援軍
「ラッミス、ヒュールミ、ミシュエル、そして、ハッコン。向こうの様子が全くわからない状況で送り出すのは申し訳ないが、これはとても重要な任務だ。が、しかし、最優先事項は言うまでもなく、己の命。危ないと思ったら、まず身の安全を確保する様に。本当に辛い任務になるかもしれない。だが、皆なら無事に戻ってきてくれると信じている」
ハンター協会のホールで熊会長が、俺たちに激励を飛ばしている。
本当は危険な役割は自分がやるべきだと、熊会長は思っていそうだが、こんな惨事があった後で清流の湖階層を離れるわけにはいかない。
「うん、大丈夫だよ、会長。みんなもいるから、死んだりしないって!」
「わが身に懸けても、守ってみせます」
「何とかこっちと繋がるようにしてみるから、そしたら援軍期待しているぜ」
「ま か せ て」
この面子なら、逆境に陥っても何とか凌げそうだ。
熊会長の推測によると、始まりの階層の危険度は低いらしい。
ダンジョンは町にとって大きな収入源だという話だった。多くのハンターを呼び寄せ、外とダンジョン内での物資の流れが出来上がっている。
それを全て失う訳にはいかず、また、ダンジョンの魔物が溢れ出してくることになると町が消滅しかねない。それを、放置する馬鹿はいないだろう、とのことだ。
加えて、捕まえた指揮官からの情報によると、各階層に冥府の王の配下が一人ずつ配置されているそうで、彼らの持つ趣味の悪い骸骨の指輪を壊せば、魔物たちは支配から逃れられる。
現地で、その情報を伝えるだけでも充分な価値がある。進んで無理をすることはないと念を押されていた。
第一目標は始まりの階層の情報収集。
次に、戦力の補充と足りない物資の提供。そして、転送陣の正常化。
転送陣が元に戻り、始まりの階層が維持できないと判断した場合、清流の階層に人々を連れて逃げてくるように言い渡されている。
身を案じてくれる住民の言葉を背に、俺たちは転送陣へと繋がる廊下へと進んだ。
全員の顔には緊張の色が見えるが、気負い過ぎているという訳でもなさそうだな。
「まずは、みんなが無事か確認だよね」
「そうですね。状況によってはすぐさま戦闘に入る可能性もありますので、注意してください」
「そん時は、ハッコン頼むぜ。信頼しているんだからなっ」
「ま か せ て よ」
ポイントにはまだ余裕がある。〈結界〉は数時間、軽く持つだろう。
近くにさえいてくれたら、全員を守ってみせる。
「じゃあ、いくぜ。覚悟を決めやがれ」
屈みこんだ、ヒュールミが転送陣に触れると眩い光が足下から溢れ出し、全員が目も眩む光に包まれた。
毎度おなじみの浮遊感が無くなり、光が消え去ると同時に、俺は念の為に〈結界〉を発動させた。いきなり襲われる可能性を考慮して。
光が消えた視界に飛び込んできたのは、始まりの階層の転送陣が置かれている部屋の内部だった。壁も天井も健在だということは、ここまでは魔物が侵攻していないということなのだろうか。
「足下に幾つもの足跡がありますが、これは魔物ではなく人間ですね」
ミシュエルの言う通り、清流の階層と同様に転送陣で逃げようとしたと思われる、人々の足跡が床を埋め尽くしていた。
やはり、転送陣が動かなかったということなのか。
「まずは、ここから出て、集落の様子を調べようよ」
「そうだな。ちょっと待ってくれ。ハッコン用の特製背負子を作っておいたから、これを取りつけて、よっし、バッチリだ」
今、ラッミスが背負子を使って俺を乗っけているのだが、ヒュールミは俺を挟んで背中合わせになるように、もう一つ背負子のような物を取りつけたのだが、それは鉄製の座椅子のように見えた。
「よいしょっと。座り心地も悪くないな。ラッミス、追加でオレも背負ってもらうことになるが、構わねえか?」
「余裕だよ。振り落とされないように気を付けてね」
「対策してあるから、気にせずガンガン動いて構わねえぜ」
ヒュールミは胸の前で交差するベルトをしっかりと取りつけている。シートベルトと同じか。
つまり、ラッミスは俺だけでなく、取りつけた椅子に座っているヒュールミも運ぶこととなったわけだ。これ、第三者目線から見たら、かなりシュールな光景かもしれない。
あっ、ミシュエルが苦笑いを浮かべたまま、言葉に詰まっている。
でも、このおかげで〈結界〉の範囲にヒュールミが入ることとなり、守りやすさは格段に上がった。見栄えよりも安全性だよな。
物音を立てないように、ゆっくりとミシュエルが扉を開いていく。
隙間から光が入り込むと、ほぼ同時に僅かながら争う音が流れてきた。
怒声と意味不明な叫び声。距離があるようで完全には聞き取れないが、片方が人間で、もう片方は……魔物で間違いない。
「誰かが戦っているようです。急ぎましょう!」
慎重にしている時間も惜しいと判断したようで、ミシュエルが扉を豪快に開け放つと飛び出していった。正義感が強いのは個人的には素晴らしいと思うが、当初の目的を完全に忘れている。
