ、通常より多く魔力を与えちゃったのは叱られるかもしれないけど……でも、もう『出来損ない』とは言わないだろう!
数年に渡る努力が実を結び、僕は嬉々として父の方を振り返る。
と同時に、固まった。
何故なら、父が化け物でも見るかのような目でこちらを見つめていたから。
「何なんだ、お前は……どうして、いつもこう……僕から遠ざかっていくんだ」
「えっ……?」
訳が分からず目を白黒させ、僕は呆然と立ち尽くす。
どういうことか問い質したいのに、喉に何かが張り付いて……上手く声を出せなかった。
何とも言えない不安感を覚え、冷や汗を掻く中────父は自身の目元に手を当てる。
「実験を重ねる度……エルフに近づける度、禍々しいものに変化していく。なんて、おぞましい生き物なんだ……」
醜いものを目の当たりにしたかのように顔を歪め、父は不快感を前面に出した。
かと思えば、
「ダメだ、こんなの────愛せない」
と、宣う。
その瞬間、僕の中にあった何かが音を立てて崩れ去った。
「……何それ」
自分でもビックリするほど無機質な声が口端から漏れ、僕は顔から表情を打ち消す。
と同時に、少し俯いた。
「僕をこんな風にしたのは、お前だろ……なのに、今更何を言っているんだ?禍々しい?おぞましい?愛せない?はっ?何でそうなるんだよ……お前が『息子を愛せるように』って、改造してきたんだぞ?その結果を拒絶するなんて、おかしいだろ……!」
ギシッと奥歯を噛み締めて前を見据え、僕は本気で殺意を抱いた。
すると────僕の想いに呼応するかのように、背後で待機していた精霊が……いや、怪物が父へ牙を剥く。
『父さんの言っていたことはこれか』と妙に納得する中、彼は咄嗟に風の刃を放った。
そのおかげで、何とか怪物の攻撃を防ぐ。
「落ち着け、□□□。こっちへ来い」
「うるさい。僕に指図するな」
『もうお前の言うことなんて聞かない』と跳ね除けると、父は少しばかり焦った表情を浮かべる。
「お前のことを思って、言っているんだ。もし、仮契約が切れたらソレはお前にも牙を剥くかもしれない。だから……」
「心配するフリなんて、なくていい!そんなの鬱陶しいだけだ……!」
「!!」
驚いたように目を見開き、父はただただこちらを凝視した。
まさか、ここまで拒絶されるとは思ってもみなかったのだろう。
『お、おい……』と控えめに声を掛けてくる彼の前で、僕は他の精霊達へ手を伸ばす。
「もうお前も……理想ばかり追い求めるあの女も────要らない」
『こんな奴ら居ない方がいい』とすら思い、僕はゆるりと口角を上げる。
自分の人生から二人を切り離した途端────物凄く心が軽くなったから。
もう“愛”なんてくだらないものに拘らなくていいのかと思うと、なんだか楽になった。
何とも言えない解放感とスッキリした爽快感に頬を緩めつつ、僕は他の精霊達も怪物に変える。
「不要物は処分しないとね」
独り言のようにそう呟き、僕は父へ襲い掛かった。
途中、あの女が現れたものの……何とか父を追い込む。
手当り次第精霊を怪物に変えたおかげか、僅か十五分ほどで決着がついた。
息も絶え絶えといった様子で地面に這い蹲る彼を前に、僕はニコニコと笑う。
「どう?見下ろされる側になった気分は」
『惨めだよね』と嫌味を零し、僕は父の手を思い切り踏みつけた。
が、相手は呻き声一つ上げない。
ただただ淡々と現状を受け入れ、そっと目を閉じた。
どうせ、あの女のことでも考えているのだろう。
『安心しなよ、直ぐにあの女も殺すから』と思案する中、父は不意に目を開けた。
かと思えば、最後の力を振り絞ってこちらを見つめる。
「……□□□」
未だ嘗てないほど弱々しい声で……でも、優しく僕の名前を呼び、父はそっと眉尻を下げた。
「────愛せ、なくて……悪かった」
黄金の瞳に反省と後悔を滲ませ、父は心の底から謝罪する。
そして、まだ何か言おうとするものの……体の方が限界みたいで、フッと意識を手放した。
だんだん呼吸が弱くなっていく父を前に、僕は顔を顰める。
「……謝れば、あの女の命は助かるとでも思ったか?残念だったな────僕はそれほど甘くない」
『情に絆される段階はとうに過ぎた』と語り、ついに呼吸の止まった父を一瞥する。
鼻につく腐敗臭に辟易しつつ、僕はあの女の元へ向かった。
愚かにも家で待機していた彼女を屠り、僕は特に意味もなく辺りを彷徨う。
復讐を果たした今、もうやるべきことなど残ってなかったから。
僕の人生って……一体、何だったんだろう?
何のために生まれてきたのかな?
そんな漠然とした疑問を胸に抱く中────怪物はピタリと身動きを止めた。
かと思えば、こちらへ手を伸ばす。
あぁ、仮契約が切れたのか。
だから、僕にも危害を加えようと……。
父の言っていたことを思い出しながら、僕は静かに怪物の動きを観察していた。
避けるとか、防ぐとかそんなことは一切考えずに。
だって、このまま生きていてもどうしようもないから。
必死に“生”へしがみついたところで、待っているのは孤独と貧困。
生まれてこの方、森の外に出たことのない僕が一人で生きていけるとは思えない。
だから────ここで人生の幕を下ろすのも、悪くないだろう。
「あぁ、でも……死ぬ前に一度、本当の父親と会ってみたかったな」




