第三十話 兄弟と頼もしい仲間
事実は一つだが真実は無数にある。考え方、文化、宗教。生き方が違えばその者が信じる真実も他者とは似て非なる個別の個性を持つだろう。幸せとは何か。それが彼女の人生に不可欠なピースであった。
結婚、出産、子育て、お金、容姿。世間的に幸せの基準とされる定義は必ずしも幸せに直結しているというわけではない。それはあくまで要素の一つであり、シータにとって最も大切にしなければいけないモノとは何だったのか。
彼女は一つの答えに辿り着いた。故郷という狭いコミュニティの中でそれに気づく事は容易ではなかった。けれど今ならわかる。幸せは足し算していくものではないく、不幸を人生に取り込まない事。その心掛けが大切であった。今自分は、生死を左右する本当の戦場にいて死より恐れる不幸はない事を目の当たりにし実感している。けれどこの場には結婚をするかしないかと問う両親もいなければフィアンセ候補を品定めする近所住民も女友達もいない。容姿の醜美を仕分ける者もいなければ、貧富の差を比べる者もいない。
そんな人達からしてみれば、現状の私の境遇を生きるか死ぬかの選択しか用意されていない不自由で大変不幸な状況に思うかもしれない。けれど死を選べばそこで終わり。彼女は自信を持って生きることを純粋に選ぶのだ。この死が齎す最大にして最期の不幸を幾ら僻んでも何も産みはしない。
生き残った先に本当の幸福。本当の自由が見えた。自分はそれを望み、努力とアイデアの創出を惜しまないだろう。好きな事だけに人生を賭けて生きていたい。それを愚かだと揶揄する者を私はもう責めないし相手にもしない。そこに人生のほんの僅かな時間を割くことこそが不幸なのだ。
シータは思った。好きな人のため、救いたい人のため、喜ばせたい人のために私は生きて戦う。諄いがそのための努力とアイデアの創出を私は惜しまないだろう。それが誰かを助け励まし勇気づける。これ以上の幸せはないと思う。そんな人生を振り返りながら私は生きて最期を迎える。そう信じている。
今この場に一人の英傑が生まれた。やがて彼女は英雄になるだろう。決して一人ではない。勇敢で頼もしい仲間と共に希望へと邁進する。神話にまたもう一つの物語が刻まれた。彼女の生き様はやがて人生に悩む人々の心の救世主になるだろう。今はまだその序章に過ぎない。
「コラ!ハヌマーン!!そんな所でメソメソしてんじゃない!ほら!いくよ!そこの二人も!」
シータは叱咤を飛ばし途轍もないオーラを放ちながら腕を組んで最前線へと出る。彼女は猿神一族の奥義、飛術を会得し宙に浮く。そして喝を入れられキョトンとするハヌマーンは兄弟と目を合わせ何かワクワクするような胸騒ぎをアイコンタクトで共有した。自然と頬が吊り上がり笑顔になる。
「すまねぇ…ダッセェ姿見しちまったなぁ。…おっし!!この無敵のハヌマーン様に悲しんでる姿は似合わねぇ!」
ハヌマーンは自らを奮い立たせて元気を取り戻した。そしてどこに隠していたのかと思えるほどの爆発的な神力を全身に漲らせる。更にもう一度巨大な姿になり、兄弟を自分の肩に誘う。
「ほら?お前らも乗んな?」
4人は最前線に立つ。するとシータが意気込んで言う。
「私も負けてらんない!観てて!」
うら若き娘には似合わない野太い気合の声を発したかと思うと彼女の体はみるみると巨大化する。それはハヌマーンより頭一つ小さいところで止まった。シータは息を切らしながら「どう?凄いでしょ」と顔をショウタロウの至近距離まで詰めて言った。とても得意げである。
そしてタイミングを同じくして敵の全主砲が最前線に立つ4人に向けられた。最後の忠告が告げられる。
「止まれ!それ以上近づけば撃つ!これが最後だ直ちに降伏せよ!」
ハヌマーンは舐めてかかるように鼻の穴をいじり特大の生産物を取り出した。それをデコピンで一発弾くとそれはそれはよく飛んで大艦隊の一隻にへばりついた。その瞬間。無数の弾幕が間髪入れず発射される。
「あのクソどもを蹴散らせぇ!発射!!」
通信を切ることも忘れるほどの怒りが魔王軍の内情に齎される。彼らのメンツは完全に潰れた。こちらを完全に殲滅する気である。けれど猿神一同余裕の表情である。彼らにも策があった。するとハヌマーンが声を張って言う。
「ジジィ!頼む!」
ジジィ呼ばわりされた猿神の王ヴァーユは「やれやれ」と曲がった腰で手を組みながら言った。その細く閉じられた目が睨みつけるようにしてカッと開いた。するとこちらに迫っていた全弾丸が目前で停止する。そのあまりの静けさで時が止まったかのような錯覚を覚えた。しかしヴァーユが瞼を閉じるとそれらは地上へと自由落下し始める。
「いやぁー!スンゲェなぁジジィ!助かったぁ!」
「はぁ。ワシは少し…休むぞ…」
そう言ってよろよろと後ろに後退する。急場は凌いだ。これは何度も使える手ではない。けれどこれで魔王軍も戦い方を変えるだろう。今度からは白兵戦が予想される。案の定、敵艦隊から人型の戦闘兵器らしきモノが出撃している。4人は武器を構えて突撃した。
「行くぞー!!」
英雄の発したその叫びが合図となり猿神一族と魔王軍が一斉に前進を始める。数は魔王軍が圧倒的に有利。しかしそれを補って余りあるのが神の使徒という存在だ。どちらとも熾烈な戦いが予想されるのであった。




