第二十話 兄弟は仲間を得る
神々の時代はもう終焉を迎えた。全知全能の争いに勝敗などない。世界は何度もやり直されてきた。現代は英雄と人が歴史を刻む。神は常に観客に徹する。プレイヤーの権利は次代の英傑達に託された。そして人がその活躍を記録する。その物語の中で英雄は永遠に生き続けるのだ。神々を未来永劫楽しませる愉快なゲーム。その結末。それが神話である。
兄ショウタロウは拾い上げた矢を構え弓を張り詰めさせる。第三の眼が見開かれ神々しい力が全身を覆い、眩い光を放つ。魔王はそれを微動だにせず見定める。この力が本当に己を脅かすほどの存在なのかをその眼に刻むために。
標的は巨神の胸にあるもう一つの神器。そして矢は放たれた。それは放物線を描かず、ただ真っ直ぐに凄まじい速度で空間を切り裂く。魔王は不覚にも一瞬反応が遅れる。だが未知の力で体だけが反射的にその矢を掴んだ。けれどその手が見事に爆散する。
今度は魔王自らの意思で二つ目の腕を使って何とかその矢を掴む。しかしその手も一瞬で蒸発した。未だ推進力に衰えを見せない。それを予感していたかのように三つ目の手が後ろで控えて掌で受け止めた。やはりそれも溶けて無くなる。さらにその後ろで残る最後の手に衝突した。これを突破されれば魔王の敗北が決まる。けれど肉が焼けるような臭いと煙が立ち込めるだけで中々貫通しない。強烈な推進力はとうとうそこで殺されてしまう。そして骨が露出した掌で矢は遂に止められてしまった。
巨神はその場に膝をついた。息を切らし地面が沈み込むような汗の水溜まりを作る。仮初の肉体とは言え、かなりのダメージを受けた。だが魔王は勝利した。その事実を漏らす。
「流石は邪神の使徒。見事だ。しかしその程度では私は殺せない。残念だったな」
兄ショウタロウは目を細めた。力不足。なんとなくそれを予感していた。もし一人で魔王をこの手で倒せるのなら神がわざわざ仲間集めなどさせはしないはずだ。役目は十分に果たした。身を華麗に翻しその背後から前傾姿勢のシータを乗せた弟リョウスケが黄金に輝く毛並みを靡かせ神速で突進する。狙うは胸の神器一点のみ。もはや巨神の肉体にそれを受け止める力は残されてはいない。
魔王は刹那のうちに胸の風穴を見た。その向こうに棒状の神器を咥え込んだ犬神が一体。そして目を回す半端者の猿の小娘。魔王は頬を吊り上げ久方ぶりの闘争心に血を沸かせていた。
「素晴らしい!胸躍る楽しい余興だったぞ!先ほどの言葉は撤回させてもらう。お前たちは束になる未熟な使徒共だ!もっと力をつけよ!そして我をもっと楽しませるが良い!次の聖地で待っているぞ…」
巨神の肉体が腐り、崩れ落ちていく。魔王はとっくに繋がりを絶ちこの場にいない。荒れ果てた土地と崩れた建物の瓦礫でフボの街は神災に見舞われた。そして彼らを苦しめるのはそれだけではない。セーフティポイントの恩恵はこの日失われてしまった。今夜にも新しく生まれる怪物が住民を襲うだろう。何百年と続いた平穏はその備えを疎かにしている。傷ついた民にそれに抵抗する術は同時に失われていた。
シータは家族の安否を思い震える足で進む。そして沈み込んだクレーターへと駆け出した。生まれた時から住んでいた我が家。その中にいたはずの家族。それが跡形もなく消えてしまった。
彼女は膝から崩れ落ちて泣き叫んだ。父とは喧嘩をしたまま仲直りも出来ず。もう会えない。それはシータの胸に深い傷を作ろうとしていた。けれど後ろからこの世に居ないはずの父の呼ぶ声がした。
「シーター!!」
幻聴か。けれど確かに聞こえる。シータは顔を上げ大粒の涙をばら撒いて振り返った。そこには顔に包帯を巻いた男。しかしその丸太のような腕。逞しい肉体。その姿を見間違える事はない。それはきっと父だ。傍に微笑みながら涙を流す母とおばあちゃんがいる。家族全員が無事だった。住み慣れた家を失ったのは辛いけど家族がいれば何も怖くない。彼女は立ち上がり父の胸に飛び込んだ。
それから数日。フボの民は大変な目に遭っている。取り返しのつかない痛手を負った。けれど何とか活気がある。長い復興作業が続いていた。サヘラ王国は経験したことのない未曾有の怪物騒ぎで手を焼き、支援の目処は立っていない。住民だけの手で立ち上がるほかなかった。
けれどフボの街には英雄がいた。これ程心強いものはない。彼らの認識は復活した魔人を倒した英雄サヘランの生まれ変わり。民はそんな兄弟に救いを求め跪いて祈りを捧げた。
二人はその声に応えるようにして神力の無駄遣いを惜しまず罪を償う代わりに復興作業と怪物の討伐を手伝った。そして余裕を得たフボの領主はいままで疎かにしていた怪物対策のノウハウを買い付けて街の防衛強化に努めている。その助言を兄弟に求めた。しかしその召喚には応じず、夜明け前に人知れず去ろうとしていた。
「ねぇ、にいちゃん。これで良かったのかな」
「さぁな。俺達は精一杯やった。そういう事にしよう」
この地で手に入れた神器は力を失いただの錆びた鉄の棒のように草臥れている。新たな仲間はどこにいるのやら。すると人の気配を感じてその方向に視線を送る。その者は観念して姿を現した。
「ちょっと待ってよ!」
それはシータだ。彼女は街娘のワンピースを脱ぎ、まるで旅人の様相でそこにいる。何が言いたいのか言わなくてもすぐにわかる。兄ショウタロウは聞いた。
「今度こそ死ぬかも知れないぞ」
「それで貴方は旅を止めるの?」
逆に聞き返されてしまった。けれどそれもそうだと思った。自分の死など大事な人の死に比べれば大した事はない。それを再確認した兄弟と自分の意地で着いていく一人の娘が人類の存亡を賭けて旅に出るのであった。




