第六十六話 二人の熊人
魔王国からの独立。それが我らバラタ王国民の悲願だった。少なくともバンサはそう思っていた。何世代にも渡り続けられた反体制運動と独立運動。数百年前から結ばされた不平等条約の廃止と自由意志の尊重。それらを勝ち取るために暴力をも辞さない。
けれどそれは大事なものを守るための勇気の宣言であって、本当に欲しいのは平和と自由だ。暴力などそこには必要ない。ただ相手が悪い。仕方なく我らは強く在らねばならなかった。それがいつからか主軸の行動理念に変わっていった。時間がかかり過ぎたのだ。ひ孫の代になっても終わらない戦いは次第に過激さを増していくのであった。
そして現状がその結果だ。殺人、人身売買、麻薬。凡ゆる悪の巣窟だったバラタ王国はクーデターにより崩壊して平和を手に入れた…とは程遠い。依然と問題は残り、飢えと貧困がそこに乗っかる。民は過酷な砂漠を乗り越えてでも国外逃亡を選択し、体力のない者だけが取り残される。夢も希望もない。
そんな中、唯一の打開策があった。それは苦しくも魔王国の後ろ盾を取り戻す事だった。自分達は自由を勝ち取ったのでは無く。飼い主の庭の周りを必死に駆け回っていただけだ。腹が減れば元の場所に戻るしかないのである。
「クソ…」
バンサはその代表として魔王国に向かうという大役を預かった。とは名ばかりで、実際は正常な国交を持たないため裏からの潜入。つまり忍び込んで直談判するしか無いのだ。妻を人質に取られている間は従うしか無い。喜ぶべきことがあるとすれば、身が自由になったことで打開策が打ちやすくなった事だ。
そして彼はここにやって来た。建物が燃え尽きた後の復興も最も早かったのがこの辺りだ。そこに住まう柄の悪い連中は皆、首の毛を永久的に生え替わらないように剃り上げられ、6匹の蛇が絡み合う刺青を皮膚に刻み込んでいる。
その目は人を殺す事に躊躇するような理性を持っていない。大半が薬漬けで快楽と恐怖だけで生きている。そこに先日、立て直しが完了したばかりの建物があった。人ではまだしも金と材料はどうしたのか気になるところである。魔王国に潜入するにはそのカラクリを暴くしか無さそうだ。
「おいお前、そこで止まれ。なんだ?国をつぶつした連中の仲間か。失せろ。さもねぇと殺すぞ!」
案の定、酷く絡まれてしまった。だがこれで良い。
「ドス・ジェミルに合わせてくれ」
すると男の眼は狂気に満ちて眉間に青筋を顕にした。その他も一斉にバンサを怒りの眼差しで睨みつける。彼らの逆鱗に触れてしまったようだ。けれどそれも計算通りである。
バンサは腕の毛を一部むしり取ると、その下の皮膚に刻まれた双頭の蛇の刺青を見せつけた。すると白熱しそうな空気感が途端に凍り付く。目の前の男は眼を見開き彼を隅々まで確認すると、ただ一言「来い」それだけ言って建物中へ案内した。
皮袋の中身をテーブルにひっくり返し金貨を一枚一枚丁寧に数える男。それは熊の獣人でどこかバンサと似ている。けれど左目には深い傷跡があり視力を失っていた。そこに埋め込まれた目玉は義眼である。そんな彼の部屋の扉からノックの音が響いた。瞬時に手を止め得物を掴む。
「この時間は誰とも会わねぇと言ったはずだぞ。どう言うつもりだ」
すると扉の向こうの人物は小気味良いリズムでノックの音を短く奏で始めた。男の顔から表情が無くなる。
「ふざけた事をしやがるそれを何処で覚えた!」
得物腰から引き抜く。それは魔王国製の拳銃。それを構えながら「ぶっ殺してやる!」と息巻いた。そしてようやく扉の向こうの人物は素性を明かす。
「俺だ。バンサだ」
時が止まってしまったかのようなショックを受けた。拳銃を握りしめるこの男こそドス・ジャミルその人だ。二人は深い因縁を持つ。一方は悪の道から逃げ出し、一方は突き進んだ。そして元々は仲の良い兄弟だった。
息の詰まるような空間で熊の獣人二人が一切目を合わせる事なく沈黙の時間が過ぎていく。テーブルの上には無造作に置かれた拳銃と未だに数が定まっていない金貨が散乱し、けれどそこに意識は一切向かない。
口火を切ったのはバンサの方だ。
「助けてほしい。この通りだ」
下げた頭がテーブルに追突し、ドンと大きな音がなる。すると突然扉が勢いよく開き「ボス!!」と血の気の多い漢どもが危険を察知して現れる。けれどジャミルは手のひらを見せ、大丈夫だと言わんばかりに手下を下がらせた。そして二人だけになると引き攣った笑顔で皮肉る。
「あれか?足は洗ったが困ったら助けてくれってか?あぁ?虫が良すぎるよな」
それでもバンサはひたすら頭を下げながら「頼む」と誠意を見せ続けた。ジャミルの鼻息は荒く震えている。怒りからかそれとも哀しみからか。どちらにせよ二人は血を分けた兄弟であった。




