第三十二話 兄弟は投げられる
終焉の時、世界は破壊の力に満たされ、そのエネルギーを糧に世はリビルドされた。神々の戦いは実質的に破壊神の勝利で幕を閉じたのだ。そして力の殆どを使い果たした創造神は世界の果てでひっそりと漂った。その力は無から有を生み出す。長い年月をかけて少しずつ影響力を増していった。
何処からが破壊神の仕業で何処までが創造神の気まぐれかは神のみぞ知ることだ。創造物たる万物の霊長、人類生命はただその真実を目の前の事実から見極めるしかないのだろうか。
そして彼らがようやく反応したその時には人類の希望、偉大な英雄は致命傷を腹部に与えられ地へと自由落下していく。
「ハヌマーン!!」
共に落下していく兄弟はその重傷を負ったハヌマーンを何とかその手に掴もうとするが空中では手も足も出ない。
シュルパナカーの持つ神器は何処までも枝を伸ばし、折り曲がり、自在に形状を変えて傷つける刃の方向を定まらせない。そこに死角はない。無敵であった。
「古き英雄もこの程度か…。それとも私が強すぎるのか?なぁ、どうなんだ?」
その疑問は離れていく相手には届かない。そしてシータが落ちていくハヌマーンと兄弟を追って両手で拾い上げる。その掌の上、冷たくなっていく体をショウタロウが抱き抱えた。
「死ぬな!最強なんだろ!!こんな所で死ぬな!」
偉大だった彼は小さくなり、半分は抉られたであろう片腹から大量の血液を流す。それがドンドンと溜まってシータの指から滴り落ちた。その気配に猿神一族は理性を失った。
「よくもハヌマーン様を!!仇だ!仇を取るのだ!!」
巨神となった猿神達の目は赤く血走り野獣のように魔王軍の包囲を突き飛ばし、一直線で英雄の元に駆けつける。これまで拮抗していた戦況が一気に傾いた。巨大な暴力と破壊の権化となった彼らを止められる者はいない。そんな中、猿神の王ヴァーユが静かにハヌマーンの元に現れた。
「おぉ、なんと言うことだ。わしより先に行くと言うのか。この馬鹿息子よ」
「ジジイ…」
ヴァーユは閉ざされた瞼を再び開いた。手を合わせボソボソと何かを呟きながらその瞳が歯車のような動きで回転する。その行動を見たハヌマーンが瀕死にも関わらず焦りを見せた。
「よせ…ジジイ…」
するとシータの手の器に溜まっていた血液が逆再生するかのようにハヌマーンの体内に戻り酷い欠損部がみるみる再生していく。それを見届けるとヴァーユは一言「生きよ。そして使命を果たせ」そう言って輪郭が薄くなり存在そのものがこの世から消失した。その一部始終を見ていたシュルパナカーがつぶやく。
「ほう、あれが理を破った者の宿命か。怖い怖い」
まるで他人事のように言い、焦り一つ見せず余裕の表情である。けれどそんな彼女の前に猪突猛進の如く迫る巨神群が殺意を向けて雪崩れ込んで来ている。
「やれやれ、そんなに殺させるな…疲れる」
シュルパナカーは神速で身を翻し、無傷で巨神をいなす。止まることのできない彼らはそのまま大艦隊と激突した。そして無差別に破壊が繰り広げられる。彼女は思う。
(あれがお前達の神の正体だ)
しかしそれを口にする事はなかった。そのままヤラカーンの頂上、その噴火口へと脱兎の勢いで飛び立つ。
「待て!シュルパナカー!!」
ショウタロウが叫んだ。彼女は一瞬笑顔を見せて振り向いたがそのまま無視して先に行く。そして生き返ったハヌマーンが立ち上がった。
「まだ本調子じゃねぇが俺に任せろ」
ハヌマーンの瞳の中で何か決意のようなものを感じる。疲労困憊で足元が覚束ない。けれどその体に鞭を打ち再び雲を突き抜けるほどの巨体に身を増大させた。そして見下ろしたシータの額を人差し指で付くと「あれ?」と彼女が言う間に巨神から元の大きさに戻す。そこから兄弟を合わせた3人を手に掴み。大きく振りかぶってシュルパナカーの向かう方向へと全力で投げ飛ばした。
「ぎゃーーーー!!」
シータは突然のことで絶叫する。けれど並んだショウタロウとリョウスケをふと見ると彼らの視線は一直線にあの女を目で捉えていた。そして考え、自分の役割にたどり着く。
「ここからは私が!!」
覚えたての猿神一族の奥義。そこに導いてくれた師匠は己の命を使って使命を堂々と果たした。その思いを。引き継いだバトンを。今、私が持っている。それを更に先へと繋ぐために私はここにいる!!
シータは有りったけの神力を搾り出し再び巨神となる。そしてハヌマーンがやったように兄弟を手で掴むと、同じようにシュルパナカーの元へ全力で投げて見送った。そんな2人は弾丸のように一直線で飛び更に加速する。先へと向かう等の本人も流石の気配に振り向いた。その目前にはもう兄弟の姿があり。手を自分に伸ばしている。そしてとうとう追い付いて、彼女の右足に弟リョウスケが齧り付き、左足を兄ショウタロウが掴んだ。けれど特に焦って振り払う事なく、何かを悟ったようにヤラカーンの噴火口を真っ直ぐに見つめた。
「良いだろう。お前達にも見せてやる。我が一族の執念と覚悟をな」
シュルパナカーは案内する。果たしてそこで待つのは兄弟にとって恐るべき真実なのか。それとも哀れな事実なのか。その判断は二人の手に委ねられた。




