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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
五章

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夏の自動販売機

 夏だ。燦々と容赦のない日差しが降り注ぎ、ハンター協会前に勢いで作った氷の山に人が群がっている。

 直射日光が当たっているので一時間も持たないだろうが、あるとないとでは雲泥の差があるらしく、氷の山を人々が取り囲んでいる。

 今年の夏は例年と比べてかなり気温が上昇しているらしく、早めに集落を取り戻したのは間違いではなかったようだ。この状況で屋内に閉じ込められていたら、戦う気力は残っていなかったかもしれない。

 集落内の残党も暑さにやられているらしく、殆どが水場に居たので退治も楽だったそうだ。そろそろ、集落内の魔物掃除は終わると熊会長が言っていたな。


 順調に事が運んでいるが、この暑さをどうにかしないと復興作業が一向に進まない。

 それに、夏祭りで少しは気分転換できたとはいえ、何かしらの娯楽というか住民のやる気を促すような、楽しみを提供出来ないかとずっと考えていた。

 それが暑さ対策になれば、尚良しなのだが。


「ハッコン、ただいまー」


 おっ、集落の見回りに参加していた、ラッミスが昼になって一旦帰ってきた。今日は珍しく一緒じゃなかったのは、住民の暑さ対策として残っていたからだ。

 ハンターは身体のつくりが一般市民とは違い頑丈なので、この暑さにも耐えられている。だが、住民の特に女子供は先日までの緊張感とこの暑さで、体調を崩している者が続出しており、冷たい氷やスポーツドリンクを常に供給している。


「お か だ よ」


 お帰りと言えないもどかしさがあるが、ちゃんと答えられるだけでも進歩したと、自分を褒めておこう。


「あっついねー。こういう日は川とか池で水浴びしたいけど、外に出るのはまだ危険かなぁ」


 魔物たちが撤退したとはいえ、いつもと比べて魔物の数が激増しているらしく、王蛙人魔まで数体うろついている状況で、壁の向こうに行くのは危険と判断されている。

 門番ズが見張っていた集落の入り口にある門は、あれから一度も開いていない。

 水遊びか。夏の定番といえばプールや海。海や川は無理だとしても、プールぐらいは何とかならないだろうか。

 水なら俺が提供できる。なんなら氷を放り込んで溶かせばいいだけだ。

 となると、場所と穴掘りか。都合よく大きな穴でもあれば、直ぐにでもプールが作れるのだけど。


「かぁーあっちいな。ハッコン、アイスくれるか。あの部屋、風も通らねえから、暑くて暑くて」


 いつもの黒衣を脱ぎ捨てたヒュールミは、長い髪を後ろで束ねている。

 ご苦労様です。冷たいスポーツドリンクも提供させてもらうよ。


「ふぃぃ、すまねえな。かああっ、蘇るぜっ」


「お疲れさま、ヒュールミ。転送陣の方はどう?」


「あと一歩ってところだな。完全復活はまだ先だが、もう少し弄れば二、三人なら転送陣で飛ばせるようになるかもしれねえ」


 それは良い知らせだな。熊会長も喜ぶだろう。

 毎日、転送陣を相手に悪戦苦闘しているヒュールミ。強がってはいるが夏バテ気味なんだよな。頭も体も一度リフレッシュさせてあげたい。


「あら、美味しそうですわね。私もいただけませんか?」


 そう言って、歩み寄ってきたのはシャーリィだった。袖のないシャツと短パンで、いつものイブニングドレス姿とは違い、健康的な美を感じさせる。

 とはいえ、短パンはかなりのローライズで、胸元も大きくカットされている。なので、道行く男たちの視線が彼女に集中しているのは、無理のないことだと思う。


「シャーリィさんって、そういう格好も似合うよね」


「だ、大胆な格好だな。男どもがじろじろ見ているぞ」


「うふふ。ありがとう。今は娯楽も少なく、夜の商売をする時期でもありませんからね。殿方の目を少しでも楽しませているのであれば、本望ですわ」


 男性陣の目線に気づいたうえで、肌を露出しているのか。シャーリィなりにこの集落に貢献しているのだな。男性代表として礼を言いたいぐらいだ。


「ありがとうございます。ハッコンさん」


 バニラアイスを提供すると、お礼の言葉と共に妖艶な笑みを返してくれた。


「はあぁ、美味しぃ」


 棒の刺さったバニラアイスを舌で丁寧に舐めている。

 遠くからこっちの様子を窺っている男たちが、ごくりと喉を膨らまし、彼女の口元に視線が集中している。

 ワザとじゃないよな。髪を手で掻き上げながら、アイスを舐め回す姿が妙に色っぽいのは、ただの偶然だよな。どうにも、彼女なら狙ってやっているのではないかと思ってしまう。


「あ、そうでしたわ。熊会長が何処にいるかご存じありませんか。あそこの、陥没している地面をどうするか、指示をいただきたくて」


 食べ終えたアイスの棒で刺す方向には、テントが並んでいるのだが、その裏に陥没した地面があるというのか。そんな場所あったっけ?


