第五十二話 望まれない子供
マッドな化学実験を秘密裏に行なっている。誰の目から見てもそんな雰囲気を設備全般から醸し出している。
ネオン色に光る縦長の培養容器。それがズラリと施設内を埋め尽くしていた。液体に満たされたそのガラス管の中で人工的に成長を促されている謎の胎児。半透明な皮膚の向こうに脈打つ小さな心臓。そこから全身に流れる血液。確かに生きていた。
まだ産まれるには早すぎる。けれどこれらはこの世界で最も存在していることを望まれない恐るべき子供達になるだろう。神の名簿に記載されることの無い無国籍状態。運命に縛られることのない自由意志。彼らは世界に新しい風を運び込むのだ。世代と文明は分断されどちらの層が時代を制するかは神すらもわからないだろう。だが、それでいい魔王は世界に変化をもたらしたいのだ。
「どうだ?子供達の出来栄えは?」
六本の腕を生やした青い肌の男。彼こそこのランカー島に君臨し世界に覇権を広げる神に仇成す者。魔王ラヴァクシャその人である。先に来ていた実の妹シュルパナカーに研究の進捗状況を聞く。
「順調よ。拒否反応もないわ」
ここにある全ての設備は無数の管で繋げられある一点に集中する。そこには錆の塊のような巨大な箱が置いてあり、ボコボコとひしゃげては修復を繰り返し、中に何かがいる事を教えている。
「本体はあまりご機嫌では無いようだがな」
錆びついた箱は魔人の技術で生み出された人工的な神器。捕らえた創造神ブラフマーの肉を封じ込める為だけに用意された逸品である。そして時折亀裂から漏れ出た代謝物を下に設置された装置で回収する。その物質の中に詰まった生体情報と、あるモノを掛け合わせる事で生み出された新たな生命体。その核が液体に満たされた容器に注入される。
それは隣の培養器に入っている個体とは少し様子が違う。順に続く古い個体ほどその成長は進んでいるが今回のはそれとはまた違った個性を持っていた。
「たった今、新型が産まれたわ。貴方にそっくりかもね。魔王様」
新しい核の色は青い。それを構成する生体情報にはもちろん創造神の代謝物が含まれる。そこに普通の人間の遺伝子が組み合わさり神と人のハーフが生み出されたのだ。けれどこの世界の人類では組み合わせに著しい拒否反応が起きた。何故なら現在の世に繁栄している全ての人種は元を辿ると破壊神の眷属にたどり着く。それと交わる行為はブラフマーにとって耐えられない屈辱であった。
そこで用意されたのが異界に住む別の人類だ。魔人の技術は世界をも越える神の領域に達していた。そして見つけ出したのは世にも珍しい個性を持った地球という惑星である。そこは神が放置した手付かずの人々が多数暮らす不思議な世界だった。
けれど殆どが何かしらの神の影響を受けた一信者であり、他世界の神とはいえ多少の拒否反応が起こる。それにより赤ん坊は産まれて間もなく死んでしまう。そこから適合するサンプル探しの日々が始まったのだ。その永遠とも思われた草分け作業はとある国との出会いで急展開を迎える。
その国の名は日本。そこはあらゆる世界、あらゆる国においても不思議の国に見えた。彼らは事あるごとに信じる神を変え、様々な祭事を組み合わせた奇妙な一年のサイクルを持っていた。
魔王は思った。この国ならば、いるかも知れない。一切神の影響を受けたことの無い。稀有な存在が。そして秘密裏に張り巡らされた魔王国の情報網に朗報が届いた。それは、ある町のある家庭に4歳の女の子がいて未だ一つの祭事も受けたことがなく、心身共に健康であると。
その知らせを受けてからの動きは極めて迅速だった。むしろ慌て過ぎたのだ。攫う瞬間を見られてはならない。その瞳の裏に何処かの神が監視している。神々は総じて覗きが趣味だ。人々の営みは至高の娯楽である。事実は小説よりも奇なりと言ったように現実で巻き起こる人類のドタバタ劇はどんなエンターテイメントよりも面白くエキサイティングであった。
そして世界によって神が求める事実のカテゴリーは様々なジャンルに振り分けられ地球という世界は極めて泥臭いニッチな趣味に偏る。そんな現実に奇妙なファンタジー的現象が映しだされる。それは漫画、映画、アニメの中だけに許され、決して現世には必要のない要素だ。
地球をチャンネル登録していた神々は大いに激怒し神界に大炎上を巻き起こした。それは遠い世界に住む神の耳にも入る事態に発展する。そして現在に至る。
「我にそっくりか。寝首を掻かれぬよう気をつけなければな!ははは」
魔王は高笑いをする。この新型と呼ばれた核にはお察しの通り彼の遺伝子情報も組み込まれているのであった。




