夏の自動販売機
夏だ。燦々と容赦のない日差しが降り注ぎ、ハンター協会前に勢いで作った氷の山に人が群がっている。
直射日光が当たっているので一時間も持たないだろうが、あるとないとでは雲泥の差があるらしく、氷の山を人々が取り囲んでいる。
今年の夏は例年と比べてかなり気温が上昇しているらしく、早めに集落を取り戻したのは間違いではなかったようだ。この状況で屋内に閉じ込められていたら、戦う気力は残っていなかったかもしれない。
集落内の残党も暑さにやられているらしく、殆どが水場に居たので退治も楽だったそうだ。そろそろ、集落内の魔物掃除は終わると熊会長が言っていたな。
順調に事が運んでいるが、この暑さをどうにかしないと復興作業が一向に進まない。
それに、夏祭りで少しは気分転換できたとはいえ、何かしらの娯楽というか住民のやる気を促すような、楽しみを提供出来ないかとずっと考えていた。
それが暑さ対策になれば、尚良しなのだが。
「ハッコン、ただいまー」
おっ、集落の見回りに参加していた、ラッミスが昼になって一旦帰ってきた。今日は珍しく一緒じゃなかったのは、住民の暑さ対策として残っていたからだ。
ハンターは身体のつくりが一般市民とは違い頑丈なので、この暑さにも耐えられている。だが、住民の特に女子供は先日までの緊張感とこの暑さで、体調を崩している者が続出しており、冷たい氷やスポーツドリンクを常に供給している。
「お か だ よ」
お帰りと言えないもどかしさがあるが、ちゃんと答えられるだけでも進歩したと、自分を褒めておこう。
「あっついねー。こういう日は川とか池で水浴びしたいけど、外に出るのはまだ危険かなぁ」
魔物たちが撤退したとはいえ、いつもと比べて魔物の数が激増しているらしく、王蛙人魔まで数体うろついている状況で、壁の向こうに行くのは危険と判断されている。
門番ズが見張っていた集落の入り口にある門は、あれから一度も開いていない。
水遊びか。夏の定番といえばプールや海。海や川は無理だとしても、プールぐらいは何とかならないだろうか。
水なら俺が提供できる。なんなら氷を放り込んで溶かせばいいだけだ。
となると、場所と穴掘りか。都合よく大きな穴でもあれば、直ぐにでもプールが作れるのだけど。
「かぁーあっちいな。ハッコン、アイスくれるか。あの部屋、風も通らねえから、暑くて暑くて」
いつもの黒衣を脱ぎ捨てたヒュールミは、長い髪を後ろで束ねている。
ご苦労様です。冷たいスポーツドリンクも提供させてもらうよ。
「ふぃぃ、すまねえな。かああっ、蘇るぜっ」
「お疲れさま、ヒュールミ。転送陣の方はどう?」
「あと一歩ってところだな。完全復活はまだ先だが、もう少し弄れば二、三人なら転送陣で飛ばせるようになるかもしれねえ」
それは良い知らせだな。熊会長も喜ぶだろう。
毎日、転送陣を相手に悪戦苦闘しているヒュールミ。強がってはいるが夏バテ気味なんだよな。頭も体も一度リフレッシュさせてあげたい。
「あら、美味しそうですわね。私もいただけませんか?」
そう言って、歩み寄ってきたのはシャーリィだった。袖のないシャツと短パンで、いつものイブニングドレス姿とは違い、健康的な美を感じさせる。
とはいえ、短パンはかなりのローライズで、胸元も大きくカットされている。なので、道行く男たちの視線が彼女に集中しているのは、無理のないことだと思う。
「シャーリィさんって、そういう格好も似合うよね」
「だ、大胆な格好だな。男どもがじろじろ見ているぞ」
「うふふ。ありがとう。今は娯楽も少なく、夜の商売をする時期でもありませんからね。殿方の目を少しでも楽しませているのであれば、本望ですわ」
男性陣の目線に気づいたうえで、肌を露出しているのか。シャーリィなりにこの集落に貢献しているのだな。男性代表として礼を言いたいぐらいだ。
「ありがとうございます。ハッコンさん」
バニラアイスを提供すると、お礼の言葉と共に妖艶な笑みを返してくれた。
「はあぁ、美味しぃ」
棒の刺さったバニラアイスを舌で丁寧に舐めている。
遠くからこっちの様子を窺っている男たちが、ごくりと喉を膨らまし、彼女の口元に視線が集中している。
ワザとじゃないよな。髪を手で掻き上げながら、アイスを舐め回す姿が妙に色っぽいのは、ただの偶然だよな。どうにも、彼女なら狙ってやっているのではないかと思ってしまう。
「あ、そうでしたわ。熊会長が何処にいるかご存じありませんか。あそこの、陥没している地面をどうするか、指示をいただきたくて」
食べ終えたアイスの棒で刺す方向には、テントが並んでいるのだが、その裏に陥没した地面があるというのか。そんな場所あったっけ?
