第六十二話 兄弟と神の子
破壊に塗れた研究室。凡ゆる設備が火花を散らし湿った床で鎮火する。内側からぶち破られたガラスの培養器。そこから生温い液体が漏れ出て床一面に広がる。そんな激しさとは裏腹に施設内はとても静かだ。時折、カタンと音がする。しかしそこには誰もいない。
ただこの事件現場に残されたすべての痕跡がとんでもない何かがそこにいた事を強烈に知らせる。恐らく彼らだろう。シュルパナカーと魔王ラヴァクシャが進めていた研究成果。世界の命運を背負う神の子供達。それは破壊の限りを尽くした後、この場から姿を消している。
その軌跡を辿る。設備に繋げられた無数の管がとある一点に集まっていた。そこにはロウトのような装置があり破損が激しい。とても重い物が崩れ落ちて引き摺った跡がある。けれどそれ自体は何処にも見当たらない。
装置の上に置かれていたモノ。それはキューブ状の人工神器。その中には創造神ブラフマーの肉が封じ込められていた。誰かが持ち去った。間違いない。きっとここを抜け出した彼らの仕業だ。引き摺った跡は途中で無くなる。けれどその続きからは錆のカケラのようなものがポロポロと落ちて道標を作る。その先を見ると破壊された壁と瓦礫の山築がかれていた。錆はその向こうへと続いている。
恐らく彼らは人工神器を担いで上を目指しているのだろう。その目的は一つ。地上に生きとし生けるもの全てを皆殺しにし人類が築いてきた凡ゆる文明を蹂躙する事だ。シュルパナカーが命を賭けてでも稼いだ時間はこの為のものだったのだろうか。
それは悲しい決断。そこに至るまでにどれほどの苦悩を味わってきたことか。貴方に想像できるだろうか。魔人が生み出した彼らは神の定めた運命に縛られない。ギリギリのブレーキも効かないという事だ。
自分達には出来なかった最後の一歩を神の子なら迷わず進む。それは世界をリセットして、もう一度始めからやり直す。そんなことの為ではない。これは神々の戦いである。不滅の神の争いなのだ。それを止める方法はこれしかないと現実を突きつけられるのである。
かつて魔人達は故郷を奪われて世界を作り変えられてしまった。その怨みは激しい。けれど現在その地に住む憎き破壊神の眷属どもは疑う事なくそこを自分達の故郷と断言するだろう。今度は自分達がそれを奪う事になる。不毛な争いは終わらないのだ。
奪いに奪われ。神が先導すれば喜んで命を差し出すのが我ら信徒なのだ。それは好き嫌いとか道徳的に良くないとかの次元ではない。逆らえないのだ。それが神の存在だ。ならばそれを徹底的に壊すしか無いだろう。
それはまるで子供の兄弟が一つのおもちゃを取り合っているかのようだ。そこに怒った親が乗り込んで問答無用に取り上げる。そしてボロボロに壊すのだ。その瞬間は悲しい。けれど2人には未来がある。下らない争いなど忘れて穏やかに暮らす事も出来るだろう。
永遠に仲直りなど出来ないかも知れない。けれどお互いの執着物が価値のないモノに成り果てれば、簡単に興味を無くすのだ。2人はもう関わり合わない道を選ぶ事も出来るのだ。そして世界に本当の平和が訪れる。
地下2階層の床が暴れ波打つ。何かが這い上がって来る。ショウタロウとリョウスケはそう思った。けれど今は不味い。上からは破壊神に操られたかつての仲間が樹木の神器に絡め取られながらも激しく暴れて脱出しようとしている。このままでは挟み撃ちだ。
そして彼らが出てきた。そのおどろおどろしい混沌の姿はまるで地獄から這い上がった悪魔の集団。光を一切反射せず全てを飲み込む漆黒の皮膚。人型でそれ以外はツルリとしていた。けれどその中に一体だけ腕が六本の特別な個体がいた。
彼の背中の上にはキューブ状の人工神器。それを一人で担ぎあげる様は相当な怪力の持ち主だということを物語る。そして周囲を見回した。情報を収集しているのだろう。一頻り見たあと。行動が速かった。
彼らは一瞬にして姿を消す。元の場所に人工神器だけを残し、瞬く間に距離を詰めていた。すると時が停まったかのように兄弟以外の動きが遅くなる。鎧の隙間から現れた腕が何かしらの神器を発動させたのだろう。
上腕二頭筋を大きく膨れ上がらせた漆黒の人々が拳を振り上げ今にも殴りかかってきそうである。その間に人数を数えた。全員で60体ほどだ。半分は兄弟を狙うがもう半分はシータ達の方に戦力を二分している。
それでも強敵である事がヒシヒシと伝わってくる。謎めいたこの地獄の集団は敵味方を識別しない。自分達と違う存在を必ず殲滅するようにプログラミングされた脅威の暴力装置。兄弟は更なる脅威に晒されるのであった。




