第二十二話 兄弟は猿神の王と出合う
山頂は神の鼻の先。それは数百年に一度息を吹き返す。猿神の王ヴァーユは要領を得ない一言から語り始めた。兄ショウタロウは「何を言ってるんだ爺さん」と話途中に割り込む。それを無言の掌で静止した後「まぁ聞きなさい」と言って話を続ける。
「神は明日、お目覚めになる。そして閉ざされた入口をお開けに成られるであろう」
予言でもしているつもりだろうか。愛らしい犬の仕草で弟リョウスケが頭を捻り「全然わかんない。ねぇ、にいちゃん今のわかった?」と兄に助けを求めた。問われた兄ショウタロウは腕を組み真剣な顔をして見せた。けれど何も言わず無言の圧を纏う。それは不機嫌を態度に出しただけだがヴァーユはそれを深読みした。
この黄金の頭髪を持った青年は選ばれし神の使徒。これだけの情報を与えれば必ず答えにたどり着く。みなまで言わずとも理解するだろう。白猿のジジイは勘違いを起こしながらほくそ笑む。
「そうかそうか、流石じゃ。わかってくれたかのぉ…」
蓄えた白い髭を丹念に撫で回し満足げに頷いた。兄ショウタロウも同じく一、二度頷き、一言「全くわからん!」と自信満々に答えた。ヴァーユは高まったはずの期待がハズレ、愕然と体の力が抜ける。
「なんとまぁ…」
とんだ大物が来よったわ。兄弟に無知への恐れを微塵も感じられない。神は何故この者達をお選びになられたのか。先が読めない。するとシータが珍しく会話に割り込んで堂々と答えた。
「え?今のでわかるでしょ。普通…」
シータの発言にヴァーユは初めてその小娘に意識を向けた。何一つ力を持たないただの人。てっきりこの二人の趣味か何かだと思っていた。人の嗜好にあれこれケチを付けるような野暮な事はせぬ。だがそうではないらしい。少しこの娘に興味が出てきた。発言を促す。
「娘よ。おぬしにはわかるというのかね?」
「うん、まぁ。つまりあれでしょ…」
ヴァーユの代わりにシータが噛み砕いて説明する。この森と山は神話に登場する聖域。彼女の祖国サヘラで語り継がれている伝説にそんな山が登場する。英雄サヘランはそこの山神の元で厳しい修行をした後に神の加護と強大な力を得た。そして伝説の神器如意金箍棒と山頂を授かり、故郷で悪さをする魔人を大穴に突き落とし山頂で蓋をして封印した。そんな話をシータはざっくりとそう説明した。
「って事があって。だから私、思ったの。この山はテッペンがないのかなって。それで噴火とかして、火口が入口になるとか…」
そう言ったシータが突然青ざめる。つまりそいう事だ。ヴァーユは彼女が最後に示した理解を肯定する。
「その通りじゃ。もうすぐこの山は火を吹く。それは封じ込められた怪物の力を吐き出させるためじゃ。その一瞬に隙ができる。魔王もそこを狙っているのであろう」
という事はこの集落は明日にも噴火によって飲み込まれ避難しなければ全滅することを意味している。弟リョウスケは平然としているヴァーユに疑問を持ち質問した。
「それじゃ、みんな死んじゃうよ。逃げないと…」
ヴァーユは首を振って否定する。
「ワシらは逃げぬ。この森に生まれ生かされそして時が来れば死ぬ。じゃが安心せい。噴火程度じゃワシらは死なぬ」
フォフォフォと高笑いし、悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして突然、胡座をかいたまま宙に浮く。驚く3人を揶揄って楽しんでいるのだ。そして言った。
「どうじゃ?これが我が一族の力の片鱗。そこの娘。ワシの元で力を試して見ぬか?」
急に何を言い出すのか。兄弟は話について行くことができない。けれどシータは違った。何か想うことがあるにだろう。その瞳に力と決意が宿る。何故ならあの伝説の英雄サヘランと同様。山の神が鍛えてくれると言っている。彼女はそう捉えた。
超人的な体力を持つ二人の旅に必死についていく中で本当は限界を感じていた。だから自分も選ばれし者の一人になれるかもしれない。猿神であるヴァーユが自分を見定めてくれている。そこに賭けるしかない。シータは悩む前に体が先に動く性分だった。そして、兄弟とは一旦別れることになる。
その頃、隣の山に陣を構える魔王軍は未だ本命を押さえることが出来ず鬱積していた。作戦の指揮を任されたヤグナースは怒りを爆発させる。
「歯痒い!お前たちはそれでも戦士か!カルトスまで貸してやったというのになんたる様だ!」
多脚戦車カルトス。それは魔王軍が誇る汎用型制圧兵器だ。あらゆる過酷な戦場の場面をその分厚い装甲で突破し強引に戦況を有利にする。その性能は過去の作戦で幾度も証明され世界の軍事的要所を強引に制圧しその脅威を知らしめた。しかしこの聖域に至っては本領を発揮できずにいた。
ヤグナースの元に配属された部隊は魔王正規軍ではない。属国にされ無理矢理出兵させられた多国籍軍の部隊だ。その士気は低い。だが戦況がうまくいかない理由は他にもある。魔王は猿神の一族の実力を見誤っていた。何故ならこの森には本当の英雄がいた。その英傑が今、赤いヒヒイロカネの槍を携えてやって来た。




