第二十九話 兄弟はキャッチする
神々の時代に勃発した権力闘争。破壊神と創造神の熾烈な闘い。人類はまだ誕生して居らず、原初の生物だけがその歴史的瞬間を体験した。巨神が大地を踏み荒らし支配し巨大な神器を携えて激突する。その力は世界を粉々に砕き終焉が訪れる。そして肉体を失った神々は死ぬことさえできず空間に漂う理となって世界を再構築した。
大陸北部、ラムダス教発祥の地、聖地エルドサレスにモンソロ神殿が大切に補完されている。その中に神代最期の場面が壮絶に描かれた貴重な壁画が残されている。歴史的にも芸術的文化財としても人類史上の最大の宝と言って良いほどの価値があるだろう。
その絵の中に登場する巨神達は皆、人の身体を持ち獣の顔で描かれていた。まるで獣人を象った風貌である。そこに一柱、猿の巨神がいた。それは破壊神側に立ち赤い槍を天に突き出して構えている。その矛先から陽の光が地上に降り注いで陰を後退させていた。壁画の端、創造神の玉座の裏で混沌に潜む暗闇の住人が眩しさで目を塞いでいる。その光に照らされた両手は青い肌をしていた。
そして現代、猿神の英雄ハヌマーンはその神話の出来事を再現するかの様に天に向かって巨大なヒヒイリカネで創造された聖なる神器、如意金箍棒を高く突き挙げて掲げた。それは大気圏を突破し宇宙空間にまで届く。そして夜の世界を日中の如く照らす。
けれどその神々しい振る舞いを目の当たりにした魔王軍は怯むことなく壁画に書かれていた混沌の住人のように眩しさに目を逸らすこともない。むしろその光景を目に焼き付けて瞬き一つせず眼を見開く。そして最後方に位置する最高司令官の搭乗する一隻から格別な想いを孕んで唸るように命令が下った。
「今だ!!時空障壁展開!!各員、衝撃に備えよ!!」
その直後、陽の光を最大限に吸収した矛先から視界を真っ白に染める眩い日が魔王軍に降り注いだ。それは神のイカズチ。インドラの矢。様々な呼び名で語り継がれる神の裁きの如くである。
目視による情報の一切が遮断され世界が壊れていくような不安を煽り付けるけたたましい音だけがその凄まじさを知らしめている。一体何が起きているのか。光が過ぎ去ると魔王軍が居た前方数十キロメートルにわたって一直線に地面が抉られ半円状に彫り込まれている。高熱で焼かれメラメラと蜃気楼を立たせその破壊力をまじまじと見せつけた。
そして1000隻以上の大艦隊は姿を消し跡形もない。勝った。圧勝した。そんな呆気のない物足りない感覚が油断を誘う。案の定、前方に変化が起きる。景色が風に揺らめくカーテンのようにゆらゆらとし始めた。次第に激しくなり空間が砕け散った。
すると崩れていく景色の向こうに無傷の大艦隊が姿を現した。それはハヌマーンが齎した超破壊の結果をまるで無かったモノとするように依然と浮かんでいる。
空から何かが落ちてくる。それは力を使い果たして小さくなったハヌマーン。そして巨大な隕石のように落下するヒヒイロカネの矛。兄弟はその英雄をキャッチしたが、さすがにもう一つは無理だ。そのまま大地に深く突き刺さり、大地を波打たせ未曾有の大地震を引き起こした。それは端から端。大陸全土に轟いて響いただろう。その被害は尋常ではないはずだ。
ハヌマーンはすぐに意識を取り戻す。何とか自力で飛び、情けなさで顔を右腕で隠した。
「オラの最終奥義が…」
通用しなかった。魔王軍はハヌマーンがこの技を一番に仕掛けてくる事を見越して既に対抗策を開発し即座に実戦で成功させた。
敵の大将、最高司令官にして魔王の息子インドラジットは強かで思慮深い魔人だ。現存する歴史の中からあらゆる証拠を検証し事実に基づいた神学の研究成果を数多く残している。その努力が今こそ発揮される。彼にとってあらゆる神力は対策済みだ。抜かりがない。
そして大艦隊から頭が割れるようなハウリング音が鳴り響くと、安定して誰かが話し始めた。
「古き神獣の一族よ!無駄な抵抗をやめ!直ちに武器を捨て降伏せよ!そうすれば我ら魔王軍はお前達を快く歓迎し客人として迎え入れる!だがもしも拒否するならば女子供問わず悲惨な目に遭うだろう!さぁ!!正しい選択をするが良い!!」
けれどその言葉は一切、彼ら猿神の一族の心に響くことはなかった。最後の一人になろうともこの地を守るため尊く死を選ぶだろう。彼らの瞳はただ真っ直ぐに敵を見定め、突撃の合図を待っていた。するといつの間にか兄弟の背後に猿神の王ヴァーユが立っている。
「フォフォフォ。間に合ったようじゃの…」
その余裕の笑みの裏からしばらくの間離れていたシータが現れる。彼女は常人には発することのできない神力による凄まじいオーラを放ち自身に満ちた瞳でショウタロウとリョウスケを見つめた。
「お待たせ。どう?昔の私とは一味も二味も違うよ。試してみる?」
そこには、かよわい街娘の面影を少し残しつつも頼もしく頼りになる強い女性に生まれ変わったシータの姿があった。彼女は兄弟の戦いに加勢出来るだけの力を得て今こそ自分の殻を破ろうとしていた。




