能ある鷹は爪を隠す《ジェラルド side》
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────時は少し遡り、バレンシュタイン公爵家を訪れる前。
僕はとある人物に呼び出され、中庭のガゼボで顔を突き合わせていた。それも、連日連夜……。
おかげで、予定は狂いまくりだ。
せっかく公爵が遠征に行く話を聞きつけ、バレンシュタイン公爵家へ行こうと思っていたのに……これでは、身動きが取れない。
『チッ……!』と内心舌打ちしながら、僕は侍女の淹れた紅茶を見下ろす。
────と、ここで向かい側の席に腰掛けていた青年が顔を上げた。
「おや?飲まないのかい?その茶葉は異国より取り寄せた一級品なのに」
長い指でティーカップの縁をなぞり、青年はアメジストの瞳をスッと細める。
ちょっとした動作にも気品を漂わせ、彼は中性的な……いや、女性的な顔立ちに笑みを貼り付けた。
「君のために用意したものなんだ。一口だけでも、飲んでくれると嬉しいんだけど」
白い肌によく映える金髪を靡かせ、青年はコテリと首を傾げる。
これでもかというほど『人たらし』の本領を発揮する彼に、僕は思わず眉を顰めた。
が、直ぐに取り繕う。
まだこちらの本心を悟られては、いけない。
なんせ、僕は────母親の居ない皇子なのだから。
社交界でやっていくには、心許ない。
だから、とても強力な……それこそ、バレンシュタイン公爵家のような後ろ盾が欲しい。
『そのためにベアトリス嬢を抱き込みたいんだが……』と思案しつつ、僕はティーカップを持った。
「ふふっ。僕としたことが、香りを楽しみ過ぎたみたいです。このままでは、冷めてしまいますよね」
『うっかり、うっかり』とおどけるように言い、僕はようやく紅茶に口をつける。
零れ出そうになる溜め息を押し殺し、何とか飲み込むと、無邪気に笑った。
「わぁ〜!とっても、美味しいです」
「それは良かったよ」
『後で茶葉ごとプレゼントするね』と述べ、彼は満足そうに目を細めた。
同じ男とは思えないほど色気を放つ彼の前で、僕は元気よくお礼を言う。
皇位を狙っている、と気づかれないように。
全く……いつまで、こんな茶番を繰り広げないといけないんだ。
まるでおままごとのような応酬に、僕は内心辟易していた。
『早く終わってくれ』と切実に願う中────侍女が中庭の迷路を潜り抜け、こちらへ駆け寄ってくる。
そして、青年に何やら耳打ちした。
「……分かった。直ぐに向かう」
珍しく神妙な面持ちで侍女を見つめ、青年は立ち上がる。
と同時に、こちらを向いた。
「悪いけど、ここで少し待っていてくれ。出来るだけ、早く戻ってくるから」
そう言うが早いか、青年は侍女を連れてどこかに行ってしまう。
あっという間に見えなくなった背中を前に、僕も席を立った。
ティーカップを手に持ったまま花壇に近づき、中身を掛ける。
「さてと────動くとしたら、今しかないな」
空になったティーカップをテーブルの上に戻し、僕は周囲を見回した。
誰も居ないことをしっかり確認してから、ガゼボを離れる。
が、直ぐに誰か追い掛けてきた。
恐らく、あの男の手下だろう。
『ノーマークにするつもりはないってことか』と分析しつつ、僕は魔法を使う。
僕はまだか弱い第二皇子のままで居ないといけないから、直接攻撃するのはダメだ。
とにかく姿をくらませて、あちらが見失ったことにするしかない。
非常に面倒臭い手だが、魔法を使えることはまだ内緒にしておきたいからしょうがない。
『能ある鷹は爪を隠すものだ』と自制しながら、僕は日の光を反射させた。
と同時に、遠くの茂みをわざと風で揺らす。
これで相手の気を逸らせた筈。
僕は『ジェラルド殿下!』と叫ぶ騎士を一瞥し、中庭から飛び出した。
戻ってきた時の言い訳を考えながら、城壁に到着する。
確か、この辺りに……あった。
胸辺りまである草を掻き分け、僕は抜け穴に頭を突っ込んだ。
しっかりと周囲の状況を確認し、急いで外に出る。
あとは公爵家へ行くための足を確保出来たら、上々なのだが……。
「まあ、そう都合よく馬車が通り掛かる訳ないか。仕方ない────魔法で飛んでいこう」
人目につかないルートを脳内で思い浮かべつつ、僕はふわりと宙に浮いた。
と言っても、数センチ程度だが。
『ここだと、まだ目立つからな』と思案する中、僕はバレンシュタイン公爵家のある方向を見つめる。
ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン……僕の踏み台であり、命綱。
待っていてくれ、必ず君を手に入れるから。
過保護なほど公爵に守られた小鳥を思い浮かべ、僕は目的地へ向かい────公爵家の門を叩いた。




