第一話 兄弟が行く
本作品は桃太郎、インド神話をベースに社会問題や現代に通じる社会情勢を盛り込んだ問題作になっています。
子供を誘拐された親の心情を想像したことがあるだろうか。それはもう憔悴しきるまで自分を追い込むケースが殆どである。行方不明のまま何年も見つからないなんてことはザラだ。親は自力で救い出す術を血眼になって探すだろう。ましてやその子の友達であれば出来ることなどほぼ何もないに等しい。
坂井家の次男坊はお隣の長女である5歳の女の子が何者かに拐われる瞬間を目撃してしまう。その間、指一本動かすことが出来なかった。見つかってしまったら自分がどうなるか。怖かったのだ。この時彼は4歳の誕生日を迎えたばかりだった。
両親が在宅中にお隣から電話が掛かってきた事で事件は発覚へと進む。坂井家の長男がその事実を知らされたのはもっと後になってからだ。
本当の事を言えば親に「大事な話がある」と聞かされる前から既に事の次第を知っていた。誘拐事件が秘匿されることはまず無い。学校や近所では既に話題の中心になっていた。第二の犠牲者が現れては良くない。情報と注意喚起が町中を駆け巡った。
正気を保てないのは次男坊である。親は仲の良かった幼馴染が事件に巻き込まれた事に深くショックを受けていると思い込んでいる。母親は懸命に精神的なケアに努めた。けれど6歳の兄は物事を自分の判断で決められる年頃だ。弟の違和感を別のものと捉えた。
兄弟二人だけの時間がしばらくして訪れる。兄は威厳を込めて思いきって聞いてみた。
「お前、なんか隠してるだろ。にいちゃんに言ってみな」
弟はそれで感極まって泣き出す。今まで本当に辛い時間を過ごした。誰かに言うのが怖かった。心の栓は兄の一言でとれたのだ。
「にいちゃーん!見たのぉ。まぁちゃんがぁ…。見たのぉー」
言葉足らずでいつも聞き取れない弟の言葉。男の子は言葉の発達が女の子よりも少し遅い。けれど兄は理解できた。必死に訴えるその目は口よりも多くを語る。精一杯頼もしく見せてその頭を撫で回す。兄は胸を張って言った。
「にいちゃんに任せな。なんとかする。助けに行こう!」
子供に何が出来るのか。そんなもの考えもつかないだろう。つまらない大人には理解できない子供の常識があるのだ。兄の目は自信に満ち溢れていた。弟は「うん」と頷くと一回り大きい手を握り「こっち!」と引っ張る。
なんてことは無い。そこはいつもの庭先だった。母が管理する花壇に、父のキャンピング用品で埋め尽くされたガレージ。ありふれた家庭の休日がそこ有るだけだ。いつだって見慣れている。こんな所の何処に誘拐されたと言うのか。その手は力を込めてまだ先へと案内した。
そこはお隣さんとの境界線。それを示す境界標の杭が刺さった場所だ。弟は「ここ!」と言った。ちょうど庭先へと続くガラスの引き戸から見える位置である。弟はカーテンに包まって犯行現場を目撃した。
兄はその辺りを足踏みして確認する。けれど変な所など何もない。どうすることもできない。弟はその行為を見て「違う!」と怒ってみせた。こっちが必死で調べているのに違うとはなんだ。頭に来たがやり方を実践してくれるようだ。
その行為はまさにふざけていた。まともな大人は恥ずかしくて出来ないだろう。境界標を中心に右へ一周。そして左に一周。最後に真ん中へジャンプして乗った。すると異変は起きる。境界線から空間がスライドして存在しなかった赤い地面が出現したのだ。そこに年季の入った扉が一枚。おどろおどろしい雰囲気を放っていた。
それは勝手に開いて二人を歓迎しているかのようだ。とにかく怖い。二人は走って引き戸の前のウッドデッキに飛び乗り家の中に逃げ込んだ。扉は残念そうに閉じ。赤い地面も引き出しに仕舞われるように消えた。
おかしなモノを見た。あの中にまぁちゃんが拐われたのだ。兄はもう一度立ち上がる。震える手を抑えるために拳を力強く握った。大人の人に言った方が良い。心の中にそんな声も聞こえる。
けれど彼は勇敢で無謀な子供だった。自分で何とか出来る。大人には出来ない選択が彼らには出来てしまうのだ。もう一度弟の真似をして再び現れた扉の前に立つ。今度は開かない。兄は自分でドアノブを回して開けた。
扉の向こうは長い路地裏。その先は明るい。怖くなんかない。兄は弟にしばらくの別れを告げる。
「リョウスケ。にいちゃんがまぁちゃんを助けるから。ここでちゃんと待ってろよ」
弟は心細さで震えて泣きそうだ。扉の向こう側へ行く兄の背中がどんどん小さくなる。もう会えないような気がした。Tシャツの裾をギュッと握って我慢してみた。けれどやっぱり一人にしちゃったら可哀想だ。弟は駆ける。閉まる扉に肩をぶつけながらも隙間を潜り抜けて兄を追いかけた。そしてここから兄弟の壮大な冒険が始まる。
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貴方の夢も叶いますように。
喜郎サ




