出産と育児《ルーナ side》
「ルーナ────この金髪はなんだ?」
そう言って、アッシュは赤子の頭にうっすら生えた髪を見せる。
どう見ても私やアッシュの髪色じゃないソレに、私は大きく瞳を揺らした。
「嘘……何で……私は確かにアッシュとしか……」
「そんなことは分かっている……でも、これは明らかに────あの皇帝の髪色じゃないか!」
核心の一言を放ち、アッシュはクシャリと顔を歪める。
『一体、何がどうなっているんだ……!』と混乱する彼を前に、私は頭の中が真っ白になった。
まさか、あの嫌な予感が的中するなんて思わなくて。
ど、どうしよう……?この子だけでも、エルピス皇帝陛下のところへ返す……?
いや、こちらからアクションを起こすのはあまりにも危険だわ。
やっぱり、自分達の手で育てるしか……でも、そうなるとアッシュが……。
エルフの特徴など毛ほどもない赤子を前に、私は狼狽える。
『一緒に育ててもらうのは、さすがに無理よね……』と思案する中、アッシュは大きく息を吐いた。
かと思えば、ぎこちない動きで赤子を抱き締める。
「……正直まだ整理出来ていない部分もあるが、生まれてきた子に罪はない。僕とルーナの子供として、育てよう」
『一緒に過ごせば、情が湧くかもしれないし』と言い、アッシュは無理やり笑顔を作った。
大丈夫だと態度で示す彼を前に、私は大粒の涙を流す。
「アッシュ……」
『ありがとう』と言いたいのに言葉にならず、私はひたすら嗚咽を漏らした。
でも、気持ちは伝わったようで……アッシュは優しく私の肩を抱き寄せる。
「これからは家族三人で生きていこう」
────という言葉の通り、アッシュは金髪赤眼の男児を受け入れてくれた。表面上は。
やはり心のどこかで引っ掛かりや抵抗があるらしく、彼は□□□に対してどこかよそよそしかった。
淡白とも言うべきか……さすがに無視するようなことはなかったものの、必要最低限の接触に留めている印象を持つ。
特に最近は目鼻立ちがハッキリしてきて、その……エルピス皇帝陛下を彷彿とさせるのよね。
一応、私の特徴……赤い瞳なんかは持っているのだけど、父親の遺伝子の方が強いように見える。
『せめて、私似だったら……』と眉尻を下げ、嘆息した。
ぐっすり眠っている□□□を一瞥し、私は洋間へ戻る。
────と、ここで
「ダメだ……やっぱり、愛せない」
と、嘆くアッシュの声を耳にした。
ハッとして固まる私を他所に、彼は頭を抱え込む。
「何で僕の血を引いてないんだ……」
心からの叫びを口にし、アッシュは小さく肩を震わせた。
恐らく、泣いているのだろう。
私の……私のせいだわ。どうして、アッシュとの子供として□□□を産めなかったの。
そしたら、家族三人で仲良く過ごせたのに……。
幸せがガラガラ崩れていく音を聞きながら、私は洋間の前で泣き崩れた。
愛する人と我が子を不幸にしている罪悪感に駆られ、心底自分を憎む。
そして、静かに寝室へ戻り、泣き明かした。
そのせいで、次の日は目がパンパンに。
『泣いていることバレバレね』と思いつつ、私は木の実を採るため一度外出した。
このくらい、あれば充分よね。まだお肉や卵も余っているし。
『朝食はちょっと豪華にしよう』と考えながら、私は家の扉を開けた。
と同時に、絶句。
だって、そこには大泣きしている□□□とソレを見下ろすアッシュの姿があったから。
「えっ……!?ちょっ……どういうこと!?何があったの!?」
慌てて□□□に駆け寄り、抱き締める私はアッシュへ説明を求める。
『この子が何か悪さでもして、説教をしたのか』と困惑する中、アッシュは前髪を掻き上げた。
「ちょっとした実験をしていただけだ。大したことはない」
淡々とした口調でそう言い、アッシュは強く手を握り締める。
黄金の瞳に葛藤を滲ませながら。
「────こいつを名実ともに僕の子にすれば、愛せると思ったんだ」
「!?」
どこか狂気を帯びた……でも、アッシュなりに考えて出したであろう結論に、私はただただ唖然とする。
でも、反対はしなかった……いや、出来なかった。
アッシュの苦しみをよく知っているから。
ここ数年あまり笑わなくなった彼のことを思い、私は唇を噛み締める。
と同時に、ゴクリと喉を鳴らした。
□□□がアッシュの子供になれば……本当の意味で、私達は家族になれる。
以前のような幸せな日々を……アッシュの笑顔を取り戻せる。
腕の中に居る我が子をじっと見つめ、私は
「□□□、お願い……耐えて。アッシュの想いを受け入れてあげてほしい」
と、懇願した。
『これも家族の未来のためだから』と言い聞かせる私に、□□□はカタカタと小さく震える。
真っ赤な瞳に恐怖と不安を滲ませ、強く唇を引き結んだ。
「ぼ、僕は……」
「家族三人仲良く暮らしていくには、もうこれしかないの……愛情の裏返しだと思って、我慢して」
□□□の両肩を掴み、私は『お父さんに認められたいでしょう?』と尋ねた。
すると、□□□は小さく頷き……震える指先を握り込む。
「分かっ、た……頑張る」
────と、約束した翌日から□□□はアッシュに連れられてよく外へ出るようになった。
恐らく、実験を受けているのだろう。
一体、どんなことをされているのかしら……アッシュは何も言ってくれないから、よく分からないのよね。
ただ、□□□はいつも泣き腫らした顔で帰宅しているから、苦痛を伴う内容であることは間違いない……。
「今からでも、やめさせるべきかな……?」
自宅の洋間で洗濯物を畳む私は、今になって覚悟が鈍る。
────と、ここで凄まじい破壊音を耳にした。
「な、何……!?」
ビックリして立ち上がり、私は反射的に家を出た。
まだ実験の最中であろうアッシュと□□□の身を案じて。
恐らくアッシュが居れば問題ないだろうが、どうにも胸騒ぎを覚える。
『とりあえず、二人の無事を確認しよう!』と思い立ち、私は駆け出した。
正確な場所は分からないけど、確かいつもこの方向に歩いて行っていた筈……あっ、居たわ!
見覚えのあるシルエットを二つ発見し、私はホッと胸を撫で下ろす。
が、□□□の周囲に居る怪物を見て戦慄した。
『アレは何なの……!?』と戸惑う中、アッシュはふとこちらを見る。
と同時に、大きく目を見開いた。
「ルーナ、こっちに来てはダメだ!早く逃げろ!」
「えっ……?」
訳が分からず困惑する私に、アッシュはクシャリと顔を歪めた。
その表情は苛立っているというより、罪悪感で押し潰されそうになっているように見える。
『何でこんなに苦しそうなの……?』と狼狽えていると、ドロドロの怪物がこちらへ手を伸ばした。
と同時に、アッシュは風魔法で怪物の腕を切り裂く。
「いいから、とにかく逃げるんだ!走れ!」




