第七十話 兄弟の精神世界
ソワソワするような気持ちが胸の奥底から湧き上がってくる。居ても立ってもいられなくなり作業の手は止まった。人々は我を忘れて無我夢中で外へ飛び出す。そして天を仰いだ。そこはいつもと変わらない青い大空が広がっている。それでも胸騒ぎが止まらない。
彼らの遺伝子に刻まれた眷属としての記憶が警鐘を鳴らし、世界のピンチを知らせているのである。しかし何をする事もできない。役者の募集は今をもって打ち切られた。全ての配役は決まり神話は完結へと動き出す。
この世に大ラスボスと大裏ボスが再び合間見える日が訪れたのだ。それはつまり決着を意味する。空に浮かぶ英雄ハヌマーン。その両目は閉じて額に真の第三の眼だけが覚醒している。ギョロギョロと周りを見渡し孤島に一際目立つ六本腕の男を見つけた。そして英雄の口を借りて神の神聖なる声を授ける。
「ブラフマーよ。やってくれるではないか!!だが侮るな!お前の企みなど何度でも打ち砕いてくれるわ!!」
矛先を失った赤い槍を天に掲げる。そして粉々に粉砕した。破壊神の力で壊され真なる得物の姿に再生される。飛び散った破片はその手に集まり巨大な弓と矢に生まれ変わった。
弓を構え天を指す。その矢尻に膨大な神力が第三の眼から注がれた。だがそれだけでは無い。世界全土に散らばる眷属達から問答無用で力を奪いその一点に集めている。光の粒が地平線の彼方からキラキラと押し寄せた。そして今まさに解き放たれようとするその力は宇宙創世に匹敵する神のイカズチ。終焉を告げるインドラの矢。最強にして最大の天罰である。
破壊神の思惑はシンプル。奪われる前に全てを破壊し尽くす。それが狙いだろう。その後にもう一度再生させることなど造作もないのだ。
それを黙っていない男がいた。それは魔王ラヴァクシャ。一瞬で飛び立つ。彼は神速の刃となり神へと激突するのだった。
一方、誰も居なくなった昇降装置に二人の男が忍び寄り思い切って飛び乗った。それは熊の兄弟。バンサとジャミルである。そして地下世界へと吸い込まれていった。
生暖かい液体が床を覆い尽くしている。バシャバシャと足元を濡らしながら進む一団がガラクタになった研究設備を跨いで何処かを目指す。
「ねぇ。これからどうなっちゃうの?」
ラーマの手を強く握り不安を隠せないまぁちゃんがそう呟いた。同じ想いのはずだが守る者を前にして少年は強くなる。
「大丈夫。何があっても俺が絶対に守る」
兄弟はその姿に自分達の過去を重ねた。子供の持つ根拠なき自信は無謀さと表裏一体だ。けれど詰まらない大人を知った今。その勇気が愛おしく思える。彼が自分達の代わりに大好きなまぁちゃんを守り切れるように全ての障害を排除する。それが今の目標であり使命だと思っている。
そして巨大な扉を前にして先頭のシュルパナカーは足を止めた。彼女が掌をそこに重ねると大きな地響きと共に左右に引き込まれて開いた。
「ここだ。とりあえず挨拶しろ」
どういう意味だと、その先を見る。そこには巨大な水晶が置かれ、中に黒いモヤのようなものが蠢いている。それは自分達を見つけるなり言葉を話した。
(よくぞここまで来た。我の名はブラフマー。歓迎する)
それは創造神ブラフマーの意志。肉体を失い。概念的存在になって漂っていた神の存在を魔人が世界各地から一生懸命集めたものだ。
その言い草は何かを企んでいるのが見え見えである。歓迎してくれると言うことは、どう言う意味なのか詳しく聞かねばならない。そしてシュルパナカーはその疑念を察して我が主に対話を求めた。
「ブラフマーよ。可能性を連れてきた。これで可能か?」
「解らぬ。だがやってみよう」
ブラフマーは説明する。ここに集まった者は皆、破壊神或いは創造神の神力を体内に溜め込んでいる超人の状態だ。その力で新しい世界を遠い次元に生み出す。その手伝いをしてほしいと言う。この場にいる誰もが断る言葉を持たない。
けれど兄弟だけは巨大な水晶に近づき他の者に聞こえない程度に自分の想いを話す。神はその条件を受け入れた。
「いいだろう。すぐに始める」
神の指示に従い全員が水晶に手を当てた。けれど黙って従っていたフェヌクシスは少し不安になりその疑問を口にする。
「ちょっと待ってくれ。失敗したらどうなる?」
ごもっともな疑問だ。間を置かずしてシュルパナカーが代わりに答える。
「死ぬ」
それだけ言うと、彼らはその姿勢のまま途端に意識を失う。神と人の魂がリンクしたのだ。飛び出す前に喉でつっかえた言葉は意識世界で発声される。
「ふざけるな…って……あれ?」
肉体はなく意識だけが宇宙に浮いていた。その中心に衝突しながらも混じることのない暗い塊と光る塊がある。その因縁の象徴を解きほぐすのが彼らの役目である。




