帰る時間
「……ユリウス、大丈夫かしら?」
かれこれ十五分ほど話し込んでいる緑髪の青年を見つめ、私は少し心配になる。
だって、相手は平気で人を殺せる男なんだから。
『さすがにここで暴れることはないと思うけど……』と考える中、ルカがふと眉を上げた。
「おっ?来たな」
そう言って、ルカは右側の道路────帝都に繋がる大通りを見る。
────と、ここで金色に彩られた馬車が現れた。
かと思えば、公爵家の正門前で急停止する。
「えっ?あれって、もしかして皇室の……?」
「ああ、お迎えが来たみたいだな」
『送ってやる手間が省けたな』と肩を竦め、ルカはニヤリと笑った。
「さあ、ガキはもう帰る時間だぞ」
ヒラヒラと手を振って見送るルカは、非常に悪い顔をしていた。
『これじゃあ、まるで悪党みたいね』と苦笑する中、例の馬車から人が降りてくる。
太陽に反射して光る金髪を靡かせながら、彼はジェラルドに駆け寄った。
そこで何やらユリウスと話し込み、ジェラルドを小脇に抱えると────こちらにウィンクする。
「相変わらず、キザなやつだなぁ」
『うげぇ……』と顔を顰め、ルカはしっしっ!と猫を追い払うような動作をした。
すると、男性は笑いながら肩を竦め、馬車に乗り込んでいく。
あ、あれ……?もしかして、ルカのこと見えていた?
じゃあ、あの人が────逆行やジェラルドの対応に手を貸してくれた、協力者?
鈍いながらも自分で結論を出し、私はルカに目を向けた。
真実を確かめたくてウズウズしている私に、彼は小さく笑う。
「多分、お前の想像通り」
察しのいいルカは『鈍ちんなりに頑張ったじゃん』と言い、腰に手を当てた。
「ま、詳しいことは本人から聞けよ。そう遠くない未来に、会える筈だから」
『あっちも直接話したいだろうし』と述べ、ルカは猛スピードで帰っていく馬車を見送る。
「もう一人の方はもうちょい、時間掛かるだろうけど」
二人目の協力者についても軽く言及し、ルカはスッと目を細めた。
かと思えば、クルリと身を翻す。
「とりあえず一件落着ってことで、ゆっくり過ごそうぜ〜」
頭の後ろで腕を組み、ルカはソファの方へ戻っていく。
『とんだ、茶番だったぜ』と述べる彼に、私は苦笑を漏らした。
────と、ここでジェラルドの対応に追われていたユリウスが部屋を訪れる。
水晶のような丸い玉を持って。
「あの、実はこれから公爵様に第二皇子の件を報告しないといけないのですが……お嬢様の方から、言っていただけませんか?そうすれば、公爵様もあまり怒らない……筈」
丸い玉をギュッと抱き締め、ユリウスはどこか遠い目をする。
『いや、やっぱり怒るよなぁ……』とボヤきながら。
「それは構わないけど……どうやって、報告するの?手紙?」
『それなら、レターセットを用意しないと』と考える私に、ユリウスは小さく首を横に振った。
「いえ、今回はこちらの魔道具を使います」
────魔道具。
魔力をエネルギーにして動く物の総称で、種類は様々。
恐らく、今回使用するのは遠く離れた場所でも声や情景を共有出来る魔道具と思われる。
昔……と言っても逆行前だけど、そういった魔道具があるらしいという噂を小耳に挟んだから。
「通信用魔道具はかなりの魔力を消費するため基本緊急事態の時しか使わないのですが、今回は皇室絡みなので」
『出来るだけ早く伝えた方がいい』と主張し、ユリウスはテーブルの上に魔道具を置いた。
かと思えば、そっと片手を翳す。
「私の魔力では、会話出来てもせいぜい二十〜三十分程度なので簡潔にお願いします」
「わ、分かったわ。頑張る」
なんだか急に責任が重くなり、私は軽い気持ちで引き受けたことを後悔した。
が、ジェラルドを追い返すために尽力してくれたユリウスからの頼みなので叶えたい。
『簡潔に……簡潔に……』と自分に言い聞かせながら、私はじっと魔道具を見つめた。
────と、ここで魔道具が仄かな輝きを放つ。
「そろそろ、あちらに繋がります」
その言葉を合図に、水晶の色は変わり────父の姿を映し出した。
騎士服を身に纏う父は、ちょっと返り血を浴びていて……いつもと雰囲気が違う。
でも、私の存在に気がつくなり慌ててローブを羽織った。
『ユリウス……ベアトリスも一緒に居るなら、早く言え』
いつもより低い声で文句を言い、父は頬についた返り血を拭いた。
『ベアトリスがショックを受けて倒れたら、どうする』
「そう思うなら、返り血くらいこまめに拭いてくださいよ。それより、報告があります」
通信時間が限られているからか、ユリウスは直ぐさま話題を変えた。
こちらを見て『どうぞ』と促してくる彼に、私はコクリと頷く。
えっと……簡潔に、よね。
グッと手を握り締め、私は水晶に映った父を真っ直ぐに見つめた。
「あの、お父様……」
『なんだ?』
「実は先ほど第二皇子のジェラルド殿下が、いらして……」
『……なんだと?』
不機嫌そうに眉を顰め、父はトントンと腕を指で叩いた。
『皇帝のやつ、まさか私の娘を狙って……』と怒る彼に、私は慌てて弁解する。
「えっと、お忍びで城下町に行こうとしたら間違って公爵領行きの馬車に乗っちゃったみたいです。それで帰りの馬車を待つ間、ウチに置いてほしい、と……」
『ふざけるな。追い返せ』
「あっ、はい。もう追い返しました。というか、皇室から人が来て第二皇子を回収して行きました」
もうここには居ないことを告げると、父は見るからに安堵した。
『そうか』と頷く彼の前で、ユリウスは口を開く。
「後日、改めて謝罪に伺うとのことです」
『……チッ』
不機嫌そうに眉を顰め、父は前髪を掻き上げた。
と同時に、ユリウスをじっと見つめる。
『ところで────対応はお前一人でやったんだよな?娘を皇子に接触させたり……』
「してないです!そこは絶対!断固として!」
『ですよね!?』と同意を求めてくるユリウスに、私はコクコクと頷いた。
「ユリウスが矢面に立って、対処してくれました。私はただ、部屋から様子を見守っていただけで……」
『そうか。なら、いいんだ』
酷く穏やかな目でこちらを見つめ、父はほんの少しだけ表情を和らげる。
『今後も嫌なことや面倒なことは、ユリウスに丸投げしなさい』
「ちょっ……公爵様!?」
ギョッとしたように目を剥くユリウスに、父は睨みを利かせた。
かと思えば、おずおずといった様子でこちらを向く。
『それと────第二皇子のことを見て、どう思った?』
「ど、どうとは……?」
『いや、その……なんだ。ベアトリスも、もうすぐデビュタントを迎える歳だから、異性に興味を持ったりするんじゃないかと……』
やけに言葉を濁して言い淀む父に、私はコテリと首を傾げる。
父の言わんとしていることが、理解出来なくて。
『つまり、どういうこと?』と思い悩んでいると、ユリウスが少しだけ顔を近づけてきた。
「公爵様は第二皇子に惚れていないか、不安なんですよ。可愛い娘を他の男に取られるなんて、堪ったものじゃありませんからね」
『一種の独占欲です』と冗談交じりに言い、ユリウスは小さく笑った。
な、なるほど……そういうことか。
確かにこれは質問しづらいかも……私も私で答えづらいし。
過去に一度ジェラルドに惚れている分、余計に。




