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第十七話 兄弟は囲まれる


犬の嗅覚は人の一万倍もあるという。犯行現場に残された僅かな匂いも嗅ぎ分けて特定の人物を割り出す事が出来る。けれど普通のワンコロに言葉を交わすことは出来ない。その優れた能力で得た情報は必然的にここ掘れワンワンと限られた手段で伝える他ないのだ。けれど犬神となった弟リョウスケは一味も二味も違った。


「にいちゃん。この人、知ってるよ。一つはねぇ。あのお姉ちゃんなんだけど…。もう一つは…」


シータの部屋に荒らされた形跡はない。寧ろ身支度をしたかのように偽っている。それは完全犯罪。けれどリョウスケは断言した。彼女と一緒にいるのは先日戦ったあのブロディとか言う男である。アレで死んでいないとは凄まじい生命力だ。きっと自分達を恨んでいるのだろう。何をしでかすつもりなのか。臭いを辿ればきっと助ける事が出来る。宿の主人は奥さんに連れられて治療院に向かった。不運が重なっている。他人事の気がしなかった。そんな兄弟に宿のおばあさんが言う。


「参ったねぇ。あの歳で家出なんて困るねぇ」


シータの家族は攫われたとは思っていない。家出はこれが初めてじゃないのだろうか。しばらくすれば帰ってくる。そう思い騒ぎ立てることはしなかった。けれど兄弟は事態の重さを何となく理解していた。運命が自分達を誘っている。額の疼きがそう教えてくれていたのだ。これ以上心配を掛けてしまうのは気の毒だった。2人は黙って宿を後にする。


ブロディとシータの見えない痕跡を辿って街を歩く。日の出が始まったばかりの夜露が溶かされていく匂い。そんな湿っぽい空気が肺を満たし心を落ち着かせる。そこへ玄関のゴミを箒で攘う見知らぬ街娘と目があった。それは麻痺したかのように身動き一つしない。その前を横切り目線が途切れると途端に喜声を上げた。


「キャー!!ショウタロウ様よ!」


彼女は無意識に仲間を呼んだ。すると独身の街娘らが「どこぉ?!」とブンブン首を振って探しながらわらわらと湧き始める。兄弟を見つけては家を飛び出した。一瞬にして伝わった風の噂を聞きつけて遠くから女性陣が怒涛のように兄弟を追い詰め囲う。これはもはや狩だ。獲物を確実に捕えるための囲い込み漁だ。2人は中で揉みくちゃにされながらどうにか脱出の方法を考えた。


すると女性陣の股下を潜って1人の子供と白い犬が出てきた。不信に思った女が振り返ってそれを見つける。その子供はブカブカの服を着て顔はキスマークだらけの変な子だ。けれど今はどうでもいい「なんだ子供か…」とそれだけ言って興味をなくす。そして再び集団の中心にいるであろう、時の人に一目会うため、手を伸ばし人の波を掻き分けに戻った。最後に中心部に居た女が遂に叫んだ!


「居ない!!ショウタロウ様!!何処に行ったの!!」


集まった全員が「え?」という声を漏らす。何処かへと逃げられた。けれど誰もそんな姿を見ていない。この鉄壁を誇る肉の包囲網からどうやって逃げたのか。やはり只者ではない。不完全燃焼。女性達が溜まりに溜まったリビドーの向け先を失ってしまった。(いき)るような感情だけがその場に残り「はぁ…」と一斉にその場にへたり込んだ。嘆かわしくも追い詰めたあの兄弟は既にこの場にいなかった。


一方、兄弟は子供の姿のまま捜索を続ける。側から見れば薄汚いホームレスの孤児が犬を連れて歩いているように見える。トラブルを嫌う住民は見て見ぬふりをして相手にしなかった。そのお陰かスムーズにとある場所に辿り着く。


ここはサヘラ王国フボの街にある魔王国大使館。ブロディはここの大使なのだ。そんな所にシータを連れ込み堂々と監禁していた。しかしこの中に入ってしまえば法で裁くことは困難だろう。絶望的だ。けれど彼女はそんな事で諦めるような器ではなかった。


「ちょっと!!早く出しなよ!!これ犯罪だからね!」


どんな状況でもシータは強気でいた。真っ直ぐで向こう見ずな性格が彼女をそうさせていたのだ。それが自分の強みでもあるが今は人質の身だ。手足を鎖で壁に繋げられ思うように身動きが取れない。にも関わらずその行動は無謀としか言いようがなく良い結果は得られないだろう。案の定ブロディはキレた。


「黙れ!この半端者が!今すぐここで殺してやろうか!」


獣の姿に近い他の獣人と体毛の薄い裸猿のハーフは半端者と揶揄される事がある。それは明らかな差別用語だがこの時代においてそれを配慮する社会的マナーは未成熟なまま次代に持ち越されている。もちろんシータはその言葉を言われると傷つくし火に油だ。


「誰が半端者だ!!アンタこそ不健康そうな青肌の魔人のくせに怪物崩れのくせに!何が覇権国家だ。この卑怯者め!!」


それも火に油。お互いが触れてはならない人種的コンプレックスに遠慮のカケラもなく炎に薪を焚べた。2人の感情は怒りで燃え上がる。それは最悪のシナリオに向かっていた。ブロディは剣を抜き取り切っ先でシータの首元に軽く触れる。細く赤い血液が胸元を伝った。


「卑怯者だと?それはお前達への言葉だ。我らを絶望させた報いだ。天罰だ。お前はもうここで死ね…」


その剣がシータの細い首に押し込まれようとしていた。彼女は目を瞑り覚悟する。けれど風を切る音が聞こえた。破裂音と共にブロディは腕の感覚を失う。叩きつけられた金属音で剣が壁に打ち付けられた事を知る。そしてそれを握っていた腕も一緒に。


何が起きたのか。理解が追いつかない。ただブロディは壁に刺さった黄金に輝く矢を観た。それは神だけが持つことを許される神器に他ならない。強烈な痛みと共に異次元の恐怖が彼を襲うのであった。

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