「あー、ハッコンが巨大な建物みたいなのになって、落下した跡か」
「あ っ」
犯人は俺か。巨大な〈氷自動販売機〉で上空から落下すれば、そりゃ地面凹むよな。復興作業中の皆様にはお手数をおかけします。
ってあれ、その穴って結構な大きさがあるよな……プールに利用できないか。
ラッミスに連れて行ってもらうことも考えたが、昼からも見回りだからやめておこう。それに、帰って来た時のサプライズとして自力でやれるだけやってみたい。
休憩が終わり、各自が持ち場に散っていった。俺は広場の氷を増量して、その上に飲み物を置いておく。
よっし、一人で移動するぞ。今の俺は自力で動くことが可能だ。風船、ダンボール、結界、浮かぶの流れでぷかぷかと空中を漂いながら、眼下の映像を確認する。
綺麗に四角く地面が陥没している。水を溜めるには充分な深さが確保されているな。水を入れるにしても、満杯にはしないでおこう。子供が落ちたら危ない。
風船の数を調整しながら、穴の縁に降り立つ。
〈高圧洗浄機〉に化けて流し込んでもいいけど、あれって噴射口が狭いから水量最大にしても、溜めるまでに時間がかかり過ぎる。
いっそのこと温泉のお湯を流し込もうか。いや、ただでさえ暑いのに広場近くに、温泉できたら怒られそうだ。となると、やっぱり氷を入れて溶かすか。
あの自動販売機になるとポイントの消費が激しいのだが、普通の〈氷自動販売機〉だと二時間縛りの時間を越えそうだからな。〈結界〉を張らなければ、消費ポイントは抑えられるので、何とかなるだろう。
巨大な〈氷自動販売機〉に変化すると、大量の氷を凹みへ投入する。
やっぱり流れ落ちる量と速度が違うな。物の数分で穴が氷で満たされた。素早く元の姿に戻り、ポイントの確認をする。
ポイントの消費は……許容範囲だな。後は氷が溶けるのを待つだけだ。ここまで暑ければ、皆が帰ってくる頃には水に戻っているだろう。
おっと、さっき巨大化したから、驚いた住民が数人やってきたか。まだ、プールとしては使えないけど涼むには最適かもしれないな。
結局、この穴に敷き詰めた氷は、俺が予備で氷を溜め込んでくれていると勘違いしたようで、住民たちは戻っていった。
じゃあ、俺もいつもの定位置に戻るとしますか。
「疲れたああああぁぁ。ただいま、ハッコン!」
「そろそろ、干からびるぞ、こんちくしょう!」
ラッミスは瓦礫の向こうから、ヒュールミはハンター協会から、疲れ果てた表情で現れた。
「お か だ よ」
見回りと掃討に向かっていたハンターたちも全員帰ってきたか。
陽が沈むには、まだ少し早いが、暑い日に無理をし過ぎると、身体を壊す羽目になる。
「冷たい水をくれぇぇ」
「俺はあの甘くて冷たい奴を」
「この一杯の為に生きているのよぉぉぉ」
疲れ果てた人々が、アイスと冷たい飲み物を求めて俺に群がってきたな。
ここで、俺の取る行動は一つしかない。風船を作って、上空への緊急退避!
「ちょ、ちょっと、ハッコン何処に行くのっ!?」
ふわふわと浮かんで流れて行く俺を、みんなが追いかけてくる。低空飛行でテントの隙間を抜けて、目的地へと誘導すると全員が目を見張っている。
氷が全て溶けて、丁度いい具合に水を湛えた臨時プールが目の前に広がり、どうしていいのか戸惑っているようだ。
「うわー、おっきな水たまりだー」
子供が歓声を上げて飛び出し、簡易プールに飛び込んでいく。深さは子供の肩ぐらいまでなので溺れることもなく、元気にはしゃいでいる。
「お母さん、すっごく気持ちいいよ!」
そんな子供の姿を見て辛抱ができなくなった若者が、次から次へとプールへと誘われていく。
「よーし、うちらも行こう!」
「ちょ、ちょっと待てって!」
ラッミスに手を掴まれ、強引に引っ張られていくヒュールミが抵抗虚しく、プールへ沈んでいった。
大人たちは縁に座り、足だけをプールに突っ込んで涼んでいる。
シャーリィは一度中に入ってから、直ぐに出てきた。水で濡れたシャツがピッタリと体に貼り付いている。抜群のスタイルが更に際立ち、更に黒い下着が透けて見えているが、気にしている素振りはない。
というか、絶対ワザとだと思う。
プールの縁で足だけ水に入れている、スオリがいるのだが、飛び込みたくてうずうずしているのを、何とか自制しているようだ。
「何しているの。ほら、入ろ、入ろ」
「べ、別にわらわは水遊びに興味わあああああぁぁ」
言い訳の途中で強引に引きずり込まれたな。見事な水飛沫が上がっている。
楽しそうに遊ぶ子供たちや、涼んでいる大人を見つめながら、やってよかったなと実感していた。
次の日。夜中に汚れた水を全部消したので、新たに水を入れようと思い、プール脇まで移動すると、復興作業を後回しにして、綺麗に石を敷き詰めプールを整備している大人たちがいた。
どうやら、思っていた以上に好評だったようだ。




