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能ある鷹は爪を隠す《ジェラルド side》

◇◆◇◆


 ────時は少し遡り、バレンシュタイン公爵家を訪れる前。

僕はとある人物に呼び出され、中庭のガゼボで顔を突き合わせていた。それも、連日連夜……。

おかげで、予定は狂いまくりだ。


 せっかく公爵が遠征に行く話を聞きつけ、バレンシュタイン公爵家へ行こうと思っていたのに……これでは、身動きが取れない。


 『チッ……!』と内心舌打ちしながら、僕は侍女の淹れた紅茶を見下ろす。

────と、ここで向かい側の席に腰掛けていた青年が顔を上げた。


「おや?飲まないのかい?その茶葉は異国より取り寄せた一級品なのに」


 長い指でティーカップの縁をなぞり、青年はアメジストの瞳をスッと細める。

ちょっとした動作にも気品を漂わせ、彼は中性的な……いや、女性的な顔立ちに笑みを貼り付けた。


「君のために用意したものなんだ。一口だけでも、飲んでくれると嬉しいんだけど」


 白い肌によく映える金髪を靡かせ、青年はコテリと首を傾げる。

これでもかというほど『人たらし』の本領を発揮する彼に、僕は思わず眉を顰めた。

が、直ぐに取り繕う。


 まだこちらの本心を悟られては、いけない。

なんせ、僕は────母親の居ない皇子なのだから。

社交界でやっていくには、心許ない。

だから、とても強力な……それこそ、バレンシュタイン公爵家のような後ろ盾が欲しい。


 『そのためにベアトリス嬢を抱き込みたいんだが……』と思案しつつ、僕はティーカップを持った。


「ふふっ。僕としたことが、香りを楽しみ過ぎたみたいです。このままでは、冷めてしまいますよね」


 『うっかり、うっかり』とおどけるように言い、僕はようやく紅茶に口をつける。

零れ出そうになる溜め息を押し殺し、何とか飲み込むと、無邪気に笑った。


「わぁ〜!とっても、美味しいです」


「それは良かったよ」


 『後で茶葉ごとプレゼントするね』と述べ、彼は満足そうに目を細めた。

同じ男とは思えないほど色気を放つ彼の前で、僕は元気よくお礼を言う。

皇位を狙っている、と気づかれないように。


 全く……いつまで、こんな茶番を繰り広げないといけないんだ。


 まるでおままごとのような応酬に、僕は内心辟易していた。

『早く終わってくれ』と切実に願う中────侍女が中庭の迷路を潜り抜け、こちらへ駆け寄ってくる。

そして、青年に何やら耳打ちした。


「……分かった。直ぐに向かう」


 珍しく神妙な面持ちで侍女を見つめ、青年は立ち上がる。

と同時に、こちらを向いた。


「悪いけど、ここで少し待っていてくれ。出来るだけ、早く戻ってくるから」


 そう言うが早いか、青年は侍女を連れてどこかに行ってしまう。

あっという間に見えなくなった背中を前に、僕も席を立った。

ティーカップを手に持ったまま花壇に近づき、中身を掛ける。


「さてと────動くとしたら、今しかないな」


 空になったティーカップをテーブルの上に戻し、僕は周囲を見回した。

誰も居ないことをしっかり確認してから、ガゼボを離れる。

が、直ぐに誰か追い掛けてきた。

恐らく、あの男の手下だろう。

『ノーマークにするつもりはないってことか』と分析しつつ、僕は魔法を使う。


 僕はまだか弱い第二皇子のままで居ないといけないから、直接攻撃するのはダメだ。

とにかく姿をくらませて、あちらが見失ったことにするしかない。

非常に面倒臭い手だが、魔法を使えることはまだ内緒にしておきたいからしょうがない。


 『能ある鷹は爪を隠すものだ』と自制しながら、僕は日の光を反射させた。

と同時に、遠くの茂みをわざと風で揺らす。

これで相手の気を逸らせた筈。

僕は『ジェラルド殿下!』と叫ぶ騎士を一瞥し、中庭から飛び出した。

戻ってきた時の言い訳を考えながら、城壁に到着する。


 確か、この辺りに……あった。


 胸辺りまである草を掻き分け、僕は抜け穴に頭を突っ込んだ。

しっかりと周囲の状況を確認し、急いで外に出る。

あとは公爵家へ行くための足を確保出来たら、上々なのだが……。


「まあ、そう都合よく馬車が通り掛かる訳ないか。仕方ない────魔法で飛んでいこう」


 人目につかないルートを脳内で思い浮かべつつ、僕はふわりと宙に浮いた。

と言っても、数センチ程度だが。

『ここだと、まだ目立つからな』と思案する中、僕はバレンシュタイン公爵家のある方向を見つめる。


 ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン……僕の踏み台であり、命綱。

待っていてくれ、必ず君を手に入れるから。


 過保護なほど公爵に守られた小鳥を思い浮かべ、僕は目的地へ向かい────公爵家の門を叩いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] この時点でだいぶ屑だな
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