第四十二話 企むジャタトリス
売り込みたい商品が飛び切り良いモノであるかのように営業マンはうわべだけの言葉を並べ立て買い求めるお客の購買欲求を言葉巧みに刺激する。それが商売というものだ。そう理解したならば特に目くじらを立てなくても上手にあしらう事が出来る。例え何物をも貫く悪魔が鍛えた矛を売り付けられたとしても隠された欠点がきっと何処かにあるはずだ。神の造りし盾も同様にだ。無敵や最強と言った最もらしい言葉で見栄え良く見繕っても少なからず力の差があって決定的な優劣があるとズバリ言い当てられたなら明らかな矛盾の追及が出来ると言うものだ。
そこへ破壊力学から見た素材の強度そのものに結論が存在するとそれらしい仮説が立てられるだろう。けれどその常識が通用しない世界観の中ではハッキリとした一つの要因に注目が集まるものだ。意地と意地のぶつかり合い。科学では説明できない神の領域においては何方が覇権を握るに相応しいかそんな下らない矜持で物事の優劣が決まってしまうのだ。
ほぼ全ての覇権争いがそこに当てはまってくるだろう。正義だの平和だのと言った理想郷は心の中だけに存在する。それを実現させる偉大なる人物は己でなければ全くもって意味がないのだ。そんな風に自分自身の運命を呪った男がいた。彼の名はジャタトリス。産まれたその日から永遠の二番手である事を余儀なくされたその苦悩を想像できるだろうか。
二番手ならまだ良い方である。自分なんてたかが一般庶民だ。貧しい暮らしさ。彼にそんな励ましは通用しない。常に手の届く所に眩しい宝が置かれているのだ。それも何と無防備に。悲しい。奴の幸福が悲しいのだ。何故私じゃない。まるで頭を地面に押し付けられているかのようだ。血が繋がっているのだ。差などないに等しい。それなのに…。嗚呼神よ。我が主よ。私はあなたが憎い。あなたは私に死ぬまで奴の下で足を舐めろと言うのか!認めない断じて認めない。そう嘆く男を差し向けられた女は見逃さなかった。
それは狩のときだった。月に数回行われる品のない貴族の遊びのような催しだ。見込みのある野生の神獣を捕まえ凶悪に育てる。そして頃合いを見て自然に解き放ち逃げるその背中を誰が先に仕留めるか。それは神の意志に背いた悪趣味なモノだったがジャタトリスはそういった憂さ晴らしに随分のめり込み、心腐らせていた。けれど今日は調子が悪い。初めて連勝続きの彼に黒星が付いた。他の倅連中に置いていかれ深い森の中で上がった息を整える。その時だ。鬱蒼とした茂みに人の気配がした。
「誰だ…姿を見せよ。我は大公の息子ジャタトリスであるぞ。無礼を働けばどうなるかわかってるのだろうな?」
「そんな恐ろしい事、言わないで下さいまし…」
現れたのは若く美しい鷹神の娘。自分と同じく大人の羽に生え変わる前の産毛だ。けれどその色は青。世にも珍しい深い海のような色だ。その下に隠された極端な凹凸は彼女の美貌の伸び代をより強く強調した。不覚にもそこに見惚れてしまう。込み上がる衝動を抑える事が出来ない。鬱屈した毎日に嫌気がさしていた。その行き場のないフラストレーションが膨れ上がる想いに注ぎ込まれる。気付くと無我夢中でその娘を地面に押し倒し激しく腰を打ち付けていた。
彼女の中で果てた後に押し寄せる深い後悔は、取り返しのつかない現実を呼び起こした。震える手をその細い滑らかな首に当てて無かったことにしようと考えた。やるなら一思いにだ。躊躇はいらない。この一帯は不良である自分達の縄張りだ。見知らぬ女がそこで死んでいたとしてもどうにだって誤魔化せる。大丈夫だ。ジャタトリスは自分にそう言い聞かせて同族殺しという最大の禁忌を犯そうとした。
「早く殺してちょうだい。貴方は自由になれるわ」
そう言われあまりの恐ろしさに咄嗟に立ち上がった。背後の木の幹を背にしてそれ以上の距離を話す事が出来ないでいる。走って逃げることもできたが何故かその女から目が離せなかった。すると上体を起こした彼女はアンニュイな角度を体と首に演じさせ上目遣いで自分の心を見透かしてくる。
「何を怖がっているの。私が欲しいんでしょ?全部あげるわ」
喉が乾く。一刻も早く潤したい。それを彼女なら何とかしてくれる。そんな気がした。それからというものジャタトリスはその甘い言葉の虜となり事あるごとに体を重ね、いつしか根拠のない自信に満ち溢れる奇妙な人柄を見せ始めた。不良仲間とは付き合いが悪くなり、隠れて何かを企んでいると噂されるまでになる。それが後に鷹神一族を破滅に追い込む事になるなどと誰が予想しただろうか。今ならばそれを止めることも可能だっただろう。しかしこの時、大人達の目はこんな不良のことなど眼中になく、次代の王の座を約束された第一王子フェヌクシシスに大衆が注目していた。




