第三十三話 兄弟は疲れ果てる
何のために生き続けるのか。それが問題だ。生まれた理由など知る由もない。全知を持ってしてもそこに答えはない。全能を駆使しても答えに辿り着く術はない。完全である限り満足のいく一生を完結する日は永遠に訪れない。それはとても退屈である。
ならば不完全な生きる者に願いを託して見守ることにしよう。いの日かその未知の先を見せてくれるのだろうか。それとも予想通りの結末が待っているのだろうか。期待は出来ない。けれど他に方法は無さそうである。
シュルパナカーとそれにしがみつく兄弟は減速することなく、そのままの勢いで噴火口に飛び込んだ。黄金のオーラが流れるマグマを押し退けて奥へ奥へと続く道を開いて広げる。
そこは真っ直ぐ下へと続き、ゆっくりと下降する。その奥底に渦巻く混沌を目にした。それは世界が始まる前の姿。無を具現化した神の肉体。見下ろすショウタロウの額にある第三の眼が鋭く見開かれた。破壊神の授けた神力がそれに大きく反応したのだ。そしてそれが何なのかをよく教えてくれた。
「ブラフマー…」
その呟きを聞いたシュルパナカーは仁王立ちのまま左足を少し動かしてぶら下がるショウタロウの注意を引きつけた。
「あんまり長く見るな。食われるぞ」
その忠告のお陰かタイミングを同じくして混沌から首の長い化け物の顎が飛び出して視線を送る獲物をキョロキョロと探し始めた。けれど真上にいる兄弟とシュルパナカーには気付きもせず諦めてまた深い暗闇の中へ潜る。するとリョウスケが尻尾を激しく振って背後の気配に興味を持つ。
「え?何なに?何があるの?見えないよ!!」
シュルパナカーの右足を咥え込んだ状態では体がぶら下がってしまい現状の把握を困難にしているのだ。その代わりにショウタロウが知る限りの説明する。
「ブラフマーだ…。創造神がこの下にいる」
弟リョウスケが返事を返す前にシュルパナカーが何か怪しい動きをし始めた。額の第三の目に手を入れて中から例の神器を取り出したのだ。それはまだ小さな枝切れのようだ。それに彼女が神力を込めるとポコポコと新芽を出して急激な成長を見せる。やがてそこに蕾がついてプラチナに輝く八重咲きの花を一輪咲かす。それはこの世のものと思えないほどの美しさである。けれどそれに見とれることなく。彼女は躊躇する素振りもなく花を摘み取った。そして混沌の中へと投げ捨てる。ヒラヒラと回転しながら落ちていく花を眺めながら呟いた。
「しっかりと捕まりな。楽しい鬼ごっこの始まりだぞ」
そう言った途端。花を飲み込んだ混沌が蠢くようにして波打ち騒ぎ始めた。そして特大の顎を噴出して彼らを瞬時にロックオンする。そこで間髪つけずシュルパナカーは飛んで急上昇した。下からは黒い何かが無数に追いかけて来ている。
「何?!何?!」
事態は急激に変化する。リョウスケは状況を把握できていないままだがショウタロウはしっかりとぶら下がり、その恐ろしい闇を見ていた。
腕や足や顎など、凡ゆる体の部位が形成されては崩壊を繰り返し、何本も混沌の塊から生まれ伸びていた。そして噴火口から脱出するとそれも這い上がるようにして現世に飛び出し姿を現して復活の瞬間を披露した。
その余の体積にヤラカーンの頂上は跡形もなく吹き飛ぶ。蠢く塊はそのまま空中に漂って獲物を見失う。その隙にシュルパナカーは神器で己の両足を切り落とし兄弟を自分から遠ざけた。
「何だと?!シュルパナカー!お前!!」
分断された彼女の足は粉々に崩壊し、チリとなって手からヒラヒラと舞い上がった。そして再びシュルパナカーの元に集まり足を復元する。それが彼女の持つ神力だ。ショウタロウは逃すまいと弓と矢を額から取り出して自由落下しながら標的を定めた。そして神眼によって拡大された彼女の唇が動いて何かを訴える。
(また私を殺すのか?)
そう言っているように見えた。何故か物凄く動悸が激しくなる。本来の自分が矢をいることを拒んでいる。撃てない…。成り行きを見守るリョウスケと共に無力を味わいながらただ落ちていった。
そしてシュルパナカーは混沌を誘い、壊滅寸前の大艦隊へと向かう。そこにはインドラジットが搭乗する最も大きな戦艦が何とか後退しながら巨神群をやり過ごしている。それに向かって彼女は叫んだ。
「帰るぞ!!目的は果たした!!」
黄金の長髪を棚引かせ激しい戦場の間を混沌と共に通り過ぎた。それで伝わったかは定かじゃない。だが何かをキッカケに生存する全艦隊が180度回転して戦場から撤退し始めた。それを執拗に追いかけようとする巨神群をハヌマーンの一声で止める。
「もういい!行くな!!」
それは暗黙のうちに終戦を意味した。夜明けの陽が後に残された現実を包み隠さず露わにする。そこには跡形も無くなった焼け野原と無残に崩壊した山脈。そしてそれを守れなかった哀れな猿神一族と英雄達だ。無念だ。お互いに失ったモノは大きい。
魔王軍は沢山の人命と引き換えに主を取り戻した。猿神一族は偉大なる王と霊峰たる理由を奪われて山の神としての役割を失った。けれどまだ希望は残されている。そこへシータが何かを手に乗せてハヌマーンの元に運ぶ。寝息を立てスヤスヤと眠る幼い子供とただの白い犬。
その正体に偉大な英雄は胸を痛める。まだこんなに幼い子供だ。けれどこの兄弟がいなければ明日は訪れない。ハヌマーンはヤラカーンの更に向こう側を指差してシータに告げる。
「この先に行け…運命がオメェらを待ってるはずだ」
山脈を抜けた先。人跡未踏の地。そのどこかに鷹神の隠れ里があるはず。そこに眠る神の乗り物「ガルーダ」を探し出せ。ハヌマーンはそう伝え彼女に半分に折れた己の神器を授ける。これ以上にしてやれる事は何もない。シータは頷きその足で希望の未来へと向かうのであった。




