第四十四話 兄弟は看取る
砕けては生え変わりぶつかり合ってはまた次が来る。飛び散るのは弱さ。向かい合うのは意地。敗者には無限地獄。勝者には生き地獄。最後に勝つのはより愚か者。少しの理性が迷いを生む。その隙さえも与えはしない。考えてはダメだ。ただ目の前の敵を潰すのみ。まともに後悔を演じるのはその後で十分である。
ガルーダは悪魔の矛を盾で受け止め双方が砕け散る。その間を縫ってこちらも刃を突き刺す。それを肉で挟み込んで叩き折る。その傷も秒で塞がる。その行為はもはや目では追えない。神速で繰り広げられる神話の物語。人知を超えた神と悪魔の因縁の戦い。魔王は胸の内を叩く人格の生きの良さに気を取られた。
取り込んで肉となった誰かが騒いでいる。「奴は我の獲物」そう言って精神を揺さぶる。仮初めの肉体でも心には干渉出来るのか。そんな興味深い感想が脳裏を過ぎるほど集中力が途切れていた。その一瞬こそ命取り。ガルーダは腕から生やした刃を上段にか構え一線振り下ろした。
「ぐわぁあああ!!己れ!!邪魔くさい!」
頭部は免れ、右肩から股の方まで真っ二つに分かれる。常識的に致命傷だ。けれどその肉体は不死身の悪魔。この程度で済んでしまう。もっと追い込まなければ。下段から少しズラして刃を振り上げた。三枚下ろしである。あと残るは急所の心臓を残すのみ。これだけ分断すれば隠すこともできないだろう。
すると傷口から何かが飛び出て地面に落ちた。それは心臓。大きく肥大化し邪悪な神器を取り込むジャタトリスの成れの果て。切り離された頭部が皮肉を言う。
「邪魔が入った。殺し合いはここまでにしよう。お前らの勝ちだ。ソイツは好きにしろ馬鹿は強いぞ、油断するなよ?次は俺の島で楽しもう。いつでも歓迎するぞ」
そう言って残った悪魔の肉体は腐り落ち腐臭と沢山の鷹神一族の骨を残しガルーダとフェヌクシスは勝利を手に入れた。
けれど腐肉に塗れて脈打つ心臓が彼を呼ぶ。もう先は長くない。だが蠢いて前へ進む。
「フェ……ク…ス。あ…は、おま…だけだ」
フェヌクシスあとは、お前だけ。振り絞る声で憎い男を呼び寄せる。貴族連中と殆どの王族は死に追いやった。後は我と奴だけ。同じ日に生まれ同じ日に死ぬのだ。そうして鷹神の歴史に幕が落ちる。生き残った平民など散り散りだ。ほっといても滅びる。だがコイツを残せば再び復興するかも知れない。そんな事では死んでも死にきれないのだ。
そんな彼の目の前にガルーダから降りた四人が近づいた。すぐにも伸びた血管が槍のように襲ってくる。それを間髪つけずにシータの赤いヒヒイロカネの槍が斬り伏せる。油断など何一つない。この男は間違いなく強敵だった。それが魔王によってたぶらかされた愚か者だったとしてもそれだけの力を秘めていたのは間違いない。
「ジャタトリス。お前を憎いと呪わなかった日はない。だが俺は確かに愚か者だった。目を覚まさせてくれたのもお前だ。感謝する」
それは皮肉ではない。力に溺れ王侯貴族は確実に腐りはじめていた。下を作り上に立つ事だけを考える詰まらない連中だ。ジャタトリスはそれを利用してこんな結末を用意した。それは大変罪深い事である。けれどそれが無ければ自分も同じように滅びていただろう。
もう声も出ない。脈打つ力も後わずか。そんな彼の前に黄金に輝く青年が歩み寄った。その暖かい光は魔に魅入られた者にとっては毒。最後の灯火のように力強く悶えた。けれど忽然として苦しみは消え去る。残るのはあの頃の思い出。それは決して美しい人生ではない。けれどあの女と過ごした日々は確かに自分の心を満たした。
眩しい光の中に鋏を持った彼女がまたそこに立っている。幻だ。そうに違いない。けれどそれでもいい。涙の代わりに体液を流す。そして歪に変身した肉体が邪悪さを吸い取られ元の形に戻っていく。産まれたままの姿で地面に横たわるジャタトリスは光の中の女に心の底から湧き上がる最期の言葉を言った。
「愛してる。お前を愛してるんだ…。すまなかった…俺の為に…」
虚な目から涙を流しそのまま息を引き取った。幻はかき消えその目線の先にはショウタロウが神器らしき鋏を手に持つ。その錆が彼の神々しい光を浴びてポロポロと崩れる。そして跡形もなく消え去った。何のために生み出されたモノなのか今となっては知る由もない。
するとフェヌクシスが手を前に出す。
「何だ…。その…これからもよろしく頼む」
握手を求めてきていた。この激しい戦いで残っていた黄色い産毛は一本残らず生え変わり真っ赤な太陽のような男に生まれ変わっている。
その瞳はこれから続く神々の戦いに首を突っ込むだけの度胸が備わっていた。
「こちらこそよろしく頼む」
二人の手は固く握られその信頼に多くの言葉を要しない。次はいよいよ魔王国に勝ち込みに行くことになるだろう。そこで待つ強敵は未知数だ。けれど警戒すべきはやはりあの女。闇の魔女シュルパナカー。そしてこの世に未だ顕現する創造神ブラフマーの肉。その先で助けを待つまぁちゃんは無事だろうか。随分と待たせた。やっと助けに行ける。変わらない決意を再認識して兄弟は行くのであった。




