第三十九話 兄弟とフェヌクシスは出会う
遥天空の彼方、大気圏を超えた先。星の衛星に扮して鷹神一族の営みを見守る神の造し機械仕掛けの守護神。その巨体は地上からはもう確認できない。未知の鉱物で固められた強靭なボディーにはかつての闘いで負傷した欠損部が未だ癒えずに残っている。
鷹神の隠れ里に巻き起こった隠匿されし波乱の騒動は今夜、秘密のベールが剥がされようとしている。今こそ報復を成し遂げる絶好の好機。姿を隠していたガルーダは神が誘った使者の存在を察知して長い沈黙を破る。
残された力を振り絞り地上へと一本の光線を発射した。それはまっすぐ一直線にとある点を目指す。やがて地表に届き深く貫いて丁度、フェヌクシスのいる牢の格子を狙って一瞬で蒸発させた。その音はとても静か。実際に目撃したものでなければ何が起きたのか検討もつかないだろう。
「行けと言う事か…」
硬い金属が引き千切れる甲高い音がした。目覚めの悪い同居人2人はその音と眩しさで目を覚ます。彼らが観たのは手足の鎖を引き摺り、月明かりへと進む鷹神の青年の姿だ。それは間違いなく脱走だ。込み上がる胸騒ぎと迷いが喉に蓋をして声にならない。ただ成り行きを見守るのが精一杯だ。これからとんでもない事が起きるだろう。そんな気がしていた。
フェヌクシスは洞穴の出入り口から空を見上げた。とても静かな夜だ。雲一つない。月明かりを遮るものもない。そこに満月があった。けれど黒い小さな点がその真ん中に確認できる。それが徐々に徐々に大きくなっていく。まるで月に穴が空いていくような現象だ。けれどある一定の大きさを超えるとそれは物体である事がわかった。
落下している。いや舞い降りてきている。そう表現したい。何か途轍もないデカさの物体がこの里を目指して押し潰す気でいる。けれどこの断崖絶壁からは逃げる術を自分は疾うの昔に奪われた。だからそれは正しい選択じゃない。逃げるんじゃない。立ち向かうんだ。これはチャンスなんだ。青年は心の植え付けられた屈辱の念とその辛い日々を思い出す。それを晴らさずして逃げるなどあり得ない。
「ここまで来て怖気付いたのか!」
その声は自分だ。恐怖で竦んでいた脚を鼓舞してもう一度空を見上げる。わかる。今ならあれが何なのか…わかる。
「フェヌクシス…お前は運命を背負いしもの…大丈夫、やれる!やるんだ!行くんだ!!」
こんな所で終わるはずがない。俺は今まで何をやっていたんだ。そして今なんだ。あの偉大なるダンダカのように美しい神話のように。俺はもう一度空を飛ぶんだ。翼なんて必要ない。俺は運命を信じる。フェヌクシスは心の中で自分を奮い立たせそして飛んだ。
ゆっくりとゆっくりと滑空するように水平に移動しながら少しずつ彼は落下する。やはり飛ぶ事はできない。けれど恐怖はない。体を通りすぎる風が心地いい。懐かしい空気の匂い。飛んだ時の空の感触。俺はここで死ぬかもしれない。いや…もはや死んだ事にする。だから俺のこの勇気と決意を忘れないでほしい。彼が抱いた思いは確かに届いた。
天空から舞い降りる神の乗り物ガルーダ。そして地上へと落下するフェヌクシス。その影が二つ重なった。その瞬間をずっと待っていた。何者が邪魔をしようと神話は止められない。あの場面はもう一度再現されるのだ。
そして鷹神の青年は降り注ぐ光に吸い込まれて姿を消した。それは静寂の中で行われた。そこに野次馬が集まる余裕すらない。一瞬の出来事だった。けれど牢から恐る恐る出てきた2人の冒険者は確かに観た。後に語り継げられる。ガルーダの新たなる伝説を、そして新たなる英雄フェヌクシスの誕生をその眼に焼き付けたのだ。
一方その頃、ショウタロウ達は彼の放つ黄金のオーラの中でこれからどうするか考えていた。その展開された聖なる領域に邪悪なるものを踏み入れさせない。けれど完全に囲まれている。それは不死身の亡者の如く幾ら致命傷を与えても復活して再び襲ってくる。キリがない。ここから脱出するのは容易い事だ。けれどそれでは意味がない。まだ額の疼きは微かだが残っている。運命はまだ繋がっているのだ。
「しぶとい奴らだ!!押し潰せ!!ここは俺の王国だ!部外者が勝手に荒らすな!」
この状況を作り上げた邪悪の根源が何やら言っている。そしてその手にある錆び付いた鋏は恐らく神器。これはまさか魔王の策略に又もやハマりそうになっているのか。ショウタロウ達はため息が出る。相当に準備が良いようだ。こちらも負けていられない。そう思った次の瞬間、巨大な何かがこの王の間を貫いて彼らの目前に現れる。それは巨大な手。けれど生物のものではない。どちらかと言うと粘土に近い質感。その手は聖域に干渉することなく入っている。そして掌に入口が開く。そこから現れたのは未だ黄色い産毛を残した若い鷹神の青年だった。




