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第十一話 兄弟は旅人になる


人知れず始まり人知を越えた英雄の物語。けれどその誕生と共に幕を閉じる。それを人は神話と呼びその活躍を英雄譚(えいゆうたん)と呼んだ。その内訳を書き記すのは神の時代を生き抜いた普通の人々であり、伝承として伝える事もあれば、噂話のより集めのようにまことしやかに囁かれる事もある。ひいては土着の民謡が地元住民に語り継ぎ伝説へとそのあり方を変えるのだ。やがて時代を越えて知ることになるだろう。


新時代の未だ見ぬ英雄はその始まりの渦中にいた。バンダナで額を隠す幼い子供。そのお供は白い犬。二人は国境を跨ぎ正体を偽りながら旅を続ける。犬は子供を兄と呼び、その兄ショウタロウは犬をリョウスケと呼んだ。姿形の違う訳あり兄弟が砂の国を目指して旅をする。


兄の額が(うず)く。これから入る街に運命の手がかりを感じてここまでやって来たのだ。強い風と灼熱で発生した上昇気流は砂埃を舞い上がらせ視界を悪くした。それはやがて治まる。すると幼い子供の姿はそこになく。代わりに背丈の高いちょっと良い感じの青年と犬神を思わせる超大型の犬が突如としてそこに現れた。彼らは旅人を装い、街に入った。


弟リョウスケはこの時をずっと待っていた。口から(よだれ)が滝のように溢れる。(かぐわ)しい匂いが姿を表すことなく自分を手招きする。それを兄に訴えた。


「にいちゃん。もう我慢できないよ。早く行こう!すぐに行こうよ!」


「リョウスケは食いしん坊だな。良いよ、案内してくれ」


それは肉の焼ける匂い。犬の持つ敏感な嗅覚を頼りにリョウスケは屋台街に兄を誘う。そこは鉄の棒に何かの生き物を串刺しにして炭火でじっくりコンガリ回転させながら焼く。そんな見た目にも美味さをアピールするタイプの店で満遍なく何匹も調理していた。


店主が門外不出の秘伝のタレをその肉の表面に塗ると零れ落ちた先の炭に当たり一瞬でジュッと蒸発した。そこから香ばしい香りを立ち込ませる。その誘惑の煙をあざとく団扇で扇ぎ客の空腹を刺激する。リョウスケは巧妙に仕掛けられた罠にまんまと嵌められたのだ。


けれどこんな美味しい罠なら大歓迎だと悪い気はしなかった。兄がバンダナに手を入れ何かを取り出す。それは手に持てるだけの金貨を掌で握りしめていた。それを店主の男に差し出して言う。


「その肉。これで買えるだけ売ってくれ」


男は目を見開き慌てて近づいてきて世間知らずの青年に耳打ちする。


「おい!ニィちゃん、こんな所でそんなもん見せびらかしちゃイカン!危ねぇぞ…ったく」


男は彼の手から一枚だけ金貨を抜き取ると「あとは早く仕舞いな!」と急かす。そして店内に一度入りもう一度戻ってくると言った。


「とりあえず…全部持っていきな!なんなら追加で焼く。それも食いたいだけ食え!ってかそんなに食えねぇだろ…」


店主の男は悩んだ。青年が持ってきた金貨はただの金貨ではなく魔王の国が発行する最も通貨価値の高い硬貨でそれ一枚で城一つ買えてしまう。それに返すお釣りなど手持ちにあるはずがない。誰もが思うだろう。この青年は只者ではないと。連れている犬も古の姿を保つ犬神の類だ。無下には出来ない。そして苦肉の策をとる。


「お前さん…旅人か…。いや!詮索するつもりはねぇんだ。ただよ、コイツはとんでもねぇ代物だ。俺じゃなきゃ受け取ってくれすらしないぜ?だからよ…」


男は仕方なくこう言った。自分はこの国の元騎士団の一員で引退の身だ。ツテでこの金貨を両替出来る奴を知っている。だから一緒にソイツに会いに行きこの国の通貨と交換してもらう。代金はその時に貰うから肉は好きなだけ食え。そういう事だった。


弟リョウスケは飛び跳ねて喜んだ。兄は何となく不味いことをしたのだと理解する。けれどこの店の主人は悪い人ではなかった。たとえ悪人だったとしてもお肉食べ放題は太っ腹だと思う。今起きた結果に後悔はなかった。


二人が店先で肉をたらふく方ばっていると、ある噂がふと聴こえてくる。隣国バラタの王都がクーデターにより制圧された。そんな話だ。ある男が声高々に叫ぶ。「今こそ攻める時だ!」と声を張り上げた。ただ買い物に来ていただけのはずの人々が突如興奮に包まれる。殺気立った雰囲気。この空気は一度感じた事がある。この街ではこの話題が市民の虎の尻尾に当たるらしい。安易に踏んではならない事を偶然にも学んだ。店主が二人の横に並んで小さな声でボヤいた。


「俺も今しかねぇって思うんだけどよ。何たって魔王がな…」


この国が中々宣戦布告に踏み切れないのには理由があった。隣国であるバラタ王国のその背後にいるとされる魔王の存在は大きい。軍事力ではまず勝てないだろう。それにより束の間の安息と猶予が齎されている。その間にも好機を逃すと焦っているのだ。


しかしそれも時間の問題だろう。店主はもう一つ噂を知っていた。それが確かなものかはわからない。大金が手に入り浮かれた気持ちでつい口が滑った。


「まぁ。聞いた噂によると魔王軍は今、猿神の討伐に手を焼いているとか何とか…本当かどうか知らねぇけどな…あっ今の話は他言無用だぜ?」


それはつまりこの国がバラタ王国に万が一侵攻しても魔王軍は見向きもしない可能性があるとそれを暗に示しているのであった。

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