第二十六話 神の番狂わせ
死者の復活はあらゆる信仰の中で最も忌むべき行為とされ神の教えに従えばもちろん禁忌に分類されるだろう。神々以外が永遠の命を手に入れることなど許されるはずがないのだ。けれど魔王ラヴァクシャだけは例外だった。どういった手を使ったのか。それは定かでは無い。だが彼は創造主によって神も悪魔も殺せぬ不老不死にして最強の肉体を授けられたのだ。主より下位の神々は黙認するしか無いだろう。
もはや誰もラヴァクシャの覇道を止められない。その歩みに懸命に抗う人類は結局のところ魔王の野望達成を遅らせる程度にしか成果を出していないのだ。世界が完全にその掌に収まるのも時間の問題だった。
運命の神と言えど一度現世を去った者がもう一度、運命の表舞台に登場することなど想定もしていない。良い流れにも悪い流れにも一定の調和を齎すのがその役割だからだ。死は生命の完結であって、もしその物語にセカンドライフがあるとするならばそれは残された子孫にバトンが託されるのが望ましい。
いつまで経っても現役を離れない老人が若者の進むべき道を塞ぐことがあったとすればその世界は目に見える地獄と化すだろう。世は無限ではない。限られた環境と限られた資源を全生命で共有しているのだ。それを己の身可愛さに独占しようとする者が現れたのならそれを排除するのが自然な流れではなかろうか。もしそうでなければ世界はパンクして滅び去る。
そんな事態を未然に防ぐため神々が定めた工程とスケジュールは創世記から終焉まで緻密に描かれている。それが予定通り進んでいるのか、常に監視し時には信者を使い介入と調整を図る。全ての神が全知全能とは限らない。大半はその役割に能力が振り切った神がかりな存在ばかりだ。故に神にも知り得ない番狂わせはその時代から遠い未来に至るまで修復不可能な歪みを産んでしまうだろう。
復活した闇の魔女シュルパナカーの存在がその歪みを撒き散らす。世界を管理するシステムに住み着くバグそのものになった。そんな彼女はなるべく現世の人々と接触しないように単独で霊峰ラヤカーンを目指す。そこは神々に己の存在を知らしめる特別な舞台として用意されている。必ずその面を拝んでやる。自分を殺した相手がどんな表情でどんな反応をするのか、是非とも見てみたいものだ。そんな想いを抱いていた。
シュルパナカーは身支度を済ませる。見送りに来た彼女の狂気的な信者達が何百人と整列し敬礼のポーズをとっている。その先頭に立つ族長。頬は未だ痩せこけているが随分と顔色が良くなっていた。
「シュルパナカー様。我ら一同。いつまでも貴方様の帰りをお待ちしております」
彼女は「あゝ、何とか戻ってくるさ」そして小型の高速飛空船に跨る。それはバイクのようでもあるが箒のような特徴も持っている。その姿は幼い身と相俟って現代の感覚からすれば魔女見習い、或いは魔法少女。側から見てそんな風な印象を持つのではないだろうか。そんな幼女が身一つで旅へと出る。それは生まれて初めてのお使いにしては過酷すぎる試練であった。
その頃、霊峰ラヤカーンの秘境に潜む猿神の郷は騒然としていた。何故なら望まぬ部外者をあの男が集落に連れて来たからだ。けれど彼を責めることはない。彼は純粋で優しい世間知らずだ。それを何百年も続けていられるほどの天然属性の持ち主でもある。
「コイツはよぉ。悪ぃ奴だけど。多分悪さはしねぇっから暫くここに置いとくぞ」
飛んできたハヌマーンは何一つ疑うことなくそう言った。そして集落のど真ん中にポンとその人物を置いてその場を去っていく。彼が殆どこの山と森から出ないと言っても同じ場所に長くは止まれない性分なのかもしれない。今日も日が暮れるまで空のパトロールが続く。その飛び姿はステレオタイプのヒーロー像そのものだった。
ゾロゾロと猿神達がそこに集まる。雑に置いて行かれたのは見知らぬ魔人だ。皆、誰だ誰だと腕を組んで頭を捻る。恐らくこの戦に加担した敵であるのは間違いないが英雄が連れて来た客だ。無碍にしずらいところがある。怪我はしていないようだが見窄らしい殆どの破けたボロボロの服装から可哀想な雰囲気を醸し出している。すると、一人の猿神のお婆さんが茶飲みを持って現れた。
「敵といえどハヌマーン様の客人だ。どうぞお疲れのようですので、お茶でもどうですかな?」
それを渡された魔人は震える手でその茶飲みを受け取るが緊張のあまり取りこぼしてしまう。案の定、それは地面に激突し割れてお茶と破片が散らばった。
ヤグナースは恐怖のどん底に陥っていた。何故なら強烈なオーラがこの集落全体から溢れ出ているからだ。そしてあの婆さん。ヨボヨボでとてもか弱い雰囲気を演出していたが至近距離で対面し悟ってしまった。ここの住人は総じて最強だと言うことを。




