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第十話 兄弟は覚醒する


命の恩。何事も生きているからこそ可能であると思う。故にそれ以上に感謝するモノが他にあるのだろうか。今、友に自分の悩みを打ち明け合うことが出来るのも、美味しいご飯と共に酒を飲み交すことが出来るのも、枕を高くして眠ることが出来るのも、そして愛する者を抱きしめることが出来るのも。全て、その恩人のお陰だとしたら、いったい何を返せばいいのか。それに釣り合う代価はやはりその者の命を危険から救う対等な行ないでしか成立しないのだろうか。


そんな想いを背負って黒豹の獣人族は何百年も闇の魔女シュルパナカーに仕えていた。それはいつしか一族の宿命となり掟となった。彼女のためならその命。容易く差し出せるほどに。それを守り続ける限り自分達の血は永遠に絶えない。闇の魔女が未来を見通す力で自分達の家族を危険から守ってくれるだろう。


コヨーテの獣人グファーは幼い兄弟を連れまわし逃げていた。焦りが汗となって額から溢れ落ちる。事態はいつのまにか逆転していた。正確には撤退し始めた自分達の部隊が追い込まれている状況だ。もう既に半分以上の仲間が見えない敵に襲われて数を減らした。1人また1人と背後から悲鳴が上がる。しんがりはものの数分で全滅したようだ。


自分が迎え撃つような事はしない。作戦の頭がやられたら誰が勝利を宣言するのか。それは己以外にあり得ない。グファーはもう勝ちを確信した後の余韻に囚われていた。もう一度しんがりを編成せねば。そう思い振り向いた。しかしそこに仲間の姿は1人もいなく、金色に光る目だけが複数浮かんでいた。


黒豹の獣人は闇に紛れ同化し標的を確実に殺すアサシン集団へとその生業を改めていた。残るはこのコヨーテの獣人だけだ。しかし脇に抱えた子供とそれを心配そうに見上げる白い犬は主人に命ぜられた不可侵の存在である。グファーはそれに気づいてほくそ笑む。


「コイツか…。やはりコイツなのか!!なぁ魔女の下僕どもが。この小僧を殺したらどうなる?お前達はどうなるんだ?」


下らない質問である。それを教える必要はないし自分達も知る必要はない。簡単な仕事である。子供と犬に危害は加えない。ただ異物を排除すればいい。


グファーの背後はガラ空きだった。そこへ静かに近づく存在を感知できないのである。痛みは一瞬。気付いた時にはもう既に背中から心臓を貫かれていた。彼は思った自分も勇敢に死ぬことが出来たと。それが後世に伝わるかどうかと。しかし、ある事に気付いて愚痴が溢れる。


「しまったなぁ。先に嫁さんと倅…作っときゃなぁ…」


コヨーテの獣人グファーは虚しいままにその場で絶命した。燃え尽きる城の中で亡骸も満足に残らないだろう。


その後、黒豹の獣人が1人、塔の螺旋階段を昇る。小窓から見える街は炎に包まれ、人々は森に逃げ込むことも出来ずパニックに陥っていた。しかしそんな事はどうでも良い。とにかく死から最も遠い主人の居所へ子供と犬を連れて行くことを現在の使命とした。そして最上階の扉の前で跪き報告を入れる。


「シュルパナカー様。例の子供と白い犬を連れて参りました」


シュルパナカーは「そうか。ご苦労だったな。入るがよい」と言って特に気にする素振りはない。黒豹の男は「はっ」と返事し中へ入った。


主人は無機質な石造りの空間で1人掛けのソファーに座りサイドテーブルには何杯かワインを飲んだ跡があった。彼女らしくない。そんな印象を持った。酒を飲む姿など見たことがなかった。シュルパナカーは動揺する手下に向かって歩み寄り。手を伸ばして言う。


「あなた、意外と良い男ね」


頬から顎にかけて冷んやりとした指が滑らかに伝う。そして顔を彼女の目線まで引き寄せられたかと思うと、突然口付けされた。口の中にワインの渋みと豊かな香りが入ってくる。酔っているのだろうか。状況が理解できない。けれどそんな事はどうでもいい。主人の望みは絶対なのだ。抵抗などしないし、それ以上のこともお望みとあらば。そして彼女は再び口を開く。


「今までありがとうね。さようなら」


突如、胸が苦しくなる。掌で触って初めて自分の心臓が無くなっていたことに気が付いた。黒豹の男は遠ざかる意識の中で彼の主人の手に自分の心臓が脈打つのを最期に見る。


手下の絶命を確認するとシュルパナカーはその手をお腹の上で組ませ更にその上に彼の心臓を置いた。それは神への供物を意味するサインだ。そして告げる。


「お前はここへ来る前から私の手下ではなかった。始めから神の使いだったのだな」


シュルパナカーはその隣で眠る子供と、それにおいかぶさるようにして守る白い犬を見た。その眠る兄が、時が来たとばかりに目を覚ます。起き上がり目を開けた。けれど開いたのは両の眼ではなく、額に浮かび上がった第三の眼だった。体がみるみる成長する。服は破け、手足が伸び、やがて黄金の頭髪を持った青年にその姿を変えた。けれど確かに兄の面影を残している。


それに共鳴するかのように、弟である白い犬も3メートルほどに成長し、凶暴に体毛を逆立てる。完全に魔女を敵視した目線だ。そして助走なしに勢いよく飛びかかる。反応出来るような速度ではなかった。魔女は顔に激痛を感じた。鼻を食いちぎられたのだ。女の悲鳴がけたたましく上がる。


何という酷い仕打ちだ。シュルパナカーは流れ出る血を手で抑え上目遣いで兄の方を睨みつけた。そして深い怨みを持って呪いの言葉を吐く。


「これで満足か?私に屈辱を与えられて、嘸かし気分が晴れただろう?だが私はしぶといぞ?せいぜい目的を果たすが良い。最後にお前の命を刈り取るのはこの私だ」


第三の眼を開眼した兄はそんな捨て台詞など耳に入っていない。そして額の目に手を入れると中から黄金に輝く弓を取り出した。そして弟が咥え込んだ魔女の鼻が同じように輝く矢にその形を変える。


兄は構えた。その動作は目にも留まらない。それは一瞬で射抜かれた。シュルパナカーの胸には風穴が空き、後ろの壁には矢が刺さった。それ共に何かが残される。紛れもなく彼女の心臓だった。


仰向けに倒れた魔女の骸が笑っている。兄はその腕を掴み丁寧な所作で腹の上で手を組ませた。壁から矢を引き抜いてその心臓を握る。未だに脈動し続けるそれは彼女の言っていた通りしぶとさの現れか。けれどすぐに興味を失い。冷たくなっていく腹の上にその心臓を置く。


兄弟は旅立つ。己の運命と果たしたい使命を背負って。


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