第十五話 兄弟はモテる
先月はジョッジ、先々月はカブソ、そして今月は…。恋多き女とはモテる女の意味ではない。むしろすぐに捨てられる女性のことを指す言葉だと思う。シータは少し他の人より恋に落ちやすい、ただそれだけだ。何せこれまで一度も浮気などした事がなかった。
彼女は男に尽くしすぎるのだ。そして男を見る目は最悪だった。面食いで少々優しくされれば簡単に落ちる。そんなイメージを地元の若い衆に持たれていた。
それはあながち間違いではない。ただアンバランスなガードの硬さ故に彼女の評価を下げていた。シータの前に現れる男は決まってその体目当てである。持ち前の長い足とスラっとした体付きは多くの男性陣を魅了する。だが彼女の全てをものにした男は誰一人としていなかった。
シータは言う。結婚してくれないと絶対ダメだと。それは頑なでキスもNGであった。やがて物足りなくなったボーイフレンドは彼女の前から去っていく。そして現在一九歳。仲の良い同い年の友人の半数は結婚した。子供が出来たという報告もチラホラ聞いている。けれど彼女が結婚できない理由は家族の問題だった。シータは今度こそはという意気込みでリベンジを試みる。
「ね?パパ!私が言った通りでしょ。素敵な人なの!今度こそ絶対に結婚するから!何か文句ある?」
ゴリラな父親は丸太のような腕を組み、今にも殺してしまいそうな勢いで青年を睨みつける。だが状況は何となく理解していた。どうせ自分の娘の事だ。勝手に暴走して連れて来ただけのお人好しなのだろう。一旦落ち着いて深呼吸をした。言うべきセリフは簡単だ。一言「すまないね。うちの娘の勘違いですよね?」そう言うだけだ。何も問題はない。そして父親は言葉を発する。
「俺の大事な娘をお前なんぞにはやらん!!今すぐ出て行け!!さもないとこの俺が血祭りに上げてやる!!」
嗚呼、言ってしまった。一度口から出た言葉は二度と戻らない。シータは返す言葉もなく唇を噛み、大粒の涙を浮かべて泣いた。アレほどの活躍を見せた青年がダメだと言うのならどんな人ならいいのか。もうわからなくなる。彼女はそのまま勢いで店を飛び出した。
残されたのは、面食らった父親と呆れる母親、そして成り行きに任せた能天気な兄弟。けれどこの場から娘が居なくなった事でようやく父親が冷静さを取り戻した。それが人が変わったように頭をテーブルに打ち付けて謝罪をする。
「すまん!!俺はどうかしていた。娘のことになるとどうしてもこうなってしまう。本当にすまなかった。こんな事を頼める義理じゃないがどうか…」
父親は青年に頼み込んだ。形だけでも娘を励まして欲しいと、勢いであんな風に言ってしまったが本当はもう結婚してもいい年頃だと思っている。だがこれまでが酷かったのだ。だからどうしても厳しくあたってしまうのだと。青年が只者ではない事はもう知っている。何か大きな使命を背負って旅をしているのだろう。だからただの街娘など相手にしている暇などないはずだ。けれど今回ばかりは同じ男として直感した。この若者は本当にいい男だと。そして父親は腹を括って言った。
「誠に勝手だが…少しの間で良い。お前さんの側にシータを置いてやってくれ。それで気に入ったらその…娘を貰ってくれないか?」
まるで別人のようだ。娘の前ではカッコつけてしまうのが父親の性なのだろうか。最後にもし結婚する気になったら俺はまた同じ事をするかもしれないと。その時は「遠慮なく俺を殴ってくれ、頭が冷えるかも知れない」そう言って不器用に笑って見せた。母親はその発言に対して「あんた死ぬわよ?」と悪戯っぽく笑った。
兄弟はシータを追いかけるために店を後にする。扉を開けて外に出るとズボンの裾を誰かに掴まれた。振り返るとシータが扉の横で蹲りながら顔を隠し右手だけを伸ばして兄ショウタロウのズボンを握っていた。耳は真っ赤である。ようやく顔を上げると泣き腫らした後の目が青年を真剣に見ている。そして一言「私、本気だよ。ちょっとだけで良い…私に時間を頂戴」そう言って決意を顕にした。
そしてその様子を物陰から見る謎の男がいた。それは倒したはずのブロディだ。彼はまだ生きていた。上半身を真っ二つにされたとき辛うじて心臓は無事だった。魔人は心臓を潰されない限り何度でも再生できる能力がある。兄弟はそれを知らず偶然にも復活の機会を与えてしまった。生死の境から蘇ったブロディは這いつくばるようにあの場から逃げた。その顔は邪悪な笑みで歪み恐ろしい形相に成り果てている。
もうブロディは復讐の鬼になっていた。どんな手を使ってでもあの野郎を殺す。ただそれだけを成し遂げるために生きているようなものだ。その日まで彼に安息の日々は訪れないだろう。そんな男の魔の手が兄弟と一人の街娘に忍び寄るのであった。




