第五十一話 兄弟と痴話喧嘩
炎が人型を象る。襲いかかる火の戦士となり行く手を阻んだ。その先に大事な何かがある。頑なに歩みを拒むその抵抗は寧ろ危惧すべき確かな存在を強調しているかのようだ。
(ワシを無視するでない!!)
額に第三の眼を覚醒させた青年は輝く神器でそれらを払い除け、褐色の女性もヒヒイロカネの槍で斬り伏せる。その激しい攻防を後ろでヒヤヒヤしながら見ていたリョウスケは片手間で敵を去なす2人のやり取りを交互に目で追う。それと同時に交わされる惚気にも似た口論を黙って見守る。
「今その話する?」
「じゃぁいつするの?!」
迎え撃つ聖なる浄化の炎がその勢いを上げ更に激しさを増す。けれどこちらもヒートアップして負けていない。これは何の戦いだったのか呆れ始めたリョウスケが真顔で二人の間を突き抜け先頭に立つ。1人で敵を迎え撃つ気だ。その爪と牙で次々と炎の人型を蹴散らしていく。
縦横無尽に走り回る神速の獣。力技で巻き起こる竜巻が周囲全ての炎を巻き込んで空間目一杯まで舞い上がらせた。そして一仕事を終えたとばかりに戻ってきた。
「ねぇにいちゃん。結婚に必要な事って何?」
その純粋な疑問は非生産的だった2人の会話に留めを刺すほどの威力をもっていた。好きだから、生活が安定するから、子供が欲しいから。けれどどれも違う気がした。
「僕ね、思うんだ。この姿になって大変だったけど沢山学べたんだ。もう子供じゃないかも知れないって時々考えるよ。でもね今は会えないけど、パパもママも尊敬出来るようになったんだ…」
リョウスケは人から犬神の姿に変えられてしまった事を辛いと思うことも沢山あった。けれど、これほどまでに他人を客観視したのは初めてだ。4年というまだ短い人生だ。その吸収力と記憶力は神力によって遥かにブーストされて並の経験値ではない。この旅は彼を精神的に大きく成長させた。そして持ち前の優しさで出会う全て人々を素直な気持ちで観察した。
自分は幸せだ。彼は心からそう思う。父と母から溢れんばかりの愛を貰ったし、自分もそれ以上に家族を愛した。これからもそうあり続けたいと思う。だから…。
「にいちゃんの事も大好きだし。シータねぇちゃんも大好きだよ。だからずっと応援したいな。これからも尊敬できる2人であり続けて欲しい」
そんなに長い話じゃない。けれど確かな想いは伝わった。小動物のような可愛らしい眼で見つめてくる弟リョウスケに兄であるショウタロウは微笑みかけ、シータの方を見る。
「少しは惚れてたかなぁ」
照れ隠しで戯けて言った彼に対して「何だそれ」とシータは思う。何のために結婚するのか。人によってその答えは違うが彼女は尊敬できる応援したくなるような男性と一生を共にしたいとそう思った。
「少し?は?こっちはゾッコンですから!!」
敵の攻撃は束の間のインターバルを終えて再び襲いかかる。それを2人でもなく1人でもなく。3人で力を合わせて蹴散らした。
それを客観的に眺めていた火神アグニは手持ち無沙汰で蓄えた髭を摘み捻り回す。侵入者はただの刺客では無さそうだ。品定めのために手加減はしていたものの本気でいかないと流石に不味そうである。しかし選択肢は一つではないのかも知れない。
(人の子よ!聞け!話がある)
空間内にアナウンスのようにアグニの声が鳴り響く。それと同時に炎の人型も攻撃の手を止める。交渉の余地を匂わせていた。
「何だ!良い話なら聞いてやるぞ!」
何て生意気な小僧だ。こちらは由緒正しい神の一柱だぞ。少し苛ついたアグニは再び海を滾らせたが、本来の目的を思い出して怒りを沈める。いくら神とはいえ神の使徒に体内へ入られて仕舞えば勝率は五分と言ったところだ。それにこの3人は破壊神から力を授かっている。相当に手強いだろう。無駄に痛い想いはしたくないものである。だから一つ提案をしようと考えた。
(口を慎め、この礼儀知らずが。まあいい。久方ぶりに好みの美女を見た。それでこれまでの非礼を水に流そう。お前達がここへ来た理由は一つだろう…)
アグニは提案した。この海域を渡りたいなら自分が向こうの島に渡らせてやる。その代わり…。
(ワシは美女に目がない。そのせいで女房に逃げられたのだ。お前達の話を聞いて少し心残りが出来た。女房を探してくれないか…)
それが条件。神の妻と聞いたらその方も神なのだろうか。容易には飲み込めない条件だ。けれど手がかりが無いわけではない。覚醒した第三の眼は有力情報を検索し始めている。神々のデータベースなら居場所を特定出来るかも知れない。
「良いだろう。その話、乗った」
ショウタロウがすぐに返事をしたことに他の2人は一切疑問を持たない。勝ち戦しかしない連戦連勝の男の信頼は厚かった。




