第四十九話 兄弟は決行する
古来より神の怒りを鎮めようとした人類はその得体の知れない大いなる存在に精一杯の誠意を示すため、それらしい祭典を発明し様々な貢物を用意して祭壇に並べた。そうやって彼らなりの神の接待してきたのだ。そんな時代が人類の歩みと共に長きに渡り続いた。
それは文明や時代の移り変わりによって試行錯誤が繰り返され次第に祭式の内訳がエスカレートする。そして実際にもてなされてきた神々は人類が勝手に始めたその茶番劇を面白おかしいものにようにからかい始める。それは悪ノリが過ぎた。祭っている神が何故どうして怒り狂っているのかわからないのだ。そんな彼らの無知につけ込みわざと天災を起こし怒っているように見せた。慌てふためいて、アレコレ持ってきてはヘコヘコとする間抜けな姿をわざ笑った。しかし飽きるとすぐに興味を無くした。
無意味に翻弄された人類は自分達の収穫物があまりお気に召していないと勝手に解釈するようになる。やがて人類は禁断の供物を捧げるようになった。それは己の身をそのまま供物とするということだ。その時に捧げられる生贄は誰でもいいわけではない。特に喜ばれると思われたのは若く美しい女性とされ、何か良からぬことがあると村中の娘が顔を隠して引き篭もることも恒例行事となった。
そして現代、人の王が神の威光を利用し始めてからは土着の民族が無断で祀るという行為事態が禁止され生贄の文化は風化している。しかし神々は未だあの懐かしき流行ネタに後ろ髪を引かれる想いを抱いていた。大陸の南端にある旧バラタ王国。現在の共和国に残された古い文献に火神アグニの詳細な好みがわざわざ書き残されている。それは大の女好きという話だ。
もしかするとランカー島に続くこの海域が荒れに荒れているのもその悶々とする鬱憤のせいかもしれない。
共和国との国境線にある不毛な砂漠に深くフードを被った女と子供。そして1匹の子犬。奇妙な組み合わせだが体制の安定しないこの国の情勢はこの流れ者達を取り締まるだけの余裕などない。国民は飢えに苦しみ己の事で精一杯だ。
戦火の跡が激しく復興作業が難航している。そんなかつての王都を抜けて向かうは港。更にいうとその先の荒れた海域に用があった。
「ねぇショウタロウ…。本当にやるの?大丈夫かな?」
シータが不安を口にする。ショウタロウが発案した作戦には不確定要素が多い。けれど彼の第三の眼から提供される膨大な歴史と真実は高い成功率を叩き出している。「きっと大丈夫だ」。フードの陰に隠れてそう応える。そして付け加えた。
「アグニの好みは情熱的で逞しい魅力的な女性だ。その中でも世界で一番じゃなきゃ納得しない。シータはピッタリだよ」
「…もう。やだ…」
ちょっと嬉しいけれど、何の励ましにもなっていない。そんな言葉など求めていないのだ。「俺が絶対に守る」や「君に指一本触れさせない」などと言ったキザな台詞を嘘でも良いから言ってほしい。そうで無ければこのフードの下に隠した悪趣味な格好に割が合わないのだ。この借りは高くつく。シータは作戦が成功しようが失敗しようが法外な利子を取り立ててやると心に誓うのであった。
港の堤防から見えるすぐそこの海に異常は見られない。けれど地平線の先に見える沸き立つ海はまるで沸騰する鍋の水のようだ。そして心配の台詞を吐きながらも金品をしっかりと受け取る漁師のおじさん。
「奥さん…。本当に良いのかい。いや…ダメじゃねぇけどよ。子連れでこの海は良くねぇんじゃねぇのかい?」
シータが手渡した金をしっかりと握りしめて漁船を手放したこの漁師は怪訝な目でこちらを見ている。それもそうである。この港は船を停泊させる以外に漁がほとんど出来ない。魚が欲しいのならもっと迂回して沖に出なければならないのだ。そう簡単に釣る事は出来ない。にも関わらず海に出たいと言いはり破格の金で船を貸してくれと来たものだ。怪しいに決まっている。
しかしこんな美味い話はもうないと思えるほどの金だ。漁師はもう浮き足立っている。今日にも彼は家族を連れてこの国を出て行くだろう。貧乏な暮らしからはおさらばだ。新天地で土地を買って裕福に暮らす。思考はそんな幸せの真っ只中にある。この馬鹿な女が海の藻屑になろうがどうでも良くなった。
「じゃぁ…オラはこの辺で、気を付けて行きな」
そう言うと上着のポケットに金を押し込み誰も観ていないのを確認すると帽子を深く被って足速にこの場を去って行く。しかしその道の先で薄暗から現れた棍棒の輩に後頭部を殴られて身包みを剥がされる。とんでもない治安だ。これ以上のトラブルを避けて三人は船に乗り込むのであった。




