第三十八話 運命を背負ったフェヌクシス
目覚めよ。その声でフェヌクシスは目を覚ました。いつの間にか眠っていたのだ。陽はとっくに落ちて、月明かりが薄らと闇を照らす。そしてまた何処からか声が聞こえる。この牢を共にする新入りの2人は枯れ草を集めお粗末な寝床を作りその上で横になる。けれど寝苦しさに悪夢でも見ているのだろうか。静かに唸り声を発してとても快適とは言えない。しかし自分に囁きかけるその声の主は彼らのものではない。そして返事を求める様にして再び呼びかけてくる。
(目覚めよ)
声は足元より聞こえた。そして気付いた。それは自分の足輪である。ボンヤリと煌めいてその存在をアピールしていた。王家の血筋を示すそのアンクレットは産まれた時から身に着いている神聖な装飾品だ。何より彼のは特別だった。
大昔の出来事、皇太子であったサムパーティは配下の知らせを受けて妻の元に駆けつける。そこで彼を出迎えたのは弟であるジャターユであった。自分より先に駆けつけていた彼は「兄上こちらへ」と言って奥へと案内する。そこには2人の妻がお互いに卵を優しく抱きかかえている。その殻には既にヒビが入り、中で懸命に生まれようと努力する小さな命があった。
共にそれを見守る2人の兄弟は自分達が今日にも父になる喜びを分かち合う。その責任と誇らしさを噛み締めた。そして2つの卵からほぼ同時に幼い雛が顔を出す。温もりを求めるそのか弱い鳴き声は男といえどその涙腺を刺激して大の大人2人がウルウルと男泣きする姿は集まった配下達を大いに感動させる。
そしてお互いの妻が生まれたばかりの我が子のとある部分を確認した。よちよちと忙しなく動く小さな足を優しく捕まえるのに一苦労する。その光景は微笑ましく。誰もが暖かい笑顔を浮かべた。
「良かった。ちゃんとありますわ」
2人の雛の足には間違いなく王家の血筋の証であるアンクレットが生まれながらにして装着されている。その大きさは指輪より小さい可愛いモノだ。すると付き人が自分の出番が来たとばかりにとある古びた本を持ってきた。サムパーティはそれを受け取って目次を開く。ジャターユも傍で一緒に何かを調べている。
そしてとあるページに目が留まった。この本は辞典のようだ。けれどただの辞典ではない。歴代の王族が身につけた足輪の形と色そしてそれが意味する役割が挿絵と共に書かれている。ジャターユはそこに記載された絵の特徴と自分の子のアンクレットに類似性を見つけた。
「これだ。私の子は…これは凄い。兄上。ここを見てください」
そのアンクレットの特徴は銀の棘の鎖と青い薔薇の宝石そして螺旋状の槍。それが意味するところは、文武両道、気丈夫、英悟そして嫉妬。最後を除いてどれもが素晴らしい意味を持っていた。これは大物になる。
「きっと次代の王を支える立派な器になるだろう」
兄であるサムパーティはそう言って弟のジャターユを労った。それと同時に「嫉妬を乗り越えるだけの人格者に育てなければな」と薦めた。全ての王族に弱点はある。コレは過去の特長をまとめたものだ。絶対にそうなるとは限らない。
しかし全てのページをめくり終わってもサムパーティの子が身につけている足輪の特徴を持つ記載は見つからなかった。そこで後ろに控えていた古くからこの王家に使える老いた配下が「失礼いたします。少し見せていただけますか」とそう言って視力の落ちた目で雛の足輪をマジマジと見た。そして「はっ!」と驚き、その反動で過呼吸と心臓の痛みに胸を抑える。
「爺!どうした!!」
側に駆け寄ったサムパーティがその背中を摩ってやり様態を確認する。爺と呼ばれた配下は苦しみながらも「大丈夫です。すぐに治ります」と言って息を落ち着かせた。そして主に気付いた事を耳打ちした。それを聞いたサムパーティは目を見開いて驚きの表情と共に歓喜に湧く。
「それは誠か!爺!」
「左様でございます」
「わかった!すぐにそこへ案内してくれ!」
そう言って興奮を抑えられない様を見せる。妻や弟のジャターユは何が何だかわからない。サムパーティは生まれたばかりの我が子を抱き上げ何処かへ行こうとする。
「貴方!何処へ!」
「観ればわかる!」
それだけ言って皆を連れて爺とその他の配下が何処かへと案内した。そこは長い事封鎖されていた開かずの間。この部屋を開けることが許されているのは国王だけだ。けれどこれは緊急事態。すぐにでも中に入って確認したかった。そしてサムパーティはみんなが観ている前で彼らしくもない乱暴な一面を見せる。
彼はその強靭な足で無理矢理扉を蹴破った。そして中へズカズカと入り指示する。
「カーテンを開けよ!よく見えぬ!」
着いてきた使用人達が焦りながらも急いでこの大広間に陽の光りを入れた。それは部屋を明るくするだけではなくその奥に飾られた大きな壁画にも明かりを差した。一同はその美しさに目を奪われる。
「何という事だ…」
皆の目に映るのは偉大なる始祖。初代国王ダンダカ。そこへ天空を支配する神の乗り物ガルーダが空より舞い降りて神の使命を授ける。その時を写した神話の一場面がそこに描かれている。
そしてサムパーティは我が子と壁画に描かれた初代国王の足輪を重ねた。それは瓜二つ。それは赤く光沢を放ち木目と小さな白い花の模様が彫られたシンプルなデザインだ。けれどそれが意味するのはただ一つ。それは運命。後にフェヌクシスと名付けられたその雛は初代国王ダンダカと同じく運命を背負いし英雄として生を受けたのだ。