情報収集が最優先事項だというのに。
「うちらも急ごう!」
まあ、俺の相方はミシュエルよりも更に上を行くけど。
続いて飛び出した、ラッミスの背に揺られながら、辺りの様子を観察する。
始めの階層は清流の階層に比べて立派な建物が多かったのだが、何処かしら損壊している建物が多いな。
だけど、損傷度は清流の階層程ではなく、少し手を加えれば住むことは可能な感じだ。
人間も魔物も死体は見当たらず、武器防具が転がっていることもなく、荒れてはいるが壊滅状態だとは思えない。
「一度攻められたが、何とか巻き返したといった感じか……」
「だ ね」
俺もそう思ったので相槌を打っておく。
声が響いてくる方角は集落からダンジョンへと繋がる唯一の出入り口からで、本気走りのラッミスが速攻で駆けつけると、丸太や木材を括りつけたバリケードが築かれていた。
ハンターたちがバリケードの隙間から槍を突き刺し、魔物たちを追い返そうと懸命な防衛を続けている。
その陣頭指揮を執っていたのが俺たちの良く知る人物、愚者の奇行団、ケリオイル団長だった。
「槍でずこずこ刺しちまえ! 疲れたらすぐに言えよ。次の奴と交代だ」
声だけで判断するなら疲労を感じないのだが、服の汚れ具合と少しやつれている頬を見る限り、楽な状況だとは口が裂けても言えないな。
「団長! 援軍に来たよーっ!」
「おおおっ、ラッミスと……ハッコンじゃねえかっ! よく来たな、待ち望んでいたぞ、こんちくしょうっ!」
え、何でケリオイル団長は絶叫を上げて、今まで見たことのない満面の笑みで俺の体をガンガン叩いているんだ。気持ち悪いぐらいに歓迎されているぞ。
「挨拶は後だ、悪いがまずは食い物と飲み物を大量に出してもらえねえか」
それが目的の一つだから断る理由は無い。疲れているようなので、スポーツドリンクとすぐ食べられて大量に提供しやすい、おでん缶やパン、その他の缶詰食料品をずらっと並べた。
「おい、てめえら飯が来たぞ!」
ケリオイル団長の大声に反応して、近くの建物や路地裏から次々と人が飛び出してきた。
その数、ざっと四、五十人ぐらいか。ボロボロの服に血走った瞳。俺の前に置いてある飲食料品を目指して、全員が一斉に駆け寄ってくる。
リアルゾンビ映画のような光景だ。
「飯だ、飯だっ!」
「何日ぶりのまともな食い物か」
「み、水、水を誰かっ」
碌に食事がとれていなかったのか、商品を奪い合いそうな勢いで手にしている。
これじゃ、全然足りないぞ。考えるのは後だ、今は最速で商品を取り出すことに集中するのみ。
素早さを最大限に生かして、途切れる間もない勢いで飲食料品を流し、〈念動力〉で素早く目の前に並べていく。
暴動が起きないように、やってきた他の愚者の奇行団の面々が人々を並ばせて、決まった量を手渡している。
「食料は充分にある! 焦る必要はねえっ!」
説得というより怒鳴りつけている、ケリオイル団長の言葉が浸透したようで、人々が列を成して並んでいる。
不満そうな表情の者もいるが、愚者の奇行団の強さを理解しているのか、渋々ながらも従っている。
「マジで助かったぜ、ハッコン。かなり、節約していたが限界が近くてな。正直、最悪な選択をするか、真剣に考えていたところだった。ハッコン様には足を向けて眠れねえぜ」
最悪な選択という言葉に引っかかったが、ここは追及しない方がいい気がする。
「だ ん ち ゃ う」
「お、なんだ、ハッコン」
「か い だ ん」
「階段? ああ、地上に繋がっている階段の事……おおおっ! 何、しれっと会話してんだ。話せるようになったのか!」
「う ん」
目を剥いて迫る、ケリオイル団長の顔が目の前にある。珍しく、本気で驚いているようだ。そういや、俺が話す前に別れていたのだったか。
「ハッコンの説明は後だ。今は現状の確認を優先だろ。そもそも、何で食料がねえんだよ。地上と行き来できるだろ、ここは」
俺とケリオイル団長の間に割り込んできたのは、ヒュールミだった。
地上と繋がる大階段があるって話だったよな。
「お、おう。そうだな。気になるが、ハッコンは後回しだ。それがよ、あの大扉、びくともしやがらねえんだよ。逃げることもできねえし、補給も断たれた。俺たちが何とか敵を追い払い、集落の外まで追い返したんだが、食い物が無ければどうしようもねえからな」
こっちもギリギリだったわけか。俺が第一陣に選ばれたのは正しかったようだ。
詳しい説明もお互いの情報提供も後にした方が良さそうだな。飢えた人々に配り終わったら、涎を垂らしたまま俺を凝視している、シュイに腹一杯食べてもらわないと。
大食いの彼女にしてみれば、この状況は他の誰よりも辛かったことだろう。早く何か食べさせないと、俺ごと齧られそうな身の危険を感じる。
よ、よっし、さっさと全員に食料が行き渡るようにしないとな!