「あー、ハッコンが巨大な建物みたいなのになって、落下した跡か」


「あ っ」


 犯人は俺か。巨大な〈氷自動販売機〉で上空から落下すれば、そりゃ地面凹むよな。復興作業中の皆様にはお手数をおかけします。

 ってあれ、その穴って結構な大きさがあるよな……プールに利用できないか。

 ラッミスに連れて行ってもらうことも考えたが、昼からも見回りだからやめておこう。それに、帰って来た時のサプライズとして自力でやれるだけやってみたい。





 休憩が終わり、各自が持ち場に散っていった。俺は広場の氷を増量して、その上に飲み物を置いておく。

 よっし、一人で移動するぞ。今の俺は自力で動くことが可能だ。風船、ダンボール、結界、浮かぶの流れでぷかぷかと空中を漂いながら、眼下の映像を確認する。

 綺麗に四角く地面が陥没している。水を溜めるには充分な深さが確保されているな。水を入れるにしても、満杯にはしないでおこう。子供が落ちたら危ない。

 風船の数を調整しながら、穴の縁に降り立つ。

 〈高圧洗浄機〉に化けて流し込んでもいいけど、あれって噴射口が狭いから水量最大にしても、溜めるまでに時間がかかり過ぎる。

 いっそのこと温泉のお湯を流し込もうか。いや、ただでさえ暑いのに広場近くに、温泉できたら怒られそうだ。となると、やっぱり氷を入れて溶かすか。


 あの自動販売機になるとポイントの消費が激しいのだが、普通の〈氷自動販売機〉だと二時間縛りの時間を越えそうだからな。〈結界〉を張らなければ、消費ポイントは抑えられるので、何とかなるだろう。

 巨大な〈氷自動販売機〉に変化すると、大量の氷を凹みへ投入する。

 やっぱり流れ落ちる量と速度が違うな。物の数分で穴が氷で満たされた。素早く元の姿に戻り、ポイントの確認をする。

 ポイントの消費は……許容範囲だな。後は氷が溶けるのを待つだけだ。ここまで暑ければ、皆が帰ってくる頃には水に戻っているだろう。

 おっと、さっき巨大化したから、驚いた住民が数人やってきたか。まだ、プールとしては使えないけど涼むには最適かもしれないな。

 結局、この穴に敷き詰めた氷は、俺が予備で氷を溜め込んでくれていると勘違いしたようで、住民たちは戻っていった。

 じゃあ、俺もいつもの定位置に戻るとしますか。





「疲れたああああぁぁ。ただいま、ハッコン!」


「そろそろ、干からびるぞ、こんちくしょう!」


 ラッミスは瓦礫の向こうから、ヒュールミはハンター協会から、疲れ果てた表情で現れた。


「お か だ よ」


 見回りと掃討に向かっていたハンターたちも全員帰ってきたか。

 陽が沈むには、まだ少し早いが、暑い日に無理をし過ぎると、身体を壊す羽目になる。


「冷たい水をくれぇぇ」


「俺はあの甘くて冷たい奴を」


「この一杯の為に生きているのよぉぉぉ」


 疲れ果てた人々が、アイスと冷たい飲み物を求めて俺に群がってきたな。

 ここで、俺の取る行動は一つしかない。風船を作って、上空への緊急退避!


「ちょ、ちょっと、ハッコン何処に行くのっ!?」


 ふわふわと浮かんで流れて行く俺を、みんなが追いかけてくる。低空飛行でテントの隙間を抜けて、目的地へと誘導すると全員が目を見張っている。

 氷が全て溶けて、丁度いい具合に水を湛えた臨時プールが目の前に広がり、どうしていいのか戸惑っているようだ。


「うわー、おっきな水たまりだー」


 子供が歓声を上げて飛び出し、簡易プールに飛び込んでいく。深さは子供の肩ぐらいまでなので溺れることもなく、元気にはしゃいでいる。


「お母さん、すっごく気持ちいいよ!」


 そんな子供の姿を見て辛抱ができなくなった若者が、次から次へとプールへと誘われていく。


「よーし、うちらも行こう!」


「ちょ、ちょっと待てって!」


 ラッミスに手を掴まれ、強引に引っ張られていくヒュールミが抵抗虚しく、プールへ沈んでいった。

 大人たちは縁に座り、足だけをプールに突っ込んで涼んでいる。

 シャーリィは一度中に入ってから、直ぐに出てきた。水で濡れたシャツがピッタリと体に貼り付いている。抜群のスタイルが更に際立ち、更に黒い下着が透けて見えているが、気にしている素振りはない。

 というか、絶対ワザとだと思う。

 プールの縁で足だけ水に入れている、スオリがいるのだが、飛び込みたくてうずうずしているのを、何とか自制しているようだ。


「何しているの。ほら、入ろ、入ろ」


「べ、別にわらわは水遊びに興味わあああああぁぁ」


 言い訳の途中で強引に引きずり込まれたな。見事な水飛沫が上がっている。

 楽しそうに遊ぶ子供たちや、涼んでいる大人を見つめながら、やってよかったなと実感していた。

 次の日。夜中に汚れた水を全部消したので、新たに水を入れようと思い、プール脇まで移動すると、復興作業を後回しにして、綺麗に石を敷き詰めプールを整備している大人たちがいた。

 どうやら、思っていた以上に好評だったようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] わざとやってくれるとか最高かよ [気になる点] 陥没した地面に直で氷ためても泥だらけで汚いとか、塩素等の対策がないのに、この復興状況で感染症の可能性が高いことやるのは不味いとかきになってし…
[一言] ガッツリプールになってる(笑)
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