第六十三話 兄弟と創造神の解放
万物の創造。それは人が物を造るという事とは似て非なる摩訶不思議な現象である。模倣でもリスペクトでもない。たった一つのオリジン。それが創造である。人は何かに影響を受けた時点でオリジナリティを創造しようとする。しかし出来上がったものは間違いなくその影響を色濃く受け継いでいる場合が多いのではないだろうか。そんな魅力に取り憑かれた私たちならその存在に平伏したくなるような素晴らしい力だ。
けれど残念ながら人に本物のオリジンは創り得ない。何故なら私たちもそのオリジンの一つでしかないからだ。創造は神だけに許された概念的な行ないなのだ。その中でも創造神という神々は、より特別な存在である。
何も無いがある。そんな私たちには理解不能な境地に宇宙の始まりがある。それを混沌と呼ぶのだ。全てが混じり合っている。天と地をも含め世界を形造る全ての材料、栄養素、エネルギー。私達が思いつく限り一つ残らずその中に混ざり合っている。神話で語られる殆どの世界がそこから始まるだろう。
先が見通せないほどに濃縮された黒。それはすべての絵の具を混ぜたら黒になったとかそんなイメージが妥当だ。しかしその場に光が無くとも暗闇などでは無い。それすらもその中に存在しているのだ。混沌を丁寧に仕分けて世を創生する概念。オリジンの中のオリジン。それが創造神だ。その力の片鱗を得たならば、もう無敵と言っても過言では無いだろう。
兄弟の樹木の神器に絡め取られたハヌマーンがいの一番に抜け出し、襲いかかってくる漆黒の拳を赤い槍で受け止めた。その身長差は象と蟻。けれど創造神の力を生まれながらに持つ彼らのポテンシャルは半端では無い。
超巨大なヒヒイロカネの槍。それは神話に残る伝説の神器、如意金箍棒である。しかし信じられないほどの衝撃にミシミシと嫌な音を立てる。そしてこの勝負は一対一では無い。そこに気を取られている内に次の敵が来る。両脇腹に一撃ずつ、そして頬に肩に脹脛にと、的の大きい巨神の姿は寧ろ不利であった。メタ殴りにあい、ボコボコのボロボロにされていく英雄ハヌマーン。
しかし、次の瞬間には元通りのピンピンとした彼がそこにいる。もう驚く事はない。何故なら猿神の最終奥義が常に発動しているからだ。故に目の中の歯車は高速回転を続けている。それでも攻撃は止まない。忍耐力が全てであると言わんばかりに、とんでもない闘いがそこで繰り広げられている。けれど猿神の王もやられっぱなしでは無い。巨大な槍を縦横無尽に舞い踊らせ敵を何度も薙ぎ払う。けれど不思議な事が起きた。
叩きつけられた神の子らは抜け殻をポロポロと落とすばかりで本体はその場に残り攻撃を受けた後のタイムラグを一切感じさせない奇妙な現象を見せる。まるで手品だ。けれどその仕掛けを再現できるものなど彼らを置いて他にいない。
それは正に創造神ブラフマーの力。その身をどれほど使い捨てようと絶対的なオリジンをその場に残す脅威的な物量戦法だ。攻撃を受け、肉体に僅かでも損傷を感じるとすぐに新しい体を創造し乗り換え続けているのだ。破壊も創造も最高神たり得る力だ。故に決着は絶望的だった。
一方、兄弟も大変な事になっていた。シータとフェヌクシスを絡め取ったまま、執拗に追いかけて来る神の子らから逃げ続けている。負ける気はしないが勝てる気もしない。破壊の力と創造の力を二つ宿しているからと言って合わせ技のような奇跡は起きない。水に油なのだ。混ざることはなく。一方を使えばもう一方が使用できなくなる。
現在の状況から見て、創造神のスタイルの方がマシだと判断している。けれどチャンスが訪れるまで永遠に逃げ続けると言うには忍耐力が持ちそうに無い。そして兄弟は勝負に出た。
真っ逆さまに急降下する。狙うはキューブ状の人工神器。置いてけぼりにされて寂しかっただろう。今すぐに出してやる。この選択は全てが勘である。ただし神の一柱に匹敵するほど冴えている。もちろん錆び付いた神器の中身など知りはしない。
それでも兄弟は確信を持って行動する。その指先をチョンとキューブの角に触れさせると直角に軌道を急展開させヒットアンドウェイの戦法を取った。その行動も大正解である。
その後を神速で追いかけていた神の子達はそれに習って驚異的な瞬発力で同じように軌道を変えたがやはり僅かなタイムラグが生じた。
それは十分に彼らの命運を分けた。突如として膨大な混沌の海が溢れ出す。無限に圧縮されギチギチに溜まっていた創造神の代謝物は一瞬でその身を飲み込んだ。生還は不可能に近い。
そうして再び創造神ブラフマーの肉はこの世に解き放たれる。もはや神であるかどうかも怪しい。けれど状況は一変するだろう。それだけは確信を持って言えるのだった。




