第四十五話 兄弟は大気圏風呂に入る
上空の大気圏を越えたすぐそこに神の乗り物ガルーダの姿があった。それは人型から鳥の姿に変形し故郷の惑星を撫でる様にしてゆっくりと漂っている。向かう先は魔王の国ランカー島。それまで束の間の休息を久々に味わっていた。
神が用意した神聖な躯体の中はこの世の全てを詰め込んだような小宇宙になっていた。そんな欲望の宝箱のような世界に様々な祭事に使用するであろう数々の部屋の中に一室、「清めの間」があった。つまりそれはお風呂場である。
湯気が霧のように漂う中に張りのある肌艶の良い褐色のスラっとした脚がその隙間から垣間見えた。その続きが上に長く伸びて大事なところは悔しくも隠れて見えない。代わりに丸みのあるお尻の付け根から細長い尻尾が見えてしなやかに動いている。そして程よく鍛え上げられた逞しい胴体は一度腰のところでメリハリをつけるようにしてくびれて続く、胸には立派な乳房がたわわに備わっている。それが湯気のベールで辛うじて見え隠れしていた。そんな彼女の両脇には同じように丸裸にされたアジア系の子供と白い仔犬が抱えられている。ある程度の抵抗は見せたのかもしれない。少年は耳を赤らめながらも不満ありげな表情で黙ってなされるがままだ。犬の方は尻尾を激しく振りお楽しみなご様子。
「ねぇシータねぇちゃん!僕こんな大っきいお風呂初めてかも!!」
犬が喋った。それには深い訳がある。それはそうとして、目の前の浴槽はもはや湖。神聖な空間の中に創造された自然の温泉である。その規模は半端ではない。
「もういい降参だ。だからもう降ろしてくれ…」
生意気そうなその少年に対してシータは「はいはい」と言って二人とも床に降ろした。
「はーいご兄弟さーん。観念してお風呂に入りますよー」
ちょっと強引なシータお姉さんに背中を押される兄弟二人。その兄の方であるショウタロウは額に閉じられた瞼のような縦向きの傷がある。その事を除けば彼はただの6歳児の年長さんなのだ。けれどこの世界の誰よりも特別な存在だった。
一方、弟リョウスケの肉体は完全に人のモノではない。可愛らしいワンコロだ。けれど二人は間違いなく血の繋がったかけがえのない兄弟。そんな彼らの背負う背景に壮絶な運命を想像してしまうだろう。その通りだ。幼馴染を攫われこんな異界まで追いかけ助けに来たのだ。健気なものだ。苦労が絶えない。
その悪の根源である魔王ラヴァクシャはとんでもない輩であり、用意周到、準備万端、完全無欠。何から何まで手に込んだ知略の数々を世界中に散りばめているのだ。伊達に世界覇者を名乗ってはいないという事だ。それは神すらも手を焼くほどだ。
神様が一生懸命書き上げた運命という世界のスケジュールを狂わしに狂わせて、自分の思うがままの世界を作ろうとしている。それを裏でバックアップしていたのがまさかの創造神ブラフマーだ。
もうお役御免で退いたと思っていたあのヨボヨボの爺さんは、着々と力を取り戻し再び現役の座に返り咲こうというのだ。こりゃ堪らん。一刻の猶予もない。どちらが本物の覇者なのか目にもの見せてやらねばな。けれど今だけはほんの僅かな間でも幼い子供のままでいられる時間を与えたかった。
ここにマナーなどない。完全貸切のプライベート温泉だ。弟リョウスケはお湯の中に豪快なダイブを決めて派手な水飛沫で周り全員を巻き込んだ。
「うっひゃー!やったなぁ!ショウタロウも行ってらっしゃい!」
シータは彼の両手を握りブンブンとジャイアントスイングの要領で振り回す。初めこそ不貞腐れていたショウタロウも段々と笑みが戻ってくる。その子供特有の弾けた笑顔はシータの心も元気にさせる。そしてその手を絶妙なタイミングで離すと温泉の方へと豪快に打ち込まれた。勢いで盛り上がったお湯が大きな波となって押し寄せる。それが引き戻ると同時にシータもお湯の中に飛び込んだ。そんな人間離れした遊びが出来るのも神の恩恵があってこそであった。
「あははは!!楽しい!」
ショウタロウが笑う。シータもつられて笑う。そんな二人の歳の差は一回り半ぐらいだ。側から見ればよく遊んでくれるお姉さんと親戚の子供と言ったところだろう。けれど彼女は彼に淡い恋心を抱いていた。まんまと騙されたものだ。第三の眼を覚醒させるとあんなにも男前で頼りになる良い男なのに、普段は生意気で可愛い普通の男の子なのだ。ズルいわけである。
「ショウタロウ!私といて楽しい?」
「うん!スッゲェ!楽しい!!」
シータは優しいく微笑みかけて「よかった…」とそう呟いた。これからも大変な毎日が続くだろう。けれどそれもいつか終わる。その時は…。そう思うと胸が張り裂けるように痛むのであった。




