第十三話 兄弟は晒される
古来より大きな岩の塊には神が宿るとされていた。村単位での小さなコミュニティが御神体として祀る自然崇拝がしばしば語られる。フボの街はそんな大岩を中心に貿易で発展してきた村だった。
今尚、大陸中央諸国へと商品を運び入れるために必ず通る重要拠点地として栄えている。その理由の一つに、この地域は稀に存在するセーフティゾーンであるからだ。つまり人類の営みを妨害する怪物が発生しないという事だ。何故そんな現象が起きるのか。怪物の生態を研究する学者の間で数百年間謎とされてきた。けれどここ最近になりどうもこの大岩に秘密が隠されている事がわかってきた。そういった仮説が最も有力視されているのである。
一説では岩の中に怪物の発生に反作用を及ぼす未確認の物質があるとされたが、そこまで手の込んだ調査に人々は消極的だった。そもそも地元住民に根強く浸透した信仰の対象に破壊検査なる調査が許されるはずがない。触らぬ神に祟り無し。神話の遺物に手出しなど恐ろしくて出来なかった。
彼らが信じるあらすじはこうだ。かつて、この地に悪い魔人が住んでいた。好き放題悪事を働き人々は怯えて暮らしていたという。それを不憫に思った山の神様がこの世の最も硬い鉱物から神器を削り出し英雄サヘランにそれを授けた。サヘランはそれを使って魔人を大きな穴の中に落とした。そして二度とこの地を踏む事がないように山の山頂を切り取りそれで蓋をしたそうだ。サヘランの偉業は伝説となり、親から子へと代々語り継げられている。
英雄サヘランはその後、この聖地に自分の国を築いた。それが現在のサヘラ王国であり国の王族はその子孫だとされている。本当かどうか定かではない。けれど国民はそう信じ込まされている。故に大岩は絶対不可侵の存在となった。
現在、この聖地を自分の土地として所有する事はできない。例外として建国当初からこの地に住む古い家庭は特例とされそれも僅か3組にその数を減らした。その一つであるヴァーリン家は開拓初期からこの大岩の近くに家を構える老舗の宿屋だ。その店には多くの商人や旅人が客として訪れる。その看板娘であるシータは恋多き女であった。それを実の娘に持つ父親の苦労は他人には理解されない。
「シータ!!また碌でもない男を連れ込んで!いい加減にしろ!これ以上俺を困らせるな!」
「うっさいなぁ!今度は違うから!あの人は犬神を飼ってるだよ?絶対凄い人だから!」
シータは母親に「ママはどう思う?」と聞くと困った顔をして「そうねぇ。確か…買い出しの時に聞いた話なんだけど…」とつい最近耳にした噂話を語り始めた。
「何でも大きな犬を連れた若い旅人がロブスさんとこの肉焼店で羽振りよく支払いをして凄く儲かったそうよ…」
言わんとする事を察したシータとその父親は店の窓を覗き込んだ。追い出したその青年の姿を大岩の近くに見る。大きな犬がその側をついて歩く。それは間違いなく太古の姿を保つ犬神の一族に見える。それが普通の人に懐くだろうか。まず有り得ないと思った。すると大岩の方へいかにもな服装を着た集団が近づいて行く。店の主人はそれで思い出した。今日も奴らが来たと。
「そこのお兄さん!はなれた!離れた!!」
軍服を着た男たちはただ眺めていただけの兄弟を乱暴に「しっし!」と追い払おうとする。それを理解していないような「は?」みたいな反応を示すものだからその集団の中でも一際偉そうな青い肌の一風変わった人物が巻物を広げ、咳払い一つして読み上げた。
「本日をもってこの土地は全てサヘラ王家の所有物となる。抵抗する者は例外なく極刑に処す!」
とても簡素で凶悪な一文だ。男はそれを読み終わるとドヤ顔で兄弟を睨んだ。そして「捉えよ!良い見せしめだ!」そう言って物騒な男たちが前に出る。片方は大斧を持つカバの獣人でもう一方が大鎌を持つヘラジカの獣人だ。
その二人はこの国で有名な死刑執行人のコンビだ。どれほど屈強な死刑囚だろうと一撃で首を切り落とす剛腕の持ち主だ。噂では直径2メートル幅の木の丸太を一振りで真っ二つにしたと言う悪名高い怪力を持つ。それが不気味な笑みを浮かべながら兄弟に近づいてくる。
宿屋の中からその様子を眺めるヴァーリン家は息を殺して傍観する。その他の野次馬も集まり始めた。後数秒で青年の首と胴体が分離するだろう。そんな悪夢を想像しながら申し訳なく思っている。もっと早めに忠告すべきだった。
そして大斧はその兄へと、大鎌は弟へとそれぞれ振りかぶられた。それを合図に観衆が目を瞑り逸らす。その光景をマジマジと見せまいと精神的な防衛本能が働いたのだ。
けれどいつまで経っても肉を切る嫌な音が聞こえて来ない。再び観衆の目が兄弟に集まる。そして誰もが目を見開いて度肝を抜かれた。一方は素手で大斧の刃先を掴み受け止めていた。そして犬神の方は既にヘラジカの獣人の首に牙を立てて致命傷を与えている。その光景を完全に理解できた者は誰もいない。




