第十二話 兄弟は惚れられる
戦争の匂い。殺伐とした時代にそれを嗅ぎつける嗅覚は不幸にも研ぎ澄まされていく。国の舵をとるのはそのトップにいる人間であると、そう思われる事もあるのだろうが国民感情なしには最終的な判断など容易には出来ないのである。
その決断が国益を損ねるものではあってはならないのだ。もしそうなればいずれ君主は暴君と罵られ集団という熱狂で打ち滅ぼされる。国民は敵か味方かわからない時がある。けれど文化的にも宗教的にも認め合うことの出来ない隣国は間違いなく敵であり国民感情はそこからの侵略に常に怯える生活を強いられていた。それが大陸に住む民族の宿命である。
現代において貿易は重要な経済活動だ。新大陸を目指して大航海に出る勇敢な商人が最も利益を得る。そこからもたらされた様々な嗜好品は破格で取引され人の命よりも高く売買された。そしてお金をたくさん稼いだ人々は気付いた。物流を制した者が世界を制すると。発展を推し進める根本的な燃料はもう木材や石炭だけでは追いつかない。彼らが求めたのは、より高火力で爆発的な燃料。そしてその強力なエネルギーを抑え込み圧縮できる丈夫な金属。鉄道の時代が今始まろうとしている。山はそう言った資源の宝庫だった。
けれど彼らの前に障害が立ちはだかる。未だ開拓の進まない土地は全て山の神が管理する太古の遺産だ。そんな先祖代々暮らしてきた我が家を乱暴に取り上げようとする者を誰が許すだろうか。そして現在もそれを狙う魔王との激しい抗争が続いているのであった。
一方、砂の国サヘラ辺境に位置する街フボには、しばらくの間滞在するあの兄弟が運命の手がかりを探してここ数日を過ごしていた。額の疼きは間違いなくこの街を指している。その感覚を頼りに、進む方向を決めた。
辿り着いたのは大きな岩。街のど真ん中にシンボルとして置かれていたそれは海面から一部が飛び出した氷山の一角の様にも見える。近くに寄りたいが囲いがされていてそれ以上は立ち入り禁止らしい。それを一周して運命の反応がコレであるのを間違いないと確信する。そんな動きを不審に思ったのか、杖をついた通りすがりの猿のお婆さんが勝手に説明を始めた。
「お男前のお兄さん。そんなにコレが気になるのかえ?この岩はねぇ、大昔に悪い魔人を山の神が閉じ込めたのさぁ。今でこそこの街は砂に囲まれているけどね。昔は緑豊かな土地だったんよぉ。私がまだ小さかったときはねぇ。果物とか、野菜も…」
話が長くなりそうだ。聞いてもいない事を一人で永遠と話す。それがお婆さんの身内の愚痴や自身の身の上話へと幅を広げ始めたタイミングで助け舟がやって来た。
「ちょっ婆ちゃん!知らない人に余計なこと言わないの!もう!」
それはお婆さんの孫ぐらいの年齢で10代後半ぐらいだろうか。エキゾチックな顔付きのお姉さんである。褐色の肌とボーイッシュなボブヘアが好印象な猿の獣人だ。不思議と人間と近い部分が多い。彼女は地元で有名なスピーカーおばあちゃんを祖母に持つ。なんでも躊躇なく身内の事を話すその習慣を阻止するためにこうやって時折止めに来るのだ。何故なら両親が切り盛りする店はこの広場のすぐ近くで、ここはよく見える位置にある。
お姉さんは「ほらもう帰ろう」とお婆さんの手を引いて歩き始める。そして思い出したかのように兄弟の方を見て「あっ、すみませ…」と言って祖母の非礼を詫びようとした。けれど彼女が目の当たりにしたのは、大きく逞しい犬神とその横に黄金の髪を持った美形の男子で彼女のストライクゾーンのど真ん中に、一目惚れという矢が鋭く突き刺さった。その感情がつい口から溢れてしまう。
「いい…男」
彼女はスパークする思考の中で今行うべき最善の選択肢を導き出そうとしていた。今を逃せば永遠に会うことが出来ないのはその旅人の様相から直ぐに推測できる。何としてでも自分の懐に引き留め逃したくない。あれほど困っていたボケ老人が恋を運ぶ天使に見えるほどに彼女は舞い上がった。
「うちの婆ちゃんがほんっとすみません。お詫びと言ったらアレなんですけどぉ。うちの家は宿と小さな食堂をやってるんで、どうぞ寄って行って下さいな」
彼女は青年の腕に手を回し強引に店へと引っ張る。お婆さんをほったらかしにして当たり前のように置き去りにした。同じくその場に残る弟リョウスケはお座りの姿勢で兄が「ちょ!え!?」と困りながら連行されていく様を不思議に思いながら眺めた。そして同じくその様子を見ていたお婆さんが彼の毛並みを撫でながら「私たちも行きましょうか?」と言って先に行く。リョウスケはあえて言葉を発せず姿が見えなくなる前に兄の後を追った。
その頃、店の中はテーブルの上にひっくり返された椅子を床に下ろし布巾で拭き上げる店の奥さんが開店準備を進めている。その姿は完全な猿の獣人だ。顔と掌以外は殆ど体毛で覆われている。すると扉の鈴がチリンと音を鳴らして来客を知らせる。奥さんは振り向くことなく察して「シータ?おかえりー。どうだった?」と素気なく聞いた。シータと呼ばれたその街娘は「あのねぇ、良い人連れてきたのぉ」と満遍の笑みで言ったのである。
咄嗟にギョッと振り向く奥さん。そして一言「あら、ほんとにいい男じゃない」。この親にしてこの娘あり。連れてこられた黄金の髪をした青年ショウタロウは困り顔で状況を理解していない。けれどこの親子の中では利害が一致したらしい。
そして奥の厨房から店の主人である巨漢の男が顔を真っ赤に染め上げて出てきた。まるでゴリラのような容姿だが間違いなく人間だと思う。そのこめかみには青筋が浮かび上がっている。何故が激しく怒っている様子だ。巨漢は青年を見つけるなり大声で怒鳴った。
「何処の馬の骨だ!!うちの娘はやらんぞ!!とっとと帰れ!!」
全く状況について行くことができない。青年の中身はまだ6歳なのだ。普通に大人びて見えるのは彼が背負う運命による副作用だ。しかしこんなシチュエーションは初めてであり、うまく対処出来るほどの経験を持っているはずもないのであった。